Ai 105mm f1.8Sの心地良さを思い出す

Ai 105mm f1.8S

フィルムからデジタルへ写真が変わる過程でレンズに要求される条件は厳しさを増した。そして撮影者を巻き込んでレンズへの価値観も大いに変わった。

たしかにフィルムで達成されていたものがデジタルカメラで撮影して達成できなくなる例が多かった。フィルムではシャープだったレンズが、デジタルでは物足りないレンズになるケースだ。たとえばパープルフリンジや逆光時のフレアなどが批判されるのはしかたなかった。しかし、柔らかな写りであるとか開放で甘く絞ると締まる特性などもまたデジタル化の過程で淘汰されたのだった。

私にとってフィルムの時代は、ライカ判ならキヤノン、中判ならマミヤだったので、ニコンのAi Sタイプのレンズは写真がデジタル化されてからの付き合いになる。Ai Sとはシャッター速度優先、プログラムAEといった自動露出機能に対応させるためボディ側から正確な絞りコントロールを可能にしたニコンのレンズだ。オートフォーカスやCPUを組み込んだレンズもあるが、マニュアルフォーカスでCPUなしのイメージが強く、絶対数もまた多い。

さまざまなAi Sのマニュアルフォーカスレンズをデジタルで使用したのは、好奇心がなかったと言えば嘘になるし、好奇心だけなら1本で満足しておしまいだったろうと思う。

woman

こうしたAi Sタイプのレンズのなかで思い出深いのがAi 105mm f1.8Sと28mm F2だ。カメラをコレクションする趣味がない私だが、Ai 105mm f1.8Sを手放したことをときおり後悔したり、こうやって機材が出入りするのは仕方ないと考えたり他のレンズとは違う気持ちが入り混じる。

Dog F1.8

Ai 105mm f1.8Sは上品なレンズだった。

手放した理由は光線状態によってパープルフリンジが邪魔になる点が苦しくなり、いつの間にか中望遠が重複していたこともあって処分した。

Ai 105mm f1.8Sがカタログ上で現役だった時代、つまりフィルムで写真を撮影していた時代はシャープかつやわらかさもあるレンズだったはずで、私がデジタルで使用して感じる上品さとはまた違った印象を使用者に与えていただろうと思う。もっと隙がない「これさえあれば」という優れた道具ではなかったか。使用者が多かったのも記憶している。

fence F1.8
F1.8

デジタルでの使用感の[開放で甘く絞ると締まる]は、やはりフィルムで撮影するより強調されているし、締まるといってもデジタル化以降のレンズとは別物だ。それでも、二線ボケ傾向までが上品に感じられる。

F1.8から2.8まではピントの外側にベールをまとったような写りだ。ベールの向こう側で解像しているのは、光線状態次第ではそれなりにシャープなピントの芯が見えることからもわかる。

ivy F2.8
F2.8

F4あたりから締まりはじめる像はF8で硬質感が満ち、F11でもっとも安定した像になる。F8かF11、どちらが好みかと言えばF8のほうがAi 105mm f1.8Sらしさがあると私は思う。

Car Body F8
F8

ただ冒頭にも書いたように、今どきは絞り値で描写が変わる特性は歓迎されないというか、こうした特性のストライクゾーンがとても狭くなってAi 105mm f1.8S的な変化はダメと言われる可能性が高い。

発色は現代の感覚と色味、濃度ともに違うのだろうが、けっこうナチュラルであるし微妙な色を丁寧に記録できるレンズと言ってよい。

umbrella F5.6
F5.6
色調 F11
F11

上掲の雨傘の写真のあらゆる面における自然さは、いまどき貴重ではないだろうか。

上品さという表現をしてきたが、とても静かな写りをするレンズとも言える。

parking F1.8
F1.8

とくに何もない景観が光次第、絞りの操作次第で静かな絵になる。

次の写真のトラックのボケかたと、現代の感覚では甘い描写とされるだろうピントが合っている背景のフェンスの関係もまた、いまどき貴重な中望遠っぽさではないだろうか。

Car DRIVER F1.8
F1.8

私は絞り開放を好んで使う撮影者ではないが、Ai 105mm f1.8Sでは開放とF5.6〜8を行ったり来たりすることが多かった。

road F1.8
F1.8

そしてこんな写真をもう何年も撮影していないのだった。

Cosmos F1.8
F1.8
country F1.8
F1.8

気持ちの自由さというほかないが、本人はいたってまじめにやっているつもりだがシビアさの意味がまったく違う撮影をしているというか。こんな自由があった、と今更ながら感じる写真が多い。

light F1.8
F1.8

この裸電球の写真には、厳しい光線状態ではないがはっきりパープルフリンジが写り込んでいる。以下のカットには面的な色付きが生じている。だが、にわか雨に濡れた敷石の描写、木漏れ日と強い日差しの描写は実に秀逸だ。色に記憶色があるように、遠い記憶を呼び覚ますような写りである。

fringe F1.8

私はフィルムに執着はまったくなく、偶然性やコントロールしがたい薬品の反応を排除してどこまでも絵づくりに責任を持てるデジタル写真を歓迎している。そしてハイ・レゾリューションに興奮したくちでもある。でも何かが一周したのか、画面の隅々まで目が痛くなるくらいにキリキリと写る写真、そういう技術革新に対して正常な距離を保ちたいと思うようになった。それはそれ、どこまで取り入れて有効に使うか、と。

あらためてAi 105mm f1.8Sを買い直すかとなると、これはまた別の話になる。いさぎよくないと思う気持ちが強いし、いま手にしたらレンズから生じる偶然性に期待しすぎるだろう。作為的になるということだ。過去に使用していたときの自由な気持ちでは、もう使えないのははっきりしている。

© Fumihiro Kato.
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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なる人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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