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ここ2〜3年もしかしたら4〜5年くらいで新興国のレンズあるいは新興メーカーのレンズを国内市場で見かける機会が増えた。ロシア製レンズが限られた層に流行したのと違い、こうしたレンズメーカーとレンズは単純にコストパフォーマンスがよいレンズとして買い求められている。ロシア製レンズブームが盛り上がったのはクラシックカメラブームと並行した出来事だろうし、蘊蓄を噛み締めながら描写を愛でたり奇妙な写りを求めるものだった。いまどきの新興国のレンズあるいは新興メーカーのレンズに蘊蓄を傾ける人はいないし奇妙な写りが面白がられている訳でもない。
古いレンズから今日日のレンズまで簡単にデジタル環境で試せるようになり、レンズには時代なりの性能と言えそうなものがあるのを多くの人が実感できるようになった。コーティング、設計へのコンピュータの導入、硝材の高度化、ズームレンズにおける設計手法の試行錯誤と高度化、オートフォーカスにともなう技術の高度化、デジタル化といった要因で時代や時期、期間を区切ってレンズの傾向をだいたい語ることができる。
新興国や新興メーカーのレンズが実力をつけてきたのもまさにコレで、いまどきはソフトウエアにパラメーターを入力して計算させたまんまに近いのではというレンズがちらほら存在する。歴史が浅いからといって、日本の写真産業が発展しはじめた1950年代あたりの技術でレンズの設計と生産を行なっているのではないのだ。レンズは設計だけよくてもどうにもならないもので素材から製造工程まであって成立する工業製品だが、それなりの製造ノウハウはニューカマーなメーカーにも揃っているのだろう。
こうしたレンズが市場で注目される背景に、デジタル化・高画素化・高精細化を突き進まざるを得ない既存メーカーの動向があり、実はそこまで性能は必要ないから安く買える製品のほうがありがたいというユーザーの事情がありそうだ。
かつてカメラメーカーのレンズラインナップは松竹梅と取り揃えられていたものだが、オートフォーカス化からデジタル化への時代で概ね松と竹の2ランク制になったし、下位モデルでさえ物価の上昇率以上に価格が高くなっているように感じる(性能を考えると恐ろしいほど安いとも言えるのだが)。また安かろう悪かろうとまで言われていたサードパーティー製レンズのうち、国内メーカーの国内ブランドは廉価販売から脱却をはかり高品質・高価格路線へ軌道修正された。安い交換レンズを求める人々の受け皿が新興国産や新興メーカーへ移ったのだ。
レンズにどのくらいの性能を求めるか人それぞれである。私は超広角を酷使しているのでMilvus 15mmの約半値のIrix製15mmや11mmがとても気になっている。とはいえ、Milvus 15mmと等しくなくてもよいのだがいろいろ問題があって手にいれるに至っていない。でも超広角に求めるものが違えば十分アリなレンズだと思う。私も事情によっては買い足す可能性があるというか、絶対使いませんと断言できるものではない。
Irixはスイスのブランドでスイスで設計され製造は韓国で行われているとされていて、こうした公式の立場を文字通りの印象で受け取るのはナイーブ過ぎるかなと思うし、HandeVisionの例があるので多国間にまたがっていたりファブレスなブランドは実態がよくわからない。とはいえメイド・イン・ジャパンやメイド・イン・ジャーマニーが品質と性能を担保していた時代のままではなく、HandeVisionも昨今はKIPONブランドでレンズを販売するようになった。ライカマウントはKIPONでは売れないけれど、EOS Rマウント用ならKIPONで売れるという読みなのだろう。
このあたりに実を取ってお安いレンズで商売するEOS Rマウント向けELEGANT、純ドイツブランドのふりをしてライカの市場に食い込みたかったHandeVisionのIBERITという違いが端的に表れている。なお2019年6月現在のEOS Rマウント用KIPON ELEGANTとHandeVisionで販売されていたライカMマウント用レンズの光学設計は同じである。
KIPONブランドのEOS Rマウント用ELEGANTは、焦点距離問わず開放F値をF2.4にとどめたマニュアルフォーカス、電子接点なし(電子補正なし)で、いずれも変な写りではないけれど絞り値次第で描写が明らかに変化するレンズだ。私がD800EでAi-sタイプのレンズを使いはじめた頃の印象と似通ったものがあり、ケースバイケースなのだろうがもっと現代的なところもある。これは前述の通りコンピュータにパラメータを放り込んで計算した結果なのであって、現代の技術の恩恵なのだろうと感じる。古いレンズっぽい特徴があるのは意図なのか技術やコストの制約を受けているのか、こればかりはちょっとわからない。
Ai-sタイプのレンズ=KIPONブランドELEGANTレンズではないのははっきりさせておくけれど、新品で古風な写りのレンズを安く買いたい人にはアリだろうと思う。マニュアルフォーカスで電子接点なし、手ブレ補正なしなのでビギナーが安さだけで買いたくなるブランドではないだろうけれど、安さで選択するレンズというふた昔前の価値観での買い物にも向いているのではないか。いまどきの高級路線になる以前はサードパーティー各社にプラスチッキーなスカスカレンズが勢ぞろいしていたもので、これらより質感は上等だ。
ちょっと辛辣なことを書くと、純正レンズやサードパーティー製のレンズがもう少しお安ければ、たとえばKIPON ELEGANTの描写の味云々と言って興味を持つ人はかなり減るだろうと思われる。まあそういう嗜好の私だから、こんなふうに考えるのかもしれない点は割り引いて読んでもらいたい。ぶっちゃけて書けば選択する言い訳に「味」を持ち出していないかという話である。絞り開放でゆるいとか、ウェットな描写とかが大切な人もいるのは間違いないのだが。
サムヤン、Irix、LAOWA、KIPON(なおYONGNUO・NEEWERについては現状では語る必要がないだろうし、そのほか把握しきれないブランド多数は列記できない)がこれからどうなるかなんとも言えない。もしかしたら前述のように格安レンズとしての地位を更に固めるかもしれないし、そもそもこういう市場が消えてなくなるかもしれない。またサムヤン、Irix、LAOWAについては一部で評価されているけれど、工作精度と品質管理がなかなかよくならない点も気になる。
このご時世カメラを買うのはスマフォの写真撮影では物足りない人と職業上撮影する人だろうから、安かろう悪かろうなレンズは需要がないだろうがIrixの超広角やKIPON ELEGANTにはなんだかんだで立ち位置が与えられそうだし、これはサムヤンとLAOWAにも言える。ただしあくまでも価格あっての立ち位置である。カメラメーカーと古参の国内サードパーティー大手にとっても安かろう悪かろうな製品をビギナー用に用意する時代ではなくなったけれど、切り捨てた市場に取り残されているユーザーはそれなりの数になるのではないだろうか。
切り捨てられて宙ぶらりんな人々の数がどれくらいになるか私にはわからない。でも、やたらに古風な味について語りたがる人の数がけっこうなものなので、それなりに多いのではないかと思われる。もちろん、こうした人のすべてが現行の大手メーカーのレンズをお値段が高価過ぎると感じている訳ではないが。
© Fumihiro Kato.
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古い写真。