保護フィルターを嫌う風潮はアホらしいよ

保護フィルターは百害あって一利なしと言う人がいて、そんなもの着けるなんてどうかしていると主張するけれど、必要なとき装着して必要ないとき外せばよいだけなのだ。どのフィルターも脱着が容易なようにねじ込み式になっていて、液晶保護ガラスのように接着式ではない。保護フィルター害悪論を口にすると「本格的な私」アピールになるらしく、一利なしと言っている人はたいがいコレなのだ。かなり頭が固いとも言えるし無責任でもある。

レンズのフィルターについて過去を振り返りながら話を続けたいと思う。

現在は素通しの光学ガラスにコーティングを施したものを「保護フィルター」と呼んでいる。記憶は曖昧だが「保護フィルター」という名称が一般化したのは90年代ではなかろうか。それまでは「UVフィルター」を保護用にも使用していた人が大半ではなかったか。

UVフィルターは可視光線に近い波長域の紫外線を減衰させるもので、主に晴天時に遠方にある風景等が紫外線の乱反射でヘイズっぽくなるのを抑える働きがある。露出倍数がかからないので常時使用するのに適していたのだ。似た働きのフィルターに「スカイライト」と呼ばれる薄いマゼンタあるいはピンクがかったフィルターがある。これは紫外線の減衰と色補正効果を併せ持ち、陰に生じる青みも抑制するものだ。これらフィルターはカメラ屋さんのジャンク箱にもけっこう混じっているので見かけたことがあるのではないだろうか。

UVフィルターとスカイライトは着色がないことからカラー撮影に対応する時代に支持されはじめたフィルターだ。70年代の初頭だ。モノクロフィルムの時代は、コントラストフィルターがもっぱら使用されていた。当時はレンズにUVコートと名称をつけているメーカーがあったくらいで、レンズのコーティングの過渡期で紫外線除去能力がまちまちだったのも影響している。

では、それ以前はどうだったのか。

モノクロフィルムは当初すべての色に対して感色性がなく、やがてすべての色に感色性を持つパンクロマチックに変わった。モノクロで感色性はおかしいと思うかもしれないが、特定の色に感度を持たない場合、その色がいくら明るい輝度をもっていてもフィルムは反応しないので、これでは人間が見たものに近い像を記録できない。

当初は青だけ、やがて黄色、そしてパンクロマチックになって赤までの感度を獲得してモノクロフィルムは感色性を向上させた。ちなみにモノクロの紙焼きで暗室に赤いセーフライトを灯すのは、印画紙に赤の感度がないため灯しても露光に影響しないためだ。このように感色性に偏りがあった時代に、色のついたフィルターをレンズに装着する工夫がなされた。

パンクロマチックになってからも、空の濃度を落としたい場合や、皮膚感描写を落ち着いたトーンで実現したいなど目的に合わせて色フィルターが使われた。黄色、オレンジ、赤が代表的なコントラストフィルターで、赤みが増すほどハイコントラストになる。黄色フィルターを常用するくらいがちょうどよいとされた時代があり、これはフィルムの特性ばかりではなくレンズが現代ものにくらべて眠い調子だったことも背景にある。つまりUVフィルター以前は黄色のコントラストフィルターが常用されていたのだ。

中古店に行くとクラシックなカメラ(レンズ付き)に黄色いフィルターが装着されたまま販売されていたりする。このくらい皆が皆、黄色いフィルターを付けっぱなしにしていたのだ。

撮影用フィルターにはガラス製とゼラチン(樹脂ベース)製がある。色温度を最適化したり色被りを除去するため細かなステップで着色されたゼラチンフィルターはカラーフィルム撮影には欠かせないものだった。欠かせないものだったが色温度の知識と計測や経験がないと使えないゼラチンフィルターは、高価だったこともありプロフェッショナルが使用しアマチュアの使用はほとんどなかった。

ざっとこんな感じで現在のフィルター事情に至っている。

レンズ前になにも置かないに越したことはないのは事実だ。このため使用する必要がなければフィルターを装着せず撮影すべきだ。だが現在の一流メーカーの保護フィルターはぺろんぺろんな樹脂製ゼラチンフィルターと比べてレンズそのものくらい精度が高いので、かなり顕著な逆光等でないなら大騒ぎするほどの問題はない。というか、ゼラチンフィルターを使っていた(使わざるを得なかった)人ならこんなことはわかりきっているはずなのだが。また超望遠レンズでは保護フィルターが当初から前玉の前に設置されている。口径が大きな大口径超望遠では後付けフィルターの選択肢がないための配慮だ。

具体的な話をしよう。私は砂塵と潮風が強い中で撮影する機会が多い。天候によっては撮影から十数分で前玉が粉塵と砂の微粒子で覆われる。これでよいはずないし、こんな撮影を続けていたらレンズの消耗が激しすぎる。したがって防汚・撥水型の保護フィルターを使い、機材を積んだクルマに戻って大量の水とアルコールで洗浄できるようにしている。レンズそのものに水をぶっかけて掃除なんて怖くてやれるはずがないし、保護フィルターがなければ汚れた段階で撮影終了になる。

これで結果が悪いならどうしようもないが、まったくどうってことはない。お金がいただける写真品質が確保できている。なお私だけでなくナショジオ系の撮影や紛争地帯を撮影している人も、必要とあれば保護フィルターを使っていると言えば安心してもらえると思う。

ただし、こうした懸念がないなら保護フィルターは装着しない。懸念は人それぞれ度合いと意味が違うので各自が判断すればよい。レンズが汚れたり傷ついて撮影が終了しては元も子もないし、精神衛生上安心できないのはやはり問題で、それぞれの事情で装着するか否か決めるだけだ。

レンズは精密機器だから丁寧に扱うのが本筋だとしても、不可抗力やらなにやらが皆無なわけはない。前玉交換と整備をするとなるとお金と時間がかかる。売却してしまおうとしても傷つきレンズは買い叩かれる。このように撮影が中断したり終了する以外の心配があってとうぜんだろうから、レンズ保護フィルターがほんとうに害悪か、あるいはどんなとき害になるか自分基準の検証をすれば納得づくで使えるはずだ。

さて防汚・撥水型の保護フィルターはお得か? である。

機能性は圧倒的に防汚・撥水型だ。しかしUVフィルターや防汚・撥水ではない従来の保護フィルターと比較して防汚・撥水型は高めの値付けになっている。最近はフィルター枠の工夫やガラスの高品質化が著しく現行品の保護フィルターは総じて高価になっているが、モデルチェンジしていないUVフィルターの小口径には800円くらいのものもある。

私のようなドロドロ地帯で撮影する場合、多少性能は劣っても安いフィルターを大量に持ち込み交換しながら撮影したほうが効率的ではないかと悩ましい部分がある。というのも防汚・撥水型であっても汚れるときは汚れるし、砂塵は簡単にコーティングとガラスを削るので永久に使えるものではないのだ。大量の水で砂の微粒子を取り除いても、やり方が悪ければ傷がついてゴミ箱行きにせざるを得ない。だったら安いものをパパッと交換しながら撮影したほうが早いし経済的かもしれない。

このあたりは環境劣悪な場所で撮影する際の話で、それほどでないなら安心と安全性能が担保されているお高いラインを買っておけば問題ない。心の平穏のほうが大切だったりする場面があるのだから。

 

Fumihiro Kato.  © 2019 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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