m4/3はどうなるんだろうね

m4/3には壁を突破してほしいと切望している。だからあれこれ言いたくなる。

ずっとフィルムで撮影してきてデジタルをどうしたものかと考えているとき、私は(マイクロではない)フォーサズを試して予習と準備期間にした。とうぜんその時代はフォーサズシステムの言い出しっぺのオリンパスしか選択肢がなかった。私にとってのオリンパスとはOM-3、OM-4であって、「小さいことって素晴らしいよね」と好ましく思っていた。ライカが超小型カメラとして登場しながら、ライカ判のカメラは拡大の一途をたどった。OM-1、OM-2はさほど心に響かなかったが、OM-3、OM-4はライカ判ではキヤノンを使っていた私からみて気になる存在だったのだ。

まだフィルムの時代だった1990年代に、他社がオートフォーカス花盛りになってはいたのだけど、AFを使用しない私はショーウインドウの中にある潔くきれいで小型の黒塗りのOM-4を「良いカメラだなあ」と見ていた。ライカM系と同一視していた。この後、私はライカM6を使いはじめるのだけど、これはOM-4への愛と深く関わりがあったのだ。

そして写真のデジタル化が騒がれる時代に突入した。4/3インチセンサーがデジタルに最適なセンサーサイズであるというオリンパスの言い分は話半分に聞いていたのだが、フォーサーズ終了でm4/3になる際に「どう考えても最適解ではないだろ」と呆れた。一眼レフではファインダー像が小さすぎたし、だからEVFを志向するマイクロフォーサーズに早々と変わったところがあるのだろうし(理由は多岐にわたるのだが)、当時のAPS-Cと比較してもセンサーが壊滅的にダメだった。その後も小さなセンサーに画素を詰め込む限界は突破できず、4/3インチセンサーは数が出ないため価格優位性と様々な進歩でも他から後塵を拝す状態のままである。4/3インチセンサーはスチルカメラでは最適解ではなかったのだ。

ライカ判の半分の焦点距離で等しい画角が得られる4/3インチセンサーはレンズの小型化に寄与している。しかし、私のように「F8だけあれば絞りなんてどうだってよい」という人間でも絞りによる表現の幅がすくない焦点距離と認めざるを得ない。なんだかんだ言って、ライカ判フルフレームがデジタルスチルカメラのメインストリームになったのは表現の幅が広いからだろう。こうした表現の幅を想定してライカがフィルムのライカ判を採用したのではなく、たまたまの偶然だ。フィルムを使って撮影する場合は、中判がどうしても必要な分野がけっこう多くライカ判では引き延ばしでも印刷でもフォーマットが小さすぎた。ただしライカ判のレンズの焦点距離は、絞りの効果では表現の幅が広かった。中判以上では、かなり絞らないとフォーカスが行き渡らない。ボケが大きいのはメリットよりデメリットのほうが大きいのだ。

ライカ判の標準50mmの画角は、中判なら70〜90mm(フォーマットにより違う)、4/3インチセンサーでは25mmになる。50mmなら絞りを開け閉めして表現できるところを、25mmでは同じように変化をつけられない。でも4/3の300mmはライカ判の600mmの画角なので、こうした超望遠域ではフォーカスが深いメリットがある。でもライカ判600mmを日常的に使用する人はそうそういない。大概はライカ判24〜135mmくらいの画角で撮影するものなので、4/3インチセンサーでは12〜67.5mmということになる。最近は広角24mmでも絞りを開けた表現をしたい人がいるし、中望遠ならボケを大きく表現したいのが人情なので67.5mmでは深度が深すぎると言われるのがオチだ。

一人で砂嵐のなか撮影していると、ライカ判の半分のサイズではないとしてもm4/3のこじんまりしたシステムが使えたら「言うことなしだな」と思う。ところがセンサーがライカ判に追いつかない。手持ちハイレゾが採用されるみたいだけど、「手持ち」だからといって制約がまったくない訳ではない。センサーを小刻みに動かすより一発で撮影できたほうが圧倒的によいのだ。なぜ手持ちハイレゾを開発しなければならないのかといえば、4/3インチのセンサーに高画素と呼べるだけ画素を詰め込めないからだ。そりゃできるだろうけど、これをオリンパスは使いこなせず、4/3インチでセンサーをつくってくれるところもない。こうしたジレンマを抱えているのだからセンサーサイズの最適解とは言えない。

