Paul WellerとJohnny Marrが示すロック

ポール・ウェラーはザ・ジャム、ジョニー・マーはザ・スミスをキャリアのスタート地点にして現在も活発に活動している。ザ・ジャムは70年代末のパンク、ザ・スミスは80年代のポストパンクに分類されるバンドだから二人ともおっさんと
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漠然とした環境から写真的な何かを見つけた

過日、ぶらぶら歩きの記事「漠然とした環境を撮るということ」を書いた。最近の夏は地獄のような猛暑ばかりなので、秋めいてきて冬の気配が遠くに控えている昨今はぶらぶら歩きの数少ない好機だ。どこへ行くとも何を撮るとも決めず、ほん
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漠然とした環境を撮るということ

その昔、写真を撮り始めた10代になったばかりのとき「人が写っていない写真なんか撮って面白くもないでしょう」と言われた。下手くそな写真を批評されたとする解釈もあるけど、漠然とした写真に価値なんてないとする価値観がそここにあ
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人は変われないので変わろうともがく

さっきざっと計算したら、私は1977年ごろから写真を撮影していたらしいとわかった。10代になったばかりから、ということになる。そして写真をはじめてすぐ、自分でフィルム現像と焼き付けをしなくてはどうしようもないと焦りみたい
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脅迫や強要で成り立つ世の中って嫌だよね

だらだら書くことにする。負け犬の遠吠えでも結構で、そう思いたければ思えばいい。解釈の自由を制限することなんてできないしね。読むのもこれまた制限しようがないけど、あんまり楽しい話ではないし、こういう内容をあーだこーだうるさ
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どのような写真を仕上げるかについての答え

ギタリストのレス・ポールは言っている。「ラジオで流れている演奏を母親が聴いて、これが息子のものだと分かるようになればギタリストとしては一人前」。さすが第一人者は、無駄な理屈や言葉を弄さずさらっと一言で真理を言い尽くす。
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いつまで福島県を、浜通りを馬鹿にし続けるのか

私は「311への旅」の連作を撮影するため福島県の浜通り(福島県の太平洋側を南北を縦貫する地域)と関東を行き来している。相馬、南相馬、浪江町を中心にして双葉町、大熊町を通過し、現地で滞在はもちろん食事もしている。福島第一原
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人は低きに流れてしまう、だから

リンゴ、いやこれからの季節ならモモを机に置いたままにすれば、腐ることはあっても収穫したてのモモ、はたまた花に戻ることはない。人もまた同じだ。と、説教くさい話をしようとしているのではなく、自他共にほおっておけばこうなると事
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武蔵小杉海岸の侵食と崩壊

武蔵小杉駅周辺は、東京都大田区から多摩川を渡った先にある工場と住宅と飲屋街と大学病院がある川崎の下町だった。南武線、横須賀線、湘南新宿ライン、東横線、目黒線が乗り入れる武蔵小杉駅は都内へ10数分程度で移動できる便利な乗り
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体が動く間しか写真は撮れない

「私は10数キロの機材を運びつつ撮影しているが」と題した記事とも日記ともつかない文章を書いたけれど、つくづく思うのはいつまでこんなことやっていられるかという大問題だ。将来的に撮影機材が劇的に軽くなるかもしれないが、その日
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スマホアプリのカーナビは便利なのかどうか

とても大雑把なくくり故、比較を書けば乱暴な話になるだろう。しかし一方で、専用品のカーナビはガラパゴス化していて将来性がないと記事化するメディアもあるので、どっちもどっちと思って読んでいただけるとありがたい。 私は撮影地点
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私は10数キロの機材を運びつつ撮影しているが

現在のところカメラ1台、レンズ1本に絞るのは不可能で、最大でカメラ3台構成になり自ずとレンズ3本で屋外での作品づくりをしている。贅沢というより、はっきり言わなくても「重い」。ここに三脚などを含むと、総重量10数キロになる
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浪江町再訪へ

作品「311への旅」の一環として宮城県を目指そうと考えていた。これは前回の相馬、南相馬、浪江町(一部双葉町)の撮影を決める前からの計画だった。これらの場所を撮影したあとも、つい数日前まで宮城県についての勉強をしていたが、
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ラーメン店店主のポーズがアレになった理由

ラーメン店の店主が腕組みをするようになったきっかけを私がつくった訳ではまったくないが、腕組みして頭にタオルを巻いている姿の写真を80年代のおしまい近くに撮影した。これは結構初期の一例だったのではないかと思う。そもそもラー
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機材に見切りをつける前提で機材を買う

