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スチルカメラで動画撮影を行えるようになったことと、動画配信が珍しくもなくなったことで、撮影者はぼんやりした無意識下だけでなくはっきりアスペクト比について意識せざるを得なくなっている。画面の縦・横の比率=アスペクト比が変わると画角が変わる。同じレンズで撮影してもアスペクト比が変われば画角が変わり、画角が変われば被写体との距離(ワーキングディスタンス)が変わるざるを得ないし、視覚的効果も大きく変わる。
アスペクト比、レンズの焦点距離、画角、効果について実例をあげるまえに、あたりまえの話ながら動画には横構図と縦構図の切り替えがないことを指摘しておく。スマホ撮影の縦構図動画はあるものの、横・縦のフォーマットが切り替わるのは特殊な演出のうちであるし、16:9等の横長アスペクトの動画の中で横・縦が切り替わっている訳だ。
なお当記事は動画に限った話をするつもりない。スチル撮影者にとってのアスペクト比、スチル撮影者が動画を撮影するときのアスペクト比について考える記事だ。
では本題に入る。素材として映画的な写真を例示する。アスペクト比3:2のライカ判で撮影された写真だ。
現在、動画は16:9である場合が多い。劇場映画にはシネスコと呼ばれる2.35:1のアスペクト比の規格がある。デジタルカメラには4:3のアスペクト比を基本にしているものがある。これらをライカ判3:2から切り出してみる。
元になる画像はライカ判70mmで撮影されている。もし被写体との距離を変えずに、3:2で収まっている高さ方向の広さを16:9で撮影しようとするならレンズは50mmくらいを使わなければならないだろう。シネスコに切り出すケースはほぼないだろうが、この場合は35mmくらいの準広角レンズが必要だろう。
デジタルスチルカメラを動画モードにすると16:9に切り替わる。動画を撮影しようと考えたときから画角とレンズに対する発想を変えなくてはならないことになる。と、たいそうな話ではなく動画撮影を専門にしている人は横に広く縦が狭いアスペクト比が頭の中に入っていて焦点距離を選択している。
ライカ版の標準レンズが50mmで、他のフォーマットでは焦点距離が異なるとしても同等の効果が得られるものを標準レンズにしている。標準レンズの画角を撮影に使うかどうか別として、景色や対象を目で見たときの遠近感に近い標準レンズの画角が他の焦点距離のレンズを使うときの期待の違いやワーキングディスタンスの取り方の基準になっている。
動画のアスペクト比は、かつてテレビが4:3(スタンダード)だったように正方形に近いライカ判より横方向が狭いものだった。ライカ判のアスペクト比と効果が基準ではないし、自然な見え方かというと違うと思うが、4:3は横方向が詰まっている感じを受けることもあってライカ版50mm相当の焦点距離よりやや短い焦点距離が好まれるようになった(と思われる)。40mm相当である。
現在16:9がデジタル動画の標準アスペクト比となって、4:3で感じられる横の詰まり感はないが、今度は縦方向の狭さという問題が出てきた。したがってライカ判50mmの感覚は、40mmや35mmといった辺りを標準レンズ的位置付けにして使うことで得られるようになる。40mmは一般的な焦点距離ではないから35mmでよいだろう。
ライカ判フルフレームカメラで例示するなら、50mmなら35mm、35mmなら28mmとスチル撮影の感覚で発想した焦点距離より1段階広い焦点距離を使うといったところだ。ただし望遠側がこの規則性で語れるか自信がない。というのもクローズアップは背景説明を切り捨てて被写体に関心を集中させるものだから、縦方向の広さへの要求がさほどでもなくなるからだ。
話題を動画主体のものからスチル主体のものへ変えることにする。
動画とスチルの決定的違いのひとつに横構図と縦構図を自由に取り混ぜられる点と、撮影後のトリミングに自由度の高さがあるのを指摘したい。組写真で横と縦の構図が入り混じっても特に違和感はないし、トリミングでアスペクト比がさまざまに変わるのはごく普通のことだ。
動画同様にアスペクト比が変わると同じ焦点距離のレンズを使用しても画角と効果が変わる。顕著なのは1:1で、横と縦の比率に差がない正方形の画面は撮影対象への集中度がとても高くなる。言い換えると標準レンズや広角レンズであっても望遠レンズを使っているようなところがある。フィルムカメラのハッセルブラッドがポートレイトに使用されることが多かったのは、エディトリアル(編集)の仕事では雑誌等の掲載でデザイナーによるトリミングが前提になっていたのが大きいが、被写体への集中・集約性が高い正方形画面の特性が影響していたのは間違いない。
なぜポートレイトで縦構図が多くなるのか、についてもアスペクト比から説明が可能だ。人体は寝姿でなければ縦・高さ方向に高いかたちをしているので、より大きく描写するには縦構図が向いている。また、上掲のライカ判3:2と1:1、3:2の縦構図の比較からわかるように、横方向の広さが1:1のそれに近くなるのも理由として無視できない。縦構図中の正方形部分に被写体の主に見せたい部分を配置すると、擬似的な正方形画面効果が得られる。焦点距離で1段階もしくは1段階半長いレンズを使ったかのような結果になる。50mmの感覚で発想しつつ撮影しているなら、縦構図にすることで80mmよりやや長い100mm的な絵づくりが可能になる。
ただし3:2の横構図内の正方形部分に主に見せたいものを集めても擬似的な正方形画面効果は得られない。これは私たちの視界が横に広いものだからで、縦構図では横方向の広さに制約を受ける強い感覚があるが、横構図では広がりをそのまま受け止めてしまうからだ。これが立ち姿の人物を横構図で撮影するとき散漫になりやすい理由だ。
逆に1:1のアスペクト比では説明的な描写が容易ではなくなる。3:2の横構図で人物の全身像を撮影すると横に余白または無駄な領域がかなりできるが、この領域にさまざまな情報を描写することで状況のかなり詳細な説明が可能になる。動画でアスペクト比が横へ広くなって行ったのはダイナミックに広さを伝え、広い舞台上で動きのある芝居を可能にするためであるし、背景となる状況を説明しやすいからだろう。説明的なアスペクト比の最たるものがパノラマ写真だ。
アスペクト比と効果の関係は、情報の取り入れかた次第で効果的にも逆効果にもなる。しかし、ここにも動画とスチルで質と程度の違いがあるように思う。動画は私たちの生理感覚、視覚の感覚に近いものがありスチルほど余白の整理に気を使わなくてもよいというか、余白に特に意味のないものを敢えて入れ込むくらいのセンスがあったほうがよいように感じられる。スチルは主たる被写体と余白を幾何学的にかなり緻密に構成しつつ情報の量を加減することが求められるが、これはやはり一枚絵として成立させなくてはならないからだろう。
例示している老夫婦の写真がなぜ映画的なのかと言えば、主たる被写体以外が写っている空間が横方向に広がっているからでもある。16:9やシネスコのアスペクト比にトリミングするとますます映画的な余白の構成になる。別の例として挙げた髪が風で乱れている女性の写真も、主題がそれっぽいというだけでなくトリミングでつくられた余白の構成が映画的なものを想起させる。これはスチルの構図取りに活用できるアイデアだ。
最後に再び動画の話になるが、スチルからすると余白を放置するくらいの感覚が、スチルと比べてやや広めの画角のレンズを使うほうがよいだろうとする私の結論にも関係している。
© Fumihiro Kato.
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