フィルムは技術革新によって銀塩粒子が微細化するとカットフィルムだろうがブローニーだろうが135だろうがみんな揃って同じ密度になった。最終原稿のサイズを同じにするとライカ判がもっとも拡大率が高くなり、ゆえに使用範囲が限定された。デジタルではセンサーのサイズではなく画素密度(画素数)によって画像サイズが決まる。ここがデジタルのおいしいところで、だから以前は報道、ルポルタージュなどに限られたライカ判が現在は「中判はいらんでしょ」というくらい広範囲で使用されている。オリンパスはセンサーの画素数は2000万画素で打ち止めになると予測していたのだろうか。2000万画素と2500万画素の隔たりでさえ大きいのに、3000万、4000万画素はアウトプットサイズだけでなく画像品質でも莫大な差がつく。

カンブリア紀に今日見られる動物が出揃い、さまざまな可能性を問うかのように摩訶不思議な形態の生物が登場したが、これはまさにカメラがデジタル化しようとしていた時代に重なる。こうした時代にセンサーサイズの最適解だったとしても、現在のところちっとも最適ではなくなった。スマフォに搭載されている小さなセンサーとライカ判あたりが勝者だろう。つまりこれらが最適解だったのだ。ところがオリンパスはAPS-C、ライカ判ともに開発するだけの体力がなかった。どの段階でも、開発する余力がなかった。いまさら開発することもないだろう。ならばムービーに特化するとか、これもできなかった。気がつけばパナソニックは後ろ足で砂をかけながら去っていこうとしている。当初のフォーサーズからm4/3になったとき既存ユーザーはオリンパスからこうして捨て去られたのだが。

私はムービーを撮らないのでわからないけれど、前述のようにスチルとして画素数と画像品質さえ整えばm4/3を使いたいと考えている。でもこれは、缶コーヒーが一流コーヒー店の一杯と等しくなったら飲みますという変ちくりんな願望と同じ。喩えの品がよくないし、マイクロフォーサーズでなければならない分野の方に失礼だけど、言いたいことはわかってもらえると思う。ここは重要な点なのだが、現在の状況で小型化・軽量化をはかるならm4/3を選択するよりAPS-Cあるいは1インチセンサーのカメラ、はたまたスマフォのカメラでよいのではないかという現実がある。ほんらいここのポジションにぴたっと収まるのがm4/3ではなかったか。

m4/3はどうなるんだろうね。がんばってほしいのだが。それにしてもどうするんだろうね。

いまだにセンサーサイズの最適解と言っているのは引くに引けない言い訳だ。むりやりセンサーを動かして「ハイレゾ」にしているのは、ノーマルな状態ではハイレゾではないってことだ(どう考えてもハイレゾではないけど)。ハイレゾばかりが写真に必要な要素ではないが、ここまでハイレゾ化された世の中で苦しいね、となる。最適解なんてものは状況と時代によって変わるものだと皆んなわかっているから、見苦しい言い訳なんてやめるべきだ。にっちもさっちもいかなのを露呈させ、だったら不安要素をすべて払拭して他のフォーマット並みに言い訳のないシステムにしろと思われるだけだ。m4/3を採用している隙間産業的メーカーはいわゆる一般的カメラと違う独自な世界に進んでいて、最適解なんて言っていないのが潔い。

私が所有し使っているライカ判フルサイズのシステムはそろそろ古めになりつつあって、でもいずれミラーレス化するのを見越し一眼レフで追加投資するのは控えたい状態だ。とはいえ、あと5年でどれくらいフルフレーム対応のレンズが揃うか未知数なので入れ替えをしなければならないものが出てきてそうとう頭が痛い。ちょいとm4/3のシステムを買って身も心も機材も軽くしたいのだけど、それだったら(以下冒頭へループ)。

ここぞ! という撮影は数ヶ月にいっぺんくらいの趣味の写真の人でm4/3をつかっているなら別だけど、かなりm4/3を使い倒している人は現在どんな気持ちなんだろう。他人のことまでお節介するつもりはないとしても、だ。ナショジオに写真を売る欧米系のがたいが大きく体力がある人々は、引っ越しかという機材を、しかもフルフレームの超望遠とか持ち運びながら撮影していてほんとうらやましい限りだ。写真は体力しだいだな、ととぼけた感想でこの記事を〆る。

Fumihiro Kato.  © 2019 –

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Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K詳しいプロフィールはリンク先へ

写真家・作家 / Photographer Author

・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
・歌劇 Takarazuka revue
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
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