私が見切りをつけた機材に初期の4/3があり、メーカーとしてのオリンパスがある。現在では想像できないかもしれないが、デジタルカメラのセンサーサイズについて見通しが混沌としていてライカ判や中判の既存規格に限らない大きさでもよ
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high-resolutionに思い考える(タンバールなど)

現代に至ってハイレゾリューションな記録物が登場した訳ではなく、いつの時代であって技術革新によって時代ごとのハイレゾが誕生した。絵画に対してハイレゾリューションな写真の登場があり、感光材料の進歩、レンズの進歩などいくつもの
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体力に関して心が折れそうになりながら進む

写真は1にセンス、次も1に体力で2はないのだった。機材は重く、しかも精密機械であるし、現地に自ら赴かなくてはならない。いまどきはカメラの軽量化、コンパクト化が進んでいるけれど、高画素化にともないレンズは重厚長大になってい
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3月11日の思いと決意(2018年)

たぶん考えたくなかったのだと思う。2018年3月11日がくることは自明の理であり、私が生きていようと死んでいようと人類の文明があるかぎりやってくるのだが、2月の末から日付との関わりをずっと曖昧にしてきた。もちろん日々のも
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ライティング機材の見直しとGOSSEN Starlite2

ここのところ約一ヶ月ほどライティング機材の見直しをしている。機材の見直しをするにあたってはこれまでの問題点の洗い出しがあり、撮影もまた見直しをすることになった。もしかしたら、入れ替えた機材、買い足した機材を紹介するかもし
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宣教師きどりの化けの皮から学ぶ

近頃、日本において欧米系の人々の言動を盲目的に称揚しなくなってきたのはとてもよい傾向である。ここに至るまでヨーロッパ起源、北アメリカ起源のものごとは概ね素晴らしく日本は猿真似ばかりする劣った文化であるとする風潮が、少なく
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フィル・チェンのリズムとベースの音色と

フィル・チェン Phil Chenn について、日本ではベースを弾く人の間でさえ話題になるのはほんとうに稀だ。フィル・チェンは、ドアーズ、ジェフ・ベック、ロッド・スチューアートなど様々なバンドやセッションに参加している中
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撮影台の仕様を変えたり2018年を考えたり

自分にとっての撮影をさぼっていると何もかもが下手くそになる。ほんとコレ。 ずっと手製の撮影台を使ってきたのだけど、思うところあって改造した。こうなるとほぼ備え付けになっているライト周りにも手を入れなくはならなくなり、いう
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やりたくないときはやらなくていい

「そう言っていられないからつらいんだよ」とタイトルを読んだ人に言われそうだ。でも、つらいならやらなければいいと思うのだ。「そう言っていられない」理由はなんだろう、この問いを20代から40代の自分が心の中に持っていたらよか
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きれいごとを金科玉条にする愚かしさ / 草稿

きれいごとほど強力な武器はない。小学校の学級会を思い出せば、大概の人はああそうだねと理解できるだろう。きれいごとが数の力を行使するとき、何を言ってもやっても無駄な抵抗なのである。これもまた学級会で実証済みだ。もちろん教師
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イベントの時代は終わった(生贄のツリー)

追記.2017.11.23. 後報が出揃った感がある。生贄と表現するのは辛辣すぎるかもしれないと思いながら本文を書いたが、その通りだったようだ。商行為として樹木を使用するイベントもあってよいと思うが、西畠清順氏は自らの後
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仲間入りの儀式 トンビなのか鷹なのかテスト

ながらく仲間入りするのはライティング機材ばかりだったが、ひさびさにレンズが加わった。ナニのナニとは言わないがマクロではない。近接撮影可能なレンズなので、ほぼ最短距離でテスト撮影をした。この結果に、かなり驚いているところ。
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カーシェアリングは踊り場時代に入る

クルマを所有することの恩恵を最大限引き出したい私でも、カーシェアリングは気になる存在であるし、将来的にクルマは所有せずエリア内で借りるものになるかもしれないとする予測は当たるかもしれないと思っていた。そう、思っていたであ
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想定を裏切る寄り道と発見

いろいろ試したいと思う気持ちのなかにも先入観や想定外を嫌う心理が潜んでいる。なので進んで寄り道をして、気持ちのぶれを正直に表現してみるに越したことはない。今回のロケは作品云々ではなく、体調がどのくらい復調したか足慣らしを
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2017年はまさにそういう年として記憶されそうだ

