写真って世界の見方についてのガイドラインだよね

タイトルは本文のとっかかりだから、具体性といささかの謎があるべきなのだろうけれど、今回の「写真って世界の見方についてのガイドラインだよね」はちょいと難解過ぎてよろしくないかもしれない。嘘偽りなく私は「写真って世界の見方についてのガイドラインだよね」と思っている。ガイドライン=指針、指標、ルール、マナーだ。これはどういうことか、次に挙げる喩えで説明したい。いま現在知名度があるか、過去に人気があって皆が記憶している芸能人を、あるときモノマネ芸が得意な芸人さんが取り上げて、ちょっと異常なくらいマネ元の芸能人の人気が沸騰することがある。こうなると、このモノマネ芸をモノマネする素人がそこかしこに登場する。面白いのは、素人のモノマネは元の芸能人をモノマネしているのではなく、モノマネ芸の芸人さんをコピーしているところだ。芸人さんのコロッケが野口五郎やちあきなおみをモノマネして、このモノマネを素人はコピーするなんて事例があったようにだ。これはある写真と、写真への評価と、この写真のフォロワーの関係にそっくりである。ここに生じたナニゴトかは、野口五郎の再発見と、再発見者の模倣だ。コロッケは野口五郎の鑑賞方法について新たなガイドラインを提示し、この新しいガイドラインが普及したと言える。

コロッケは野口五郎がギターを弾きながら歌う様子をモノマネしたけれど、実際の野口五郎はあんなギターの弾き方も歌い方もしていない。しかし、コロッケ演じる野口五郎はリアルで、だからモノマネ芸になっている。あれは何かと言えば、コロッケが示した「野口五郎の鑑賞のしかた、つまり見方」なのだ。私たちの多くはぼんやり野口五郎を見ていて、うっすら気づいているけれど言葉でも仕草でも表現できなかったものを、コロッケが「野口五郎はこうやって見るものなんだよ」と具体的に示したのである。コロッケの天才というか才能がなしえた発見が野口五郎のモノマネで、所詮素人には不可能な技であるから素人はコロッケを模倣して野口五郎のモノマネをするのだ。

カレンダー写真なる蔑称がある。当たり障りのないタイプのカレンダーに毎月登場する風景だったり名城だったりの写真を、素人が劣化コピーして撮影するようなものごとを指して「カレンダー写真」と呼ぶ。月並みで内容がない写真だ。元の写真の撮影方法を見つけた人はオリジナルなのであり、たしかに模倣者が量産されてしまうと当たり障りのない目新しさのない写真に成り果てるが、撮影地、時刻、アングル、撮影手法を開拓したのだから馬鹿にしたものでないどころか開拓者である。例えば、X城をこの方角から見上げるように撮影すると開花した桜が前景を埋め尽くす、という「世界の見方についてのガイドライン」を提示したのである。近頃は東京の目黒川の桜を撮影した写真がSNSを埋め尽くすが、これだって「夜桜を撮影するのは、この橋の上からこのアングルで」と最初に誰かが提示したところ大ヒットし真似をする人がわんさか湧いたのだ。「世界の見方についてのガイドライン」を提示できる人は少ないが、真似をしたがる人は多いのである。コロッケは野口五郎の見方を発見したし、誰かさんは目黒川の桜の見方を発見して、その他大勢がこれらを真似たのだ。

葛飾北斎の作品は多くの日本人にとって古典中の古典とも言える存在だ。冨嶽三十六景が発表された江戸時代、人々は現在から想像もつかない驚きを感じただろうと想像される。当時の人は、富士山まで行けないからと富士塚なる小山をつくるくらい富士山を愛していたし憧れていた。しかし、北斎が提示した冨嶽三十六景のロケ地、アングル、時刻等の新たな「富士山の見方についてのガイドライン」は斬新なもので、だから現代人の富士山の見方にまで影響が及んでいる。大きな樽をつくっている職人と樽の中に見える富士山、超望遠レンズで撮影したかのような江戸市中の屋根と富士山、飛行機に乗ったかのような高度から眺められた富士山、各地の何気無い風物とともに描かれた富士山と三十六景すべてに発見と富士山の鑑賞の仕方の斬新さがある。北斎漫画での人間観察や自然観察然りで、北斎は世界の見方についてのガイドラインを更新し続けるのを使命にしていたようなところがある。人間観察や自然観察は万国共通のものだから、ヨーロッパの美術界を軽々破壊するくらいのガイドラインの更新を北斎漫画は成し遂げている。冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」など、いまだに世界を驚かしている。海の波と陸地の山と小舟と人は大抵の国や文化圏で1セットになって見かけられるだろうが、海は「こうやって見るものなのだ」と北斎が初めて示した「神奈川沖浪裏」が200年近くも人類に影響を与え続けているのだ。怒らないでもらいたいのだが、コロッケが野口五郎はこうやって見るものなのだと初めて提示したのと根っこは同じである。

