彩度を上げる世界的な傾向への思い

最近そっと地味にTwitterへアカウントをつくって掘り出しものの写真やあれこれを日記的に貼ったりしているのですが、元からコマーシャルな「俺やってるぜ的」なものに違和感があって興味がない私なので、そりゃもう閑古鳥が鳴いています。おかげであの人の若い頃のポートレイトを貼っても騒がれないという興味深い現象が発生していたりもします。

案外、海外の方からフォローされたりDMがきたりで、この人たちからの流れで写真をいろいろ見る機会が増えて興味深いのですけど、日本に限らず全世界的に彩度バカ上げ写真ばかりなのはどうしたことなのでしょうね。プロとアマチュア、わかっている人の仕事とそうではないもののリトマス試験紙になっていると言っても過言ではありません。

デジタルになってデフォルトの設定からして派手めだし、RAW現像時にわかりやすいというか意図通りに操作できるのがまず彩度からということなのだと思います。私が散々説明してきた応答特性とか階調幅の再サンプリングとか面倒だし話を聞くだけで嫌気がしてくるのではないでしょうか。

そこまで言わずとも、昔からポジフィルムをカメラに詰めて偏光フィルターまで装着してギトギトした特性かつ濃度が高い色調の写真を愛好する人々がいました。できればネガで穏やかな色調を実現してプリント納品で上々の印刷結果を出したくてもがいた私は、このときから多数派ではなかったのです。というか90年代は仕事の場面で、ネガから紙焼きで納品云々を検討したり実践していた方が多くなかったですか?

あれだけ彩度を上げているのに、カメラ評で色の忠実度とか再現性とかとやかく言われるのは何なのだろう。いろいろわからないことだらけなのを知るよい機会だったと思います。

彩度もそうだし、黒焼きも、限界を振り切ったハイダイナミックレンジ処理も中毒性があって過剰になっても気づかないのだから、ときどき自己点検されるのをお勧めします。バカにしているのではありませんよ、そういう価値観だってあっていいのです。

お呼びじゃないところにいる私が悪いのでしょうね。

© Fumihiro Kato.
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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なる人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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