「2017年という年はたぶん」という日記を2016年11月8日に書いた。 【来年2017年は、弱っていた部分がポキと折れる年になりそうな気がする。と同時に、執着。 弱っている、には金属疲労のようなものもあれば、傍目からも
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知事が追悼文を送るのをやめたそうだ

その人の名前を書くのも、顔を思い出すのも嫌なので知事とだけ書くが、関東大震災時に虐殺された朝鮮人を追悼する挨拶文をこういった催しに出すのを某知事が今回はやめたと報道されている。震災時に亡くなった方すべてへの追悼文を書くの
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捏ねないパンの成功はネーミングにある

料理をつくることが苦でもなんでもなく楽しみでさえある私も、パンだけは手を出していなかった。オーブンで丸鶏を焼くときも、燻製釜でベーコンをつくるときも難しいと思わないがパンだけは発酵からしてなんとなく面倒に思われたのだ。遠
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相手をどこまで信用できるか(表現の幅について)

新規の仕事を取るため企画コンペに参加せざるを得ない場合がある。かつて私は宮仕えの時間のほとんどをコンペに向けた案出しに費やさなければならない時期があった。こういった状況の中、要望に叶うロジックはどこにあるか出口を探すのは
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保守性と革新性が同居するのが当然

ここを読んでいる人はパーソナルコンピュータかタブレットまたはスマートフォンを使っているはずで、これらで外付けのハードディスクまたはメモリをバックアップのため使うのは珍しくない。たとえばA社のBという銘柄のハードディスク(
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いま、山本崇一朗さんには神が降りている

じつに今更ながらの話ではあるけれど、月刊サンデー略称ゲッサンに連載されている「からかい上手の高木さん」はとどまるところを知らぬ勢いで驀進中の作品である。私は漫画に関して食わず嫌いな性格で、青年誌から少女コミックまでよいと
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ま、これもあるかなで始まる

やっと再入院も万事滞りなく終わった。ああ、救急搬送から一ヶ月と少々、いろいろこちらは滞ってしまった。本来なら東北と可能だったら信越方面へロケに行きと計画があったのだが旅程に耐えられる状態ではなかったため中止せざるをえなか
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所属する社会に否定的発言ばかりな人とは

この社会はダメだ、ナニナニ界はダメだ、とばかり言う人がいる。もちろん自らが所属または帰属する社会は素晴らしさ一点張りではなかろう。提灯持ち、太鼓持ちになれとも思わない。しかし、とにかく否定的な人というものがいる。なにか事
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バックパック型カメラバッグへの思案と試案

バックパックまたはリッュク型のカメラバッグは、機材が大きめ、多めの徒歩行に最適なのだが、あのデザインはどうにかならんもんかと常々悶々としてきた。黒っぽい変な虫を背負っているように感じられたり、いかにも写真を撮影にきました
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大人の事情のハイレゾと如何に付き合うか

ここのところ例の件もあって入院生活があったり退院後も万全でないため、通常時より音楽を聴く時間が増えている。ま、この時間の多くがオーディオセットで音楽を楽しむよりイヤホンで鑑賞する比率が高いので、なおさら一層のことハイレゾ
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自分とは関係ないものは叩いてもよいのか

いずれアルコールも規制が厳しくなるだろうと、たばこへの圧力が幾何級数的に高まった時代に私はどこかに書いた。そういう時代がいよいよ現実になりつつあるわけで、いずれは現在ありふれたなにか、カフェインであるとか糖質であるとかが
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私(自分)が選択できないモノ・コトを知る

価値観はそれそのものに意義があるのではなく、自らの状態を客観的に示す語である。だから価値観が必要であるか問うまでもなく誰しもの内心に存在しているし、もし客観視できないならこれを価値観と語るのはおかしい。具体的に書くなら、
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いま死ぬわけにはいかないのだった

他人からしたらどうでもないことだったかもしれず、実際に経験した者でなければ理解できないかもしれないが、とてつもないストレスが体を破壊していたのは事実だ。ナニがどうしたかの話は、あえてここに書かない。なのだが、不条理きわま
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想像力の欠如は分析力の欠如であると知った

私はずっと世界に対して違和感を抱いていた。物心ついたときから、ずっと。 わかりやすい例を挙げれば、テレビ番組というもののコメンテータへの「?」。なんでああいう職種が成り立ち、重宝され、どこにでも湧いて出るのか。なのだが、
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いろいろあってTOPの画像を変えた

