超広角画角との付き合い方

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人間の視界は対象への意識の集中度合いによって、写真で言うところ画角が融通無碍に変わる。漠然と対象を見ているとき、おおよそライカ判28mm程度くらいだろうか。ライカ判標準レンズ50mmは、28mmの画角のうち意識がはっきりしている領域相当とも、対象への注目度をやや高めたときの広さとも言えそうだ。これはおおよその感覚を画角で言い表しているものなので、35mmくらいの画角が漠然と対象を見ていて意識がはっきりしている広さだろう、という人がいてもおかしくない。何れにしても35mm、28mmの画角は、とくに苦労することなく撮影できるとも言えるし、これといった特徴に欠けるとも言える。これは現代の感覚であって、70年代の半ばくらいまで28mmは超広角の一歩手前の焦点距離とされていて、広角レンズのスタンダードは35mmであった。やや特殊な部類に入っていた28mmを常用する人は稀であったし、使い方には注意を要するとさえ言われていた。

望遠レンズと広角レンズどちらが扱う上で技術を要するか様々な意見があるだろうが、ブレに気をつけてピント合わせの正確さが要求される点を別にすれば広角レンズの方が難しいかもしれない。望遠レンズは、私たちが対象に対して意識を集中させ目視した状態もしくはさらにトリミングして拡大した範囲を写し出す。いっぽう広角レンズは24mmの画角ともなると目玉を動かしたり首を振ったとき見える領域を切り貼りした広さになり、20mmは短期記憶を切り貼りした広さ、18mm以下は短期記憶では抜け落ちている「見ていない」範囲を含む画角になる。つまり人間の生理感覚を大いに裏切る画角になり、ここに構図を取る難しさが生じる。また、ぼんやり環境を眺める28mm相当の視覚であっても人間は脳内でパースペクティブの補正を行い遠近感が誇張されることがない。ビルを見上げても、建築が頭すぼまりに見えることはない。水平方向の奥行きが誇張され、建物の外観が菱形に見えることもない。パースが誇張され物体の形状が大きく変わって見えるのが面白い段階を過ぎると、超広角を扱うのが途端に難しくなる人もいるかと思われる。パースの誇張が表現のすべてでは相当な時代遅れと言うより思考停止だ。

教訓[できるけどやらない選択とできないからやれないは大いに違う]

超広角を使うときは水平垂直を気にしろと言われる。別に気にしなくてもよいが、水平垂直を出せるのと出せないままでいるのではあまりにも意味が違う。この水平垂直を出せるようにしろ、という言葉は曖昧すぎると常々思ってきた。大概の場合、水平垂直を出せと言われて気にするのはカメラの左右方向への傾きと仰角・俯角だろう。


特に仰角・俯角は超広角特有の強いパース誇張に直結する。例えば高層ビルが極端に先すぼまりになって奥行き方向に倒れかかっているような描写だ。冒頭に書いたように、人間は短期記憶を切り貼りして視覚を補っているので画角が広く単に広大な領域が写し止められている状態にはあまり違和感を抱かない。パノラマは水平方向に180°〜360°展開しているが魚眼レンズが描写した画像を見るような違和感が生じない。人間にとって超広角の違和感は画角より遠近感の誇張によって生じているのだ。したがって、本来平行、垂直であるはずのものの平行関係が崩れたり奥行きの実感と乖離したとき不自然さを感じる。

このため仰角・俯角に気を配るのは大切だし、カメラの左右方向への傾きにも注意すべきだが、ファインダー内や背面液晶に表示される水準器ばかり見ていても解決しない問題がある。面に対しての正対と、複数の面の関係だ。

カメラの左右の傾きをなくし、仰角・俯角にならないように光軸を水平にしても、面に対して正対せず角度がついていると、正方形が正方形にならず台形として描写される。これは高層ビルを上に仰いで撮影して高低に距離の差が生じたときと同じで、左右に遠近の距離の差が生じたことによって発生する。

また平行であると目視されたものが実際には平行でなかった場合、超広角レンズのパースの誇張によって予想を反して非平行が強調される。

私たちが平行とは限らないと思い込んでいる物体では非平行が強調されても違和感はないが、運河の護岸、道路の路側などぼんやり平行だろうと思い込んでいるものと正対し形状が正確に描写されているものが同画面内にあるとき、非平行が強調されると違和感が生じる。元からこういう関係にある物体どうしでは、違和感が生じた部分に対して後処理で平行を取ろうとすると、正確に描写されている他の要素が影響を受け変形する。すべてが正確に描写されていない場合は、後処理でどこを水平・垂直の基準にしたらよいか迷うだろうし、ポイントを正確に選択しても、間違った選択をしても処理の結果の正しさを確認しづらいので作業が袋小路に陥りやすい。

テクニカルカメラやシフトレンズのライズは視点高を上げ仰ぎ見る際に生じる距離の違いをなくすことで物体の形状を正しく描写しようとする手法だ。

また誇張された遠近感を後処理で補正するのも結果的にライズと同じ効果を得ようとするものだ。建築写真では建築物の正確な形状を描写する必要があるため効果を最大に出すのが鉄則になっているが、高層ビルが正確に描写された写真を見るとむしろ「頭でっかち」に感じられる。これは実際の高層ビルを見るときの人間の脳内補正に限界があって補正効果がやや弱まるためか、補正された画像を見ても脳内補正が働くためかわからないが、いずれにしろ高層階側が大きく見える。ライズされた視点はかなり高身長の人や鳥の視点になりかねず、ここに違和感がなんとなく生じる場合もある。建築写真などのように完全な補正が求められないなら、やや補正を弱めたほうが自然に見えるケースもある。

311への旅 飯岡
311への旅 千葉 飯岡

これはライカ判15mmによって撮影された写真だ。15mmは私が常用する焦点距離で、写真を撮影しはじめた頃から広角好きであったので慣れしたんだ感覚の内もっとも広い画角といえる。このため超広角にありがちなにぎにぎしい描写にならず、言われなければ超広角と悟られない描写になったと思う。「人間にとって超広角の違和感は画角より遠近感の誇張によって生じ」、遠近感の誇張は「かくあるべきもの」が変形または誇張されているとき認知される。形状が「かくあるべきもの」と思い込んでいる物体は人工的なもので見慣れたものだ。あるいは日常で頻繁に目にしているものだ。もともと不定形の物体は誇張されているか否か判断しようがない。また特定の現実空間を知らない人は、その場所の広さや奥行きもまた知らず、距離や面積や高さを知る手がかりがないなら遠近の誇張もまた判別しにくい。上の写真では手前の道、奥の小屋が遠近感の状態を感知できる手がかりだ。小屋が頭でっかちに見えるのは、やや見下ろす視点が全体を自然に見せるだろうと判断して撮影したからで、小屋が遠く小さく気になりにくいのを予測した上だ。手がかりになるものの描写次第で、誇張は目立ったり目立たなかったりする。他の例がたくさんあるので興味があるならギャラリーの写真を見てもらいたい。

Fumihiro Kato.  © 2017 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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