やってはならないを取り払う

10代前半で写真撮影を意識的に行うようになった私は、カメラやレンズの扱いかたを知るため二冊の本(たぶん写真雑誌のムック的な書籍)を買った。今から思えばたいした情報量ではなかったのだが、絞りとシャッター速度とフィルム感度の関係、これらを変更したときの効果、広角・標準・望遠レンズの特性くらいはちゃんと作例とともに説明されていた。たったこれだけの情報なのに、「べからず」な決まりごとに縛られた。こんなふうに書くと私を写真に導いてくれた二冊の技法書の著者に失礼なのであって、どれくらい為になったかはかりしれないものがある。私の知識なんてものは、この二冊の解説書からのものが八割以上を占めている(情報量満載の本ではなかったのに!)。この時代は交換レンズが今以上に高嶺の花で、しかも28mmや300mmでさえ超ナニナニレンズと呼ばれかねない時代のことで、限られたレンズで基本中の基本の使い方から様々な効果を得る術までが前述の基礎知識とともに書かれていたのは為になった。なのだけれど、技能の基礎が提示されるなら(とくに書かれていなくても)同時に対極にある「やってはならないこと」を子供であっても察知するものだ。

ある撮影用品についてWEBを検索して、なんとかCOMのカメラ用品掲示板がたまたまヒットしたので覗いてみると、そりゃすごいところだった。たぶん撮影を始めて間もない様子の方が、小絞りにするとセンサーのゴミが気になるとスレッドを立てていた。すると最初のレスからして、F32まで絞るのはキチガイだと罵声が飛んでいた。ほんとうに「F32まで絞るのはキチガイ」と書かれていたのだ。さらに、「プロはそんな絞り値まで絞らない」と。こんなものレンズがF32まで絞れるなら、絞りたいだけ絞ればいいのになあ。どんだけ脳みそが硬直してるのやら。

解析ボケなんてものは、あとから憶えればよいのだし、それを教えるにしてもキチガイはないよね。

絞り込んだとき絞り羽の影響で光が解析する現象はF3.5だろうとF11だろうと発生していて、絞り込まれたときほど絶対的な光量が減るために目立ちやすいというだけ。初心者氏がF22で撮影していたら、キチガイと罵倒しなかったのかというね。キチガイを大合唱していた人は、憶えたての解析現象という言葉を使いたくてうずうずしていたのだろうし、絞りすぎてはならないという「べからず」を何の疑問も抱かず聖書の一節のように信じ切って、これをどこかのプロ写真家が書いていたものだから「プロはそんな絞り値まで絞らない」と恐ろしいことを書き込んだのだろう。何度でも書くけれど、絞りたいだけ絞ればいいのだ。撮って出しの写真で満足いかなくなったとき、解析現象をだいたいはフォローできる後処理を見つけるのだろうし。

とかく基本を知ると、あれこれやってはならないものをたくさん憶える。写真は、写真を発表する国の法に触れなければナニをやってもよいのだ。撮影は、撮影する国の法に触れなければナニをやってもよいのだ。あとは被写体になる人、モノ、コトに迷惑をかけなければよいのだ。こうした縛りも、ひとつずつ言葉にしにくい、臨機応変なものだ。そして時代や状況が変われば、ころりと事態は一変する。どこまで逸脱してもよいかは、最終的には「自分で責任を取れるか否か」でしかない。こう書いたところで、「責任を取る」の意味と現実での対処法をどこまで想像できるかによって、人それぞれ解釈が異なっても不思議ではない。

そこまで話を拡張せずとも、写真は階調をとことん追求しなければならないであるとか、色が綺麗でなければならないとか、人それぞれ自分の表現を縛り付けているものがあるはずだ。では、「どうして?」と問われたとき確固たる答えを即座に口にできるだろうか。問われて、どこかで読んだこと、聞いたことを、さも自分が考え抜いた結論のように説明していないだろうか。人間なんてものは日頃から考えているようでいて、実はほとんど何も考えてはいないものだ。だから考えていなくてもしかたない部分はあるけれど、実験と実践さえしないで読んだこと、聞いたことで「べからず」ばかり増やしていると、やがて生徒指導の教師のような退屈な人間にまで堕ちる。ああ恐ろしや。