いろいろについては説明するのも苦痛、説明される側も笑える話題ではないので省略。 かなり以前の写真だし、とは思っても被写体が実在する人物(まあとうぜんだよねポートレイトだし)なので冒頭のようにいろいろであるので近作未発表の
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Herbie HancockとPaul Jacksonとファンクの推進力

  マイルス・デイヴィスが電化し、楽器編成ばかりでなく既存のジャズのフォーマットを越えようとした1970年以降、彼のバンドからも他からも電化やロックやファンクのフォーマットと音楽を融合させるミュージシャンが排出
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カメラが売れないはスマホと関係なし

写真関連の産業に明るい話題がとんとない。はっきり言えばカメラが売れない。売れないから明るい話題が減る。なのだが、カメラなんてものはそうそう売れるものでなく、もしあれこれ売れているのが普通のように感じていたなら、あなたはカ
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痛みと苦しみというタイトルの日記

昨夜午前三時から激痛におそわれ本日の予定を全キャンセルにした。かろうじて切羽詰まる予定はなかったものの、ご迷惑をかけた方々には申し訳ないとこの場でも謝罪させていただく。ごめんなさい。 すわ盲腸かという激痛が背中にも広がり
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フグの卵巣は糠漬けで 写真も同じ

世の中には解明されていないものは多いが、フグの卵巣が糠漬けで食べられるようになる驚きは科学的疑問と同時に味わい深い何かを感じさせられる。どうしても自分の作品へと生成できなかったRAWデータが、ひょんなことで容易に操れるよ
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偽◯◯批判、反◯◯の看板はすぐ汚れる

日記です。 偽◯◯批判、反◯◯にはほとんどすべての世の中の現象やモノが代入可能で、特定の批判や反対運動について書こうとしているのではない(後々、特定の動きを取り上げるけどね)。ま、偽科学批判とか反原発とか目立つよね。こう
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人間は後片付けが苦痛である

このシリーズというか、こういったお題の一連の日記が自己啓発っぽくてイヤミな感じが気になっている。まあ独り言の延長だからこのまま続ける。で、昨今のあれこれでほんとうにクサクサしていたのだけど、ここを読んでいる人は多分知って
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絞り値なんて3つあれば用は済む

まじめな話ではなく戯言です。 ボケは空気遠近、空気遠近法のシミュレーションである、と書いた。つまり省略ではなく背後に存在するものがはるか遠くにあり広大な無の空間が広がっている暗示だ。「結果的に」背景を省略していると言い換
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デジタルくささに言及していた理由のひとつ

デジタルだから、フィルムだからと特別なものがなくなるくらい、カメラメーカーの開発担当者の方々は頑張っている。しかし自然界や人間の視覚と多少でも齟齬があれば、いずれの場合でも違和感が生じる。フィルムがとやかく言われないのは
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堀内カラーが現像を外注化と聞いても特に感慨なし

プロラボ難民地区横浜なんて時代はとうの昔に幕を閉じ、私の写真がデジタルに完全以降してから随分と年月が経過した。なので堀内カラーが内製をやめ現像を下請けに流すだけになった話は人づてに聞いた。このご時世、まあそうなるよね。
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Macのヘッドホン出力はなかなかという話

世の中には既製品または製品にビルトインしているものは品質が悪く、サードパーティーが開発販売している後付け(外付け)製品は優秀という薄らぼんやりした迷信がある。もちろん、こういった信仰には例外があるけれどね。後付け(外付け
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やってはならないを取り払う

10代前半で写真撮影を意識的に行うようになった私は、カメラやレンズの扱いかたを知るため二冊の本(たぶん写真雑誌のムック的な書籍)を買った。今から思えばたいした情報量ではなかったのだが、絞りとシャッター速度とフィルム感度の
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カメラバッグ、リュック、ケースといろいろあるが

海景の撮影を頻繁に行うようになり、機材を持ち運ぶための機材についてあらためて考えることが多くなった。私の場合は車で目的地に赴くので以下のような運搬形態になる。 1.小型の旅行用トランクバッグを硬質スポンジを使い改造した、
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低価格帯のレンズだって捨てたものではない

頭でっかちとは、ある種の洗脳状態だと思う。洗脳であるから、自分では真っ当な考えで生きていると信じて疑わない。とかくレンズに関して頭でっかちになりやすいもので、カタログを眺めるとき選択肢の中から使い勝手のよいものを見逃して
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ヤな客へのサービスが減るのは当然

