春なので福島のことをちゃんと話そうと思う

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福島県の沿岸部を南北に連なる浜通りへ通い続けた。未曾有の震災について日本人として誰のためでもなく自分のために、この目で見て耳でちゃんと聞いて理解したいための旅行だ。

この旅について「311への旅」と題して写真だけでなく見たもの聞いたものを書いてきた。昨今は怪しげな話をさも浜通りの真実であるかのように語ったり、見もせずに自分の願望を書き散らす輩への風向きが変わり、嘘つきのインチキ野郎のレッテルが貼られるようになって少しだけホッとしている。しかし旅をまとめてちゃんと公開しようと思った時点では、こうした嘘つきの卑怯者が大手を振るっていた。

二年前まで福島県浜通りは私の目から見て疲れはてていたし傷跡に壮絶なものがあった。だが昨年はだいぶ変わり、昨年後半から今年にかけて人も文化も自然も新たな芽吹きが見てとれるようになった。まるで春になって木々に新芽が顔を出すかのように。

昨年、双葉町にラーメン店が蘇った。以前から幹線道路沿いにあり繁盛していた店が、避難指示が解除され戻ってきたのだ。時分どきになれば店は満員だった。こんなに人がいるのか、と驚いた。津波で破壊しつくされた双葉町の沿岸部は、原発事故の影響もありもぬけの殻の町になっている。これは未だに変わらないが、避難指示の解除と周辺地域の人の往来によって数少ない食事ができる店にお客が押しかけていた。社用車で来店するスーツ姿の人、普段着の人、男も女も。それはどの県、どの町でも見られる光景と変わりなかった。

このときから更に双葉町に飲食店が復活したり新たに生まれている。

浜通りの人々の話に耳を傾けると、震災以来の厳しさがにじみ出る場面はあったが同時に人としての普遍的な営みについて知ることができた。これは交通事故で怪我をした人が治療中の日々を語り、同時に生活者としてのあれこれを語るのと変わりないものだった。もちろん度を超した不条理を背負ってはいる。悲惨ではないかと言えば嘘になるが、浜通りは悲惨さだけの暗黒地帯ではない。

私は単独でも地元の人とも集落や集落から続く海岸線と山谷を見てまわった。「この先立ち入り禁止」のバリケードで回れ右しなくてはならない道も多かった。山道では地元の人でさえわからないまま立ち入りが禁じられた場所に入り込んだこともあった。浜通りにいれば浜通りの産品を食べ水を飲む。では私は鼻血が出たり原因不明の疾病に罹ったか? そんな経験はいまだない。

誰だい? 足を踏み入れただけで鼻血が出て、地域に居残った人は子供が産めない体になるとか奇形が多発していると言っていたのは。ひそひそ話だけでなく記事や漫画に仕立て批判されると俺は見てきた体験したと嘘を正当化させ言い張った卑怯者はどこの誰だ?

除染にまつわる複雑な事情にも触れ、これは福島県のみの問題ではなく日本が抱える矛盾や世界共通の人と社会の問題であるのを知った。そして福島をフクシマとわざわざカタカナ書きにしたり、放射能が来ると煽るメディアや個人が何も見ていないし真剣に何も考えてもいないのがよくわかった。利用しようとする魂胆の汚さもわかった。被災地の外にいて、ソファーにふんぞり返りながらキーボードやスマフォの文字入力をちゃちゃっと操作しているにすぎないのだ。

数年後に東京は破滅すると宣伝し続けた人がいる。東京のみならず日本人は死に絶えるとも言っていた人がいる。煽りに煽り、煽られるに煽られた人々は、このことで避難を余儀なくされた人々より引き返せない遠い場所に自らを追いやったと言える。根拠なく煽り、煽ることで他のデマを吸収して化け物になった人の末路は、しれっと何事もなかったように生活していたとしても悲惨きわまりない状態になっていると言える。

言った者勝ち、鬱憤ばらしになっていると嘯いているだろうが、精神の荒廃は本人が気づかぬまま進行している。

こうした嫌がらせをしていた男に私も嘘を流布され足を引っ張られ続けた。この男は自らの人生の失敗を震災と原発事故がさも原因であるかのように責任転嫁し、自己正当化のため毎日呪いの言葉を吐き続けていたのだ。これは想像ではなく対策のため調べてわかったことであり警察も動いた事件だ。なお、この男は浜通りの青年を嘘とデマと陰険な口撃で自殺に追いやっている。

ではどんな暮らしをしていたかと言えば、放射能で日本が滅びる、福島県民と周辺地域の人々は深刻なまでに被曝していると休みなく嘘を拡散させつつ、関東の水道水を飲みファストフードやスーパーで買った弁当を食いカップ麺を啜っていたのだ。誰かから問われれば外国産の食品とサプリで生きていると嘘をつき、嫌がらせはやめろと注意した者を陥れる算段に明け暮れていた。すべての輩がそうだとは思わないが、いまだに呪詛を吐き続け福島県を陥れる言動を続けている者はたいがいこうだ。

昨今の調査で福島県産の産品に危険性を感じないとする人が過半数を超え、たいはんの人が震災以前のように受け入れていると結果が出た。むしろチェックが行き届いたうえで出荷されているし、誰も食べて被曝して健康を害していないのだから当然だろう。

浜通りの困難は、浜通りの人々の責任ではなく私たち日本人が目を背けてきた問題に端を発している。そして問題は山積みだが福島県浜通りは死に絶えたわけではない。さてどうするかは人それぞれだが、呪詛と嘘で塗り固めようとしている者、政治利用しようとする者を断固として許さないとはっきり態度として示したい。彼らは治療中のけが人を根拠なく差別して石を投げつける人非人、お為ごかしを囁きながら騙そうとする詐欺師と何ら変わらないのだ。

私たちがこれまで生きてこられたのは、福島県を含む世界の営みがあったからだ。矛盾を押し付けてきたおかげだったとしたら、ちゃんと報いなくてはならないだろう。

© Fumihiro Kato.
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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なる人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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