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写真は対比と比率が重要であるとする記事を先日書いた。その前回の記事で予告したライティングとRAW現像の関係について説明する。
写真を意識的に撮影している人なら、写真に「真」の字が入っていても真実そのままに写せるわけでも写るわけでもないのを知っているはずだ。真実そのままに写らない理由は複数はあるが、今回は「応答特性」に着目しながらライティングの話をしようと思う。
応答特性について知りたければ現像ソフトの[トーンカーブ]を操作してみるのがよいだろう。対角線に伸びた直線を操作して、S字のカーブなどを描かせるあのインターフェイスに実装された機能だ。これはどの明るさに対して、どのように反応するか決めてやる機能だ。
なかには[トーンカーブ]の正体がわからず触らずじまいの人がいそうだが、実は奇妙なインターフェイスでも奇怪な機能でもないのだ。
オーディオが趣味の人でなくても、高音を強調したり低音を強調したりする機能やツマミまたはスライダーがあるのを知っているはずだ。低音・中音・高音ごとどのように聞こえるようにするか操作する機能を、音域ごと細分化したものにイコライザーがある。下の画像のような機器や機能だ。
音を周波数ごとに区切り、特定の周波数を上げ下げすることで、CDやデータファイルに記録されている原音そのままではなく個性を与えることができる。また音楽を聴く部屋の音響特性やスピーカーの特性で音が変化してしまうところを、原音になるべく忠実に聴こえるよう調整したりする。
RAW現像で[トーンカーブ]を操作するのは、オーディオなどのイコライザーで特定の周波数の音量を上げ下げするのに似ている。RAW現像では特定の明るさと、その特定の明るさに至る前後の明るさへの変化を急激にしたり穏やかにするなどして、記録されている元の画像を変化させている。
「応答特性」とは、元のデータに対してアウトプットがどのように応答するか、その特性を示す言葉だ。
もう一度オーディオで説明するなら、CDやデータファイルに記録された原音の先にアンプやスピーカーがあり、アンプやスピーカーには固有の応答特性がある。
また、こうした機器固有の応答特性に対して意図的に応答特性を変えることも可能だ。たとえば弱々しかった低音をズーンと大きく聞こえるようにするのは、ズーンと低音を強調することでスピーカーの応答のしかたを変えていると言える。
RAW現像なら、たとえば弱々しく締まりがなかった暗部を引き締まった暗さに見えるようにディスプレイやデータへの書き出しを変える。もちろん暗部を締めるだけでなく、中間調や明部しかも特定の明るさごと変化をつけられる。
応答特性の説明が終わったので、写真と応答特性の関係について話を進める。
私たちは実在する世界を肉眼で見たうえで写真を撮影している。
私たちの肉眼にも応答特性があり、他の動物が見ている世界とだいぶ違う様相で世界が見えている。他人の視界と自分の視界が同じ応答特性かどうかもわからない。瞳の色素が濃い民族と薄い民族では、明るさ暗さの感覚があきらかに違うので応答特性が違うのは間違いない。
レンズと(デジタル)カメラにもそれぞれ応答特性があり、だからこそハイライトが飛び気味のレンズとか、あのカメラのセンサーと撮像回路やファームウエアはあーだこーだと言われる。ネガティブな意味だろうとポジティブな意味だろうと、レンズとカメラ双方に固有の応答特性が存在していて、現実の世界そのままには像を記録できない。
さらに撮って出しに顕著だが、特定のエフェクトやシミュレーション機能を使えばとうぜんこれらは応答特性を変えて変化をつけているので、現実そのままと違う応答特性を示す像が記録される。
そして前述のようにRAW現像でも応答特性が変わる。
先程レンズやデジタルカメラの応答特性を挙げたが、古いレンズを使用して眠い画像になるためRAW現像ソフトでメリハリをつける人もいるはずだ。これこそRAW現像で応答特性を変えるわかりやすい例だろう。
そもそもの話としてRAW現像ソフトがRAWデータを展開する際に、それぞれのソフト固有のアルゴリズムで画像化するので、開くだけでもソフトごと異なった画像になる。だからこそ現像ソフトに対して好みが分かれるのだし現像結果も違ったものになるのだ。さらに[トーンカーブ]だけでなく様々な調整機能を使うことで応答特性が変化する。
このままデータで出力するなら、ここで話は終わりになる。ただしディスプレイごとの環境しだいで画像の見えかたが変わる。ディスプレイごと画像の見えかたが変わるのはディスプレイの応答特性に個性があるからだし、なかにはひどい調整のまま使っている人がいるためだ。
商業印刷にデータをまわしてもインクジェットプリンターにデータを流しても、RGB画像をYMCKに変換し、さらに印刷機が再現可能なデータをつくるのでとうぜん応答特性が変わる。さらに紙質によっても応答特性がかわる。
ディスプレイの差による見えかたの差や印刷によって生じる差は、色の応答についてはカラープロファイルの埋め込みで可能な限り吸収させるし、商業印刷機とインクジェットプリンターは年々高度化して明るさの応答特性はあきらかに変わるが違和感なく元画像との違いを感じにくいものになっている。
では、ライティングとRAW現像時の応答特性について説明する。
既に理解してもらえたと思うが、RAW現像次第でかなり劇的に応答特性が変わるのでライティングの明暗の与えかたは現像ありきで考えなくてはならない。
以下に[トーンカーブ]を操作した例を挙げる。いずれもクリックまたはタップで拡大でき、どのような操作をしているかインターフェイスで確認できる。なおそれぞれ一例であり、より複雑な操作も可能だ。
未操作
以下、操作した状態
次に[レベル調整]を操作した例を挙げる。レベル調整は画像の明るさの分布を再サンプリングする機能だ。明るさの中間値のみ変える、明るさの最大値や最小値の頭切り・足切りをするなど、[トーンカーブ]以上に劇的な変化をもたらすことも可能だ(もちろん微妙な効果もかけられる)。
未操作
以下、操作した状態
人それぞれ現像のレシピがあり、特定の仕事にはこのような調子、特定の作品づくりには別の調子といった考え方を採用しているのが普通だろう。
フィルムを使用して撮影するのがあたりまえの時代は、フィルムの銘柄ごとの応答特性に対して必要とあらば撮影時のライティングや露光のかけかたを変えていた。写真がデジタル化された現代ではフィルムの特性はセンサーや撮像回路・ファームウエアの特性と言えるが、これら以上にRAW現像による特性の変化が大きい。
例に挙げた操作と操作の結果としての画像は美的かどうか問わぬ極端な例ではあるが、通り一遍のライティング作法に固執していると現像による可能性を狭める。またライティングの可能性もスポイルしかねない。「最終的にどのような画像を得たいか」という目論見からライティングを発想し設計するのは変わりないが、RAW現像前提でライティングをどうするか考えるべきだろう。
これは「ライティングがいい加減でもRAW現像でどうにかなる話」と短絡的に理解されてもしかたないところがある。だが道理を落ち着いて考えればライティング設計の重要性がわかるはずだ。そのうえで、現場でさまざまな物理的制限を受けるなどしてライティングを詰めきれない場合はRAW現像を前提とした救いを求めてもよいのだ。
積極的な活用でも危機的状況のリカバリーでも、デジタル時代のライティングはRAW現像の応答特性操作ありきのものなのだ。
© Fumihiro Kato.
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古い仕事。