私自身が嫌な客と認識されているかもしれないのであまり大きなことは言えないのだが、ヤな客はサービスの部分を切り捨てられても文句は言えないのだ。日本語としてのサービスは、正規の料金内に含まれない付加価値の提供くらいの意味だろ
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すこし違和感があるものを選択する

選択の機会があるとき、人は違和感のない物事を選ぶものだ。これはこれで正しい。きっと間違いがすくないだろうし、大きくがっかりすることもないだろう。たとえ物事が失敗に終わっても、だ。しかし、企画を通すための案を選択するとき、
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見かけをころころ変えてはダメ

スタイリストやヘアメイクの方からいろいろ教わっても一向にスッキリしない私だが、ひとつくらいは守っていることがある。ポイントとなるパーツをころころ変えてはならない、である。 東南アジア某国での比較的長いロケが終わり、さあ帰
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信用と名誉

私たち人間はどうしたって一人だけでは生きていけない。俺は一人だ、と言ったところで誰かが育てた作物や家畜を誰かが売っているところで買って生きている。水道や電気のインフラも、誰かのおかげのうえで利用している。こうした誰かのお
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人はインセンティブをシビアに計測している

かなり誤解されているのだが、発注側が仕事の主導権(流行りの外来語をつかうならイニシアチアブ)を掌握し受注側は従うばかりで当然という認識は大いに間違っている。あなたが発注側で、作業AをBにやらせようとしてギャラを10万円支
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粛々とはじめる。ということで法について

私は年末から相当に心身とも弱っていたのだが、どんな難問であっても整然とことを進めなければならないのだった。ここを誰が読んでいるかわからないのだけれど、ということで一般的な話に寄せてあれこれ書いていこうと思う。 人は生きて
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内なる律動を裏切る創作はしない

人それぞれの中に固有のリズムあるいはグルーブ、律動が存在している。これは音楽に限らず、言葉を話す、書く、絵画を描く、デザインする、写真を撮影するなどなどあらゆる生活にはっきりしたかたちで現れる。なにを言っているかわからな
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なぜ権利の寸借詐欺をするの?所謂パクリ

ここ最近、私に限れば撮影し製作した画像を盗用されていないが、あっちでもこっちでも著作権無視のパクリの話が賑やかだ。直近で私が被った代表的なパクリ事例はヤフオクでの画像盗用で、オークション開催者のYahooがまったく策を講
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自動車は贅沢品で必要がないのに買っているのか

愛する取得13年越えの車を悩みつつ手放し、新しい車を買わざるを得ない事情を「機材車、ロケ車の話」として書いた。まあでも、ひどいのは自動車を巡る税金だ。馬車、荷車への課税が時代の移り変わりにともない昭和30年に自動車税とな
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人生のちょっとした局面で

ま、生きていれば選択を迫られ決断しなければならない局面が多々ある。ほんと多々ある。で、どうにも臆病な方向を選び安パイに走り、それがよかったのか悪かったのかわからない中途半端な結論に落ち着くことも多々ある。そして数日から数
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機材車、ロケ車の話

いまどき車は頭痛の種筆頭とも言える消費財ではないだろうか。もしかしたらいつの時代も、そういうものだったかもしれない。だとしても、税制がころっと変わり一車種に長く乗りたくても買い換えへ背を押されるのには辟易だ。景気が絶好調
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フィルムスキャンその後で2

フィルムからデジタル画像をつくったことがある人なら、総ピクセル数が同じで、似た構成(構図、輝度分布など)のデジタル撮影された画像よりスキャン後の画像のほうが容量が大きい点に気づいているだろう。これは、フィルムの銀塩粒子が
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自由のためにすべきこと

人は生まれる場所も能力も選べぬまま産声をあげるのだが、いつの間にかこのことを忘れて平等と公平を望むようになる。私だってそうだった。幼い日には兄弟間の平等を、成人しても社会的な上下関係に平等を望んだ。しかし、生まれた時点で
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一晩寝かす、数日寝かして納品する

なんだかんだでJPEG撮って出しの納品を迫られる人もいるだろうが、大概はRAW現像して写真を納品しているのではないだろうか。写真は撮影したらすぐ画像が手に入ると考える一般の人が大多数なのだけれど、撮影者にしてみれば撮影も
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美意識を貫徹するということ

