テーマと記憶と逃れられないもの

新潟市へ撮影に出かけ帰ってきた。あと数年で、新潟を離れてかれこれ五十年つまり半世紀になる。新潟で見たもの感じたものが半世紀前の出来事であるのをあらためて確認して私は恐ろしくなった。あれから100年の半分も生きてきたのだ。恐ろしくないはずがない。

なぜ適正露出があるのか適正露出とは何か

適正露出についてちゃんと説明できる人はすくないし、説明できないまま感覚だけで「適正露出に従う必要はない」と言う人も多い。適正露光とは便宜的なものとまず考えればよい。そのうえでRAW現像時になにをどうするのが自分の表現なのか考えて、ラチュード内に必要なかぎりのテクスチャーを記録するのか、その場の欲求に従い決め打ちで露光するのか立場を決めるのがよいだろう。

EVという便利な単位と様々な撮影

写真におけるEVの活用は古い話のようで比較的正しいことなので再認識すべきだろう。EVはフィルムの箱に書いてある「快晴 F16・1/125」的なものだと憶えておけばよい。空間の明るさもそうだが、被写体や背景個々の明るさもEVの概念で把握すべきだ。写真は明るさの比率しか表現できないのだから、どのような濃度で記録するか重要なのだ。

クラシックカメラブームの功罪

90年代にクラシックカメラブームがあり、ライカから古い未知のカメラやレンズまでたいそうな量が販売されたし情報が溢れかえった。あれは何だったのだろう。 あの時代のあの狂騒を知らない人にどれくらい騒がしい出来事だったか説明し […]

写真の出来栄えをお金で買う発想を捨てさる

何をどうやって見極めて買えばよいか書いていこう。必要な機材はフラグシップの位置付けのものとは限らない。撮影しやすく、撮影中に機材の性能や特性から生じるやっかいな問題に悩まされないものが必要な機材だ。つまり日々ちゃんと撮影を続けていれば自ずと答えが出る。機材が自分に合っているか否か、メーカーが要求に応えられるか否かによっては機材に毅然と見切りをつけられるようにしなくてはならない。

新潟に行く予定あり

本年4月に新潟に行く予定だ。私にとって新潟は単にかつて生活した場というだけでなく、身体と心の八割くらいをかたちづくるものとなった土地だ。現在、砂景ばかり撮影しているのは新潟の砂丘を遊び場にしていたことと切っても切れない関係がある。ほんとうに新潟は変わった。下調べをして二十数年前よりますます変わっているのも知った。

バスマットと洗車の水切り

日記です。 たいした話ではないけど、洗車の最後にボディーやウインドウから水気を切るのが結構面倒くさい。しかも汚れがひどいときなどシャンプーを洗い流しても水滴に汚れが含まれていて、乾いたあとに姿を表すのはほんとうに癪だ。 […]

Ghost dance

写日記 寒空から雨が落ちたり、日が射したり。そのたび亡霊があちこち動き回る。 それを撮ろうとすると、もうここにはいないので、いい加減にシャッターを切るふりをしてみた。   Fumihiro Kato.  © 2 […]

冬ざれの逍遥

Fumihiro Kato.  © 2019 –   知らない場所を歩いていると、ふと誰かがそばにいる気配がして、人の気配がある場所を撮影していることがある。黄泉と彼岸。そんな言葉が浮かんできて、あ […]

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