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損得、利益は関係ない仕事というか愛の領域は別のジャンルで純粋芸術とも言えるものだけれど、人間どうしてもお仕事が付いて回る。このお仕事についての話題だ。
もうだいぶ前、それは私がフリーランスな仕事をはじめて大して経っていないときだが、ギャラの金額を決める段階でレギュラー仕事の稼ぎがそれなりに入っていたので「アパートの家賃くらいでいいよ」と答えたことがある。賃料に似合わず快適な環境の部屋と同額、8万円でよしとしたのだ。30年前と今では貨幣価値がかけ離れているしで、なんとも現在の感覚に換算しにくいのだが、食うだけの報酬が既に他からあり家賃分が浮けば万々歳と合意に至ったと想像してもらいたい。
結論を書くと、これでとても後悔した。30年前のことを、いまさらこんなところに書くくらい後悔した。そして、その仕事に貢献する意欲を完全に失った。失ったが、相手がもういいというまで仕事をせざるを得なかった。仕事を投げ出すなんてできないし。当初は目論見通りであったのだが、やがて8万円払っているのだからこれもあれもと合意時の約束を超えた仕事量になったのだ。で、「これは違うだろう」と私は言ったが、相手は「8万円払って仕事を受けると約束したのだから、やってもらう」の一点張り。どっちが悪いとかなんとかいうことは置いておくが、仕事を受けるとなったらどんな事情であれ適正料金を相手に突きつけなくてはならない真実を、このとき学んだ。
さて、適正な正規料金であるが、これほど値付けが難しいものはない。難しいのだが、料金表はつくっておくべきだ。ここまでやって○万円、ここに条件が増えたら更に○万円といった具合にだ。自分の労働に対する対価の料金表をちゃんと用意しておかないと、私のように合意を超える流れになったとき反論しにくい。料金表があれば、ここまでやって○万円と合意に至る前に条件を提示できるという寸法。
仕事はまず「なになにをどうしてもらいたい」と相手から言われて始まる。売り込みをして「なになにができます」と述べるケースでは、「では、なになにをしてもらいましょう」と相手が言うだろう。こう言われて、○万円でやりますできますと答えなくてよい。で、この料金を自ら口にする必要はない。料金を自ら口にすれば、過去の私の二の舞になるか、値切られて半額くらいを提示されるのがオチだ。セコイぼったくり料金を請求する方法を話題にしているのでなく「自分の労働に対する対価」をちゃんと求めるにはどうしたらよいか書いているので誤解なきように。
ものごとの値段や労働の対価は、ハサミの両方の刃の関係と似ている。ハサミは片側どちらかだけでモノを切るのでない。値段も同様に、売り手と買い手どちらかの都合だけで決まるものではない。嘘と思うならスーパーに行けばよい。みかんの缶詰を100円で売りたいのがスーパーとしたら、この缶詰に100円の価値がないとみるのが買い手で、価値がないなら買わずに無視している。もし買い手の願望を受け入れるなら、みかんの缶詰は只にならなければ売れない。だがこのときスーパーは缶詰を0円にしろという買い手の要求を突っぱねることができる。両者の思惑が一致した場合のみ売り手と買い手の関係になり、この一致点しだいで値段がつくのだ。これは労働の対価であるギャラも同じである。
思惑以上に値切られても仕事をしたいかもしれないが、これは前述のように自分の首を絞め場合によっては全てを失う可能性さえある。自分を安売りして得るものは何もないのである。人脈、チャンスという妄想に迷わされてはならない。スーパーが客の要求通り仕入れ値以下でみかんの缶詰を売ったなら、他の客は自分が買いたい商品まで仕入れ値以下で売れと言うだろう。もしあれもこれもとスーパーがバーゲンをやるとしたら、商品が滞留して倉庫代ばかりかかる上に賞味期限が迫っている場合だけだ。ようするに、値段より経費を優先しているのだ。多くのフリーランスの人々にとって、スーパーのように経費を優先せざるを得ない仕事はまずないだろう。年がら年中薄利多売の店は、それなりの仕入れルートがあるか、集客力がハンパないかいずれかと決まっている。
「なになにをどうしてもらいたい」と頼まれたら、相手から金額を切り出させる。あなたが料金表と照らし合わせて10万円と見積もった仕事でも、相手は15万円を提示するかもしれないし、予想外の5万円と言い出すかもしれない。これがハサミの刃の片側である。相手から金額を切り出させるには、「ご予算はどれくらい用意されていますか」でよいだろう。この場合、5万円だったら「無理です」と答える。ここでサヨナラかもしれないし、「いくらならできますか」となるかもしれない。こうしてハサミの両方の刃が揃うのだ。で、後者なら「20万円」と要求するのが良いように思う。予算がすくないか予算に無知な相手は、仕事量と質に対する認識が甘いので、仕事の量と質の評価がむちゃくちゃな可能性が高い。良心的な結果に落ち着くかもしれないが、無茶なお客への保険としてちゃんとギャラを要求しておかなければならない。あとは、値切りと妥協でなく量と質の最適化について相手と詰めるということになる。詰め切れないなら、断るか断られるかだ。
では15万円を提示されたら、だ。そうしたら、自分の料金表の8万円くらいの内容を提示することになる。「15万円の仕事を私がするなら20万円掛かる」と言い「誰それ(あるいはどこそこ)は15万円だった」と切り返されたら、「私は誰それ(どこそこ)ではないので」と答えるだけでよいだろう。自ら値引きする必要はない。ここでサヨナラなのか、相手が少しずつ増額して行くかだ。相場がわかっている相手は、仕事量と質に対する認識がシビアだ。15万円で、それ以上の成果を具体的に見積もっている。量と質が高度な仕事を滞りなく遂行するには、それなりの準備や投資と、仕事をしやすい環境を自らつくらなくてはならない。また、相場がわかっているなら、できるだけ安価に発注したいと考えた上で金額を提示していると思ってよい。したがって自分の料金表における10万円で仕事受けてはなにかと厳しい思いをするだろう。また、自らのこれからを考えるとき、次の仕事で増額のお願いをして認められる場合より、ずっと当初の金額のままの場合が圧倒的多数である。
仮の話として10万円の仕事を例示したが、100万円でも1000万円でも変わるところは何もない。金額の多寡を問わず、労働の対価を決めるのは相手ではない。もし今すぐ幾らでもよいからお金がほしいなら、これっきりで廃業するつもりで安い仕事をするか、別のどうでもよい仕事で乗り切るかの二択があるのみだ。私は発注側としても受注側としても仕事をしてきて、このように考えている。次で挽回、次は人脈やチャンスなんて甘い話が現実になった例を見たことがない。
Fumihiro Kato. © 2016 –
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