「いきなり美意識だなんて」と言う人、言わないが心でくすくす笑い出す人がいるのを知っている。しかし私がサン・アドに在籍していたとき美意識という言葉、あるいは美意識を意味する他の言葉を耳にしない日はなかった。写真を撮影してい
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ちょっと来てには応えない

先の記事に人脈やチャンスを期待して自分と自分のギャラをお安く設定する必要はない旨を書いた。相手が誰であれ、つまり知り合いや親しい人であっても、この鉄則は変わらない。大人同士の商売がからんだ話に期待は禁物で、期待することで
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ギャラの請求の話2

前回は、自分の料金表をつくる、なんだかんだあるけど相手が口にする金額を額面通り受け取ってはならない、といったことを書いた。対策として、料金表より高い金額を相手に示す、これが結論であった。だったら料金表は意味がないのでは、
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ギャラの請求の話

損得、利益は関係ない仕事というか愛の領域は別のジャンルで純粋芸術とも言えるものだけれど、人間どうしてもお仕事が付いて回る。このお仕事についての話題だ。 もうだいぶ前、それは私がフリーランスな仕事をはじめて大して経っていな
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iPod touch 128GB を買った話

iPod touch や iPhone、iPad で音楽等が同期できないという方へ。 iOS のミュージックアプリは iCloud と連携し Wi-Fi によって曲をダウンロードしつつ再生する。iiCloudと切り離さないかぎり、MacまたはWindows PC の iTunes と完全な同期に至らない。

1枚の写真を構成する

写真は絵画よりグラフィックデザインに近いものがある。その場に存在する物体を適切にフレーミングする行為が、ビジュアル素材と文字要素などを組み立てあげる作業に似ているのだ。たとえばグラフィック広告。写真またはイラスト、キャッ
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高速化しました

サイトを高速化しました。画像を掲載している故まだ読み込みのストレスがあるかもしれませんが、サーバースペックをあげたことで以前より軽快になったのではないでしょうか。混雑による切断も皆無になったはずです。お知らせまで。

またそろそろ

そろそろ記事を書かなくてはならない、なと思いはじめ一週間経過して今日に至った。格別にもとめられてのことでないので、おいおいアップロードしはじめます。いや、とにかく今年の夏は厳しかった。

数年撮影し続け、やっと見えてきた (Neoclassicism)

Neoclassicism 新古典主義と位置づけ、ここ数年にわたり撮影して、以下の写真を画像化したことで言語化できてはいないがやっと何かが見えてきた。もちろん手法は言葉として説明できるし言語化されているので同趣向の作品を
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小さな事務所と顧問弁護士についてあれこれ

個人事務所や実質的に個人事務所に近い場合、「顧問弁護士なんて」と及び腰になるだろうが実際のところどうなのか、である。 で、顧問弁護士料の相場があるかとなると、あるようなないようなだ。こればっかりは相手次第だろう。しかし、
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今年は何につけコマがひっくり返るだろうと予測した通り

以前、別の場所で2016年はオセロの盤面のように権威とされてきたもの正しいと思い込まれていたもの強者だったもののコマがひっくり返るだろうと書いたのは直感ではなく、それなりに状況を読んでのことだった。私はアメリカ合衆国大統
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バカが殺すくだらなさに殺される

古今東西、ざあっと見渡してバカに殺されたモノ・者、くだらなさに殺されたモノ・者は数え切れない。 バカのパワーは侮り難く、バカゆえにくだらないことに精力を注ぎながら人生の時間を破壊、婉曲な殺人に費やすのを厭わないのである。
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Mamiyaya 645 PRO 程よさというバランス

  Mamiya 645 PRO が撮影環境に入り、馴染みつつある。慣らし運転を経て作品づくりの定位置につき思うのは、やはりマミヤのカメラだという安心感だ。マミヤの中判フィルムカメラばかり使い続けてきた私にとっ
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盗撮という語が独り歩きしている

かつてスナップという写真ジャンルがあり、同時に「盗撮」と呼ばれるものもあった。このとき盗撮と呼ばれたのは風呂場の盗み撮りなど、あきらかな犯罪行為に限定されていた。だが、いまどきは公共の場でカメラを構えることそのものが盗撮
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デジタルの透過光感との闘いと和解

デジタルカメラを買ったのは、まだコンパクト型しか市場になかった時代で、当時キヤノンユーザーだった私はPowershot A5を選んだ。この機種は補色フィルターを採用していたうえに、デジタル写真が確たる方向性を見出せていな
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