写真の醍醐味は、「世界の見方についてのガイドライン」を誰かに問う点に尽きるように思う。写真は絞りを開ける、絞り込む、露光量を操作する、アングル、ラィティング、といったことだけで現実とかなり違う様相が記録される。これら以前に三次元の空間を二次元に落とし込むだけで、写真は現実と異なっている。だから私はいつの間にか写真の面白さの虜になっていた。写真が発明されたばかりの時代だったなら、撮影するだけで精一杯の写真でも写し止められた像を見て人々は驚いたり感心したりした。これだけで、「世界の見方についてのガイドライン」が一変したからだ。たぶん写真以前の人々は、人を見るときも物体を見るときも気分に左右された主観的な像を心に映していて、現代であってもデッサンの基礎を身につけた人でなければ細密描写ができないのだから間違いないだろう。デッサンの技術を持っている画家も、美人や権力者を美化しているし、彼にとっての理想を描いているところは主観的だ。ところが写真は、シワや肌のくすみや不機嫌そうな表情そのままに記録する。写真以後の時代の人々は、どれほど撮影されるのが好きな人であっても写真を恐れているもので、だから髪を整えたり化粧したり体調が悪かったりすまし顔や笑顔になれないときはレンズの前に立ちたがらない。これこそ写真の存在そのものがつくった「世界の見方についてのガイドライン」である。人類にとって自分という存在は太古から何も変わっていないが、写真が登場したことで自分自身の見方が変わり、他人を見る見方も変わったのだ。

さまざまな人が撮影方法や現像方法を試みたり、機材の革新があって、写真が発明されてから「世界の見方」は更新され続けてきた。私たちの「世界の見方」はたった数十年前とも変化している。たとえばAdobePhotoshop以前と以後では、まるで違うものになった。かつて写真は動かぬ証拠の品だったが、Photoshopによって画像の改変がいとも簡単になり、高速なPCが普及しPhotoshopも高度なものになったことで誰もが写真から邪魔者を消したり、ありえない状況を自然に合成できるようになって、写真だからといって真実が写し止められているとは限らないと皆が思うようになった。ドローンから撮影される視点、大判フィルムをはるかに超える解像感を持った高画素機による描写が日常のものにもなった。世界を鳥瞰する写真、肉眼では捉えられないディティールが記録された写真は、世界の見方についてのガイドラインの更新を私たちに迫った。プリクラやSnapchatやSNOWの機能で自写像を加工した画像は不自然でグロテスクだが、これをかわいいと感じる人々がいて、これは「世界の見方についてのガイドライン」が大きく変わっていることを意味する。写真への恐れは、新たな局面に移り変わったのだ。

もう少し長いレンジで考えてみたい。肖像写真を大判フィルムで撮影するほかなかった時代と、扱いが容易になった中判や、さらに小回りがきくライカ判で撮影できるようになった時代では、撮影されている人も、写し止められた内容も違っている。明治期に撮影された日常や職人の仕事場の写真を見たことがあると思うが、撮影用の空間に日常や仕事場を説明的にしつらえ、モデルの仕草は明らかにポーズである。現代から考えれば、こうした写真をルポルタージュとは呼ばない。しかし当時の感覚では、現実を忠実に伝える写真だった。19世紀にもポーズを取らされていない写真がある。南北戦争を記録した写真には、記念写真そのものといったものもある一方で被弾し死亡した人が撮影され、これまで戦争の前線に行った者だけが知っている事実だったものが前線のはるか遠くにいる人々にまで知れ渡ることになった。世界の見方についてのガイドラインは更新され、アメリカの人々にとって机上の空論に満ちた勇ましい戦争は悲惨極まりないものと認識されるようになった。とはいえ19世紀から20世紀初頭は写真から概要さえわかればよく、文章で描写するよりスケッチするよりはるかに正確でディティールが正しく伝わる媒体だった。このようにして、当時の人は世界を見ていたのだ。撮影機材が小型化し扱いやすい感材が登場し、さらにライカ判で撮影できるようになると、現実の場にカメラが入り自然に振舞っている人々を撮影できるようになって「世界の見方についてのガイドライン」が一変する。再び戦争を例にするなら、ヴェトナム戦争に従軍した写真家はライカ判カメラを構えて前線に立ち、また速写可能なカメラは戦争の細部や日常を記録したことで戦争とは何かヴェトナムで何が起こっているかを微に入り細に入り記録し、アメリカだけでなく世界の人々の戦争観を変えた。世界の見方についてのガイドラインが変わったのだ。

もう一度、蔑称「カレンダー写真」に話を戻す。蔑称カレンダー写真は写真趣味の素人に限ったものでなく、世の中にはこの手の写真が溢れている。私が悪趣味と感じるプリクラやSnapchatやSNOWの自撮りを盛る機能でさえ、意図せず「世界の見方についてのガイドライン」を変えたというのに、人それぞれとはいえ(この先は書かないでおこう)。表現が成功するか否か撮影して公開しなければわからないし、継続してみないとわからない。失敗したとしても「世界の見方についてのガイドライン」を写真が変える醍醐味を理解しているかどうかは、かなり重要ではないかと思う。被写体の発見と撮影方法の決定は、既存の「世界の見方についてのガイドライン」への挑戦で、誰にとっての写真の良し悪しかは難しいところはあるけれど、写真の評価は「世界の見方についてのガイドライン」を更新しようとしているかどうかが大きく影響する。自分を省みるのも、他人に感心しするにも、これまで写真が世界をどのように見せてきたか教養がなくてはならないが。

 

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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