105mmいいよね135mmいいよね

もう下書きとかなしに気楽に書こう。

私は30代までライカ判の100mm、105mmはマクロとして使いやすいレンズでしかなかったわけです。ところが以後、様子が変わって100mm、105mmの画角がしっくりしてきたところがあり、たぶん自分自身の肉眼の視野が若いときと比べ狭くなったのと関係があるのかもしれない。そうかもしれないし、ライカMを所有してから割り切りかたが変わったのかもしれない。

85mmはちょっと暑苦しいレンズで、これは人物が相手のとき覚える感覚。20代では、まったくそんな気分になったことがなかった。で、85mmはまだ遠近感の誇張、顔の隆起の誇張を感じる。というか、そういうワーキングディスタンスで撮影することが多いレンズ。誇張といっても広角レンズのような派手なものでないけど、気になるんだなコレが。対して105mmは、かなり誇張が緩和されて冷静な視点・視線といった具合だ。どちらがよいかわるいか、それは人それぞれだし、私のように年齢が関係しているかもね。

105mmは85mmにない遠近感の弱い圧縮、被写体との状況によってはけっこな圧縮感を描くレンズだ。このくらいの圧縮感が、物体の形状をかなり正しく描画するのに役立つ。85mmはざっくり構図を取ったまま撮影すると、前述のように物体の形状が遠近感の効果から誇張される。でも、50mm以下よりずっと小さな誇張。

135mmは、実はもっとも好きな画角なんだけど単焦点では今は所有していない。135mmの圧縮感は風景なんかではたいしたものでないけれど、人物を撮影すると体の厚み、顔の隆起などのほか、背景との関係でかなりのものになる。大昔、カメラメーカーの意向と写真家の大人の事情からポートレイトで多様された300mmともなると、そこに人間が写っているから人間を撮影したとわかるけれど、人体のボリュームがとてもおかしなことになる。うすっぺらい肉体、ですね。135mmがぎりぎりかな。肉体や顔の隆起やボリューム感を殺しつつ、写真的約束事の中ではまだ十分に存在感を感じられる。だから、静かな写真、静かなポートレイトに向いていたなと。

では、なぜこんなに優れた焦点距離なのに本邦では不人気なのか。これは「引き」がないから。はい、これだけ。

海辺や野原に出れば135mmをつけたまま、被写体となる人物の様々なカットが撮れる。なんだけど、これらロケーションや広いスタジオでないかぎり135mmを振り回すのはちとつらい。かなりつらい。ポートレイトに限らず、市街地や地方を撮影しようとする際にもやはり「引き」が足りない。要するに、日本にはがあーんと引きが取れるロケーションがすくないのだ。これが証拠に、カメラ屋さんなどがレンズの試写として記事やコラムをサイトに用意しているけれど、ことごとく135mmで撮影されている写真がつまらない。ほんとうは上手い人が撮影しているはずなのに、なんかつまらないものをアップにしているだけ、みたいな。で、意外なほどポートレイトの作例がない。これは引きの問題もあるけれど、かなーり優秀な美麗な個性のあるモデルさんでないと、とてもつまらない写真になるから。こんなこと書くと、135mmはいらない子みたいな気がするかもしれないが、ここぞというときほんとうに美しい写真が撮れるものです。

なんか最近、とっても大口径の135mmが登場したけれど、ポートレイトで相手の表情や動作の動き、撮影者の移動なんかを考えると被写界深度が浅すぎて。「はい、動かないで。じっとして」みたいな撮影でよい写真が撮れるわけがない。と、なるとF2でもピンがはずれる確率が高いのでどんなものかと感じる。絞り開放で、動かないものを撮るというのもね。ここに本邦の「引き」が取りにくい事情を加味すると、ほら135mmを売るのはたいへんとわかるのだ。

でも70-200mmズームは135mmがズーム域の中間なのに、特に意識せず使える。これは200mmになると圧縮感と節穴から遠くを覗く感じによって、135mmとは別世界が開けるからだろう。節穴から遠くを覗く感じでファインダーに向かい、肉眼では発見できなかったもの、肉眼でも見えていたけれど諸々の要因から新たな発見があるものによって、精神的にも構図的にも別の世界に通じているという。135mmも望遠ではあるけれど、節穴感はさほどない。こうして200mmからフレーミングの都合上焦点距離を短めにズームしていると135mmくらいになるかもしれないが、意識はまだ200mmのまま。んー、こんな感じかな。

Fumihiro Kato.  © 2017 –

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Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K
写真家・作家 / Photographer Author
・北海道北見市生まれ。
・大学卒業時までに詩集「無題あるいはサラバ」、同「Cadenza」発表(共に絶版、在庫なし。「Cafebza」別装丁私家版のみあり)。
・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
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