私は基本を憶えるなとは言っていない。基本がなっていないなら、成果は偶然でしかない。偶然だって大したもので、基本ができている人が創り出せないものがいとも簡単に生み出されることだってある。ただし偶然の傑作は一回こっきりで、二度とものにできないだけだ。基本は「成功の要因」と「失敗の原因」どちらも分析できる能力につながり、無駄な労力と時間を省くためにある。人生のうちカメラを構えてシャッターを切れる期間なんてものはほんとうに短いのだ。

新しいことをやりはじめるなら、とりあえず基本をひとつ逸脱さえすればよい。「基本」を「思い込み」と言い換えれば、逸脱によって新しいことが始まる理由を理解しやすい。これだって「成功の要因」と「失敗の原因」の分析を出発点にするので、やはり基本は理解しておいて損はない。脳みそが硬直していると分析できないという点を忘れてはならない。プロはナニナニしない、本に書いてあった、そういう空気が世の中にある、というだけで自己規制して退屈な写真を量産し続けることになる。

様々な芸事・芸術の分野を見回し、実際に手を動かしつつ関わってみると、写真の世界ほどガチガチに硬直した分野は珍しいのに気づく。さらに日本の写真の世界はガッチガチで、しかも「基本」は半世紀近くほとんど更新されていない。これは美術系につよい書店の写真集や画集のコーナーを見れば一目瞭然で、本邦ではやたら能書きばかり多いエッセイ集なのか能書き集なのかわからない写真集がいまだに大手を振るっている。文字の数が多いか少ないかではなく、写真そのもので闘っている人が圧倒的にすくないのだ。物語性に依存して、実は写真が二の次とかね。写真に挑んでいる人の作品や動向を見回していないとうか。結果的に奔放にいろいろやっているようで、小さな世界を自分で規定した「やってはならない」で囲ったものばかりになる。

「やってはならない」「セオリーとして確立されている」を脳みそから取り払うのは簡単なことではない。自分の脳みそをフル回転させたうえで、さらに吉と出るか凶と出るかわからなことに挑むのだから簡単ではないのは当然だろう。これは創作に限った話ではなく、職人的な仕事においても同様だ。いや、職人的な仕事は確実に成功しなければならないのだからもっと大変だ。なのだけれど、こういった挑戦を積み重ねている職人写真師が存在し、なにもしていない職人写真師に差をつけている。さらに「基本」とされるものはこうして日々更新され続けるので、基本を知るのに終わりはないことになる。さらにさらに日々更新される「基本」を乗り越える必要があるのだから、どっかの掲示板やら有象無象が参加するSNSで他人を見下してお山の大将気取りしたり、一日中ぺちゃぺちゃおしゃべりなんかしている暇など誰にもないはずなのだ。

だからホンモノの職人は、そんなことはしていない。創作分野の人だってホンモノは、そんなことはしていない。そんなことをして名前が世間に知られたところで得するものなどないのだ。ましてやメーカーの宣伝係となってあれこれ新情報とやら伝えている暇なんてない。なんだけど、こういった人が口にする情報をありがたがる人もいて、脳みそ硬直派市場みたいなものがつくられているのはいやはやな事態だ。あー脱線してしまった。

なにかに取り組んで自己実現しようとするなら、持ち時間に限りがあるのだし、使いようによっては限りない計算結果を弾き出す脳みそが体のてっぺんにもれなく付属しているのだから、自分で試行錯誤しつつ考えないのはもったいない。このときもっとも確実な近道は、基本という常識、基本という思い込み、基本という過去を疑うことだ。「やってはならない」の先に、新しい世界がある。

Fumihiro Kato.  © 2017 –

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Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K
写真家・作家 / Photographer Author
・北海道北見市生まれ。
・大学卒業時までに詩集「無題あるいはサラバ」、同「Cadenza」発表(共に絶版、在庫なし。「Cafebza」別装丁私家版のみあり)。
・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
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