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レンズの焦点距離を選択する際にまず考えなくてはならないのはボケが大きいか小さいかではなく、そのレンズを使用した際のワーキングディスタンス(被写体までの距離)だ。ボケは距離を詰めれば相対的に大きくなるし、逆に離れなくてはならない場合は小さくなる。それ以前に引きが取れるか、寄りすぎて暑苦しい撮影にならないかという問題がある。
人体を例にして考えてみたい。人体は身近な存在なので直感的に理解しやすいだろう。
ケースA 身長160cm台の人物を被写体にする。カメラの構えは横位置で、人体がフレームの縦方向に収まりやや余裕がある状態を撮影すると仮定。余裕をやや取るのでフレームの縦方向に170cmのものが入る状態。
ケースB 人物の顔と上半身込みの撮影。カメラは縦位置で、フレームの縦方向に70cmのものが入る状態。ちなみに人間の顔の高さは男性23cm程度、女性21cm程度が平均である。
以上をライカ判(アスペクト比 2 : 3)、使用レンズは一般的な焦点距離として35mmから135mmを想定した。
十数センチ程度の寄り引きまで厳密に表現していないが、おおよそのワーキングディスタンスは上掲の模式図のようになる。160cm台の人物の全身を横位置フレームで撮影するとき、135mmでは9m、105mmなら7.5m、85mmなら6.5mよりやや寄った位置から撮影しなければならない。いっぽう縦位置フレームで(顔 / 21〜23cmに上半身50cmくらい)程度の寄りで撮影するとき、135mmでは3m近く、105mmなら2m程度、85mmでは1.5mくらいから撮影する必要がある。
85mmレンズはポートレイト向きと言われる焦点距離だが、アップカットではワーキングディスタンスをかなり詰める必要がある。前述の例では1.5mであり、関係性が醸成されていない相手や撮影慣れしていない人にとって心理的負担を感じる距離だ。これは撮影者にとっても同じである。もっと顔に寄りたいケースも珍しくないだろう。撮影者側がよい意味で緊張する分にはなんら問題ないが、被写体側が「近すぎる」と感じるのは好ましくない。かなり親密さが求められるのだ。
なお、ここで示した距離は被写体とセンサー(フィルム)間の距離であり、カメラ本体とレンズさらにレンズフードが被写体側にある点を忘れてはならない。つまり85mmレンズでワーキングディスタンスが1.5mといっても、実際にはレンズ1本とフード分だけ被写体側に出っ張っているのだ。三脚を立てているなら、脚がさらに先へ伸びている。目と鼻の先にこれらが迫っているのを被写体がどう感じるか想像してもらいたい。
距離感が近すぎたとしても、こうした関係性は撮影者の好き好きだし、意図通りに撮影できれば85mmだろうと35mmだろうとどんな焦点距離を選択しても他人が口出しできる領域ではない。ただし個人的には85mmは暑苦しいレンズと私は位置付けていて、85mmは所有していても人物撮影では105mm、135mmを使用する機会のほうが圧倒的に多い。20代のとき85mmの暑苦しさをまったく感じていなかったが、30代以降はかなり好みが変わったのだ。焦点距離が長いレンズを使用するとパースの表現が変わり平面的な描写になるとしても、例示したフレーミングよりアップにしたいときは135mmや200mmくらいを使ったほうが気分的にしっくりくる。ポートレイトでは135mmが理想的と言う人がいて、これはワーキングディスタンスとパースによる顔面描写の関係を指しているのだろう。
全身をフレーミングする際にカメラを横位置で使用するケースは、周囲の空間を示したい場合だろう。ここに示した焦点距離はいずれもほとんど「暑苦しさ」がなく、あえて言えば35mmが近いというくらいだろう。ただ135mmの9mは被写体と意思疎通するのが遠い距離と言えそうで、屋外なら大きめの声で指示を出す距離だ。こちらでは85mmくらいがほどよいのかもしれない。
こうしたワーキングディスタンスの違いは、被写体との関係性だけの問題ではない。撮影する空間の広さ、周囲の状況と大いに関わってくる。
スタジオでは極小スペースでないかぎり神経質になる必要はないが、その他の屋内では前述の横位置全身カットは85mmでも厳しいかもしれない。六畳間の長辺は352〜382cmである。十二畳の長辺は528〜572cmだ。こうした家屋内の撮影では壁の中に被写体を埋没させたり撮影者が同様に後退できないので、室内の全長をすべて使えず六畳間ではせいぜい3m、十二畳では5m以内と考えるべきだ。前掲の例では横位置全身が撮影できるのは六畳間では35mm、縦位置アップはすべてのレンズで可能、事情は十二畳で50mmが使える程度しか変わらない。
同条件でブツ撮りを想定してみようと思う。縦位置構図でマクロ60mm、105mmどちらも高さ70cmの物体を撮影可能だ。とはいえ105mmでは余裕があると言い難いものがある。自由度を確保して撮影するなら十二畳以上は欲しいところだ。
しばしば自宅にスタジオを設けるのは可能かという問いがあるが、六畳間では人物の全身は使用できるレンズが限定的で十二畳でも難しい。画角が広いレンズではパースのつきかたに難があるだろうし、こんどは天井と部屋の短辺が写り込む問題が発生する。
室内で誰かを取材する場合、やはり50mmあたりが寄ったり引いたりできる幅が広いと言え、24-70mmレンズであればほぼ問題なく多様なカットを撮影できる。多くの場合、室内の椅子やテーブルのレイアウトによって長辺方向をいっぱいに使用できるケースは稀で、短辺側を使って被写体を撮影しなければならないことが多い。こういった例で全身をまるまる入れたカットはほぼ要求されないだろうが、構図によっては50mmでも厳しいものがある。もちろんより広いスペースで撮影できるなら焦点距離が長いレンズを使用可能できるが、室内の撮影で中望遠以上を使うのは会議や座談に参加している人を一人だけ抜くときくらいではないだろうか。
私は以前から「スタンダードライナップ」と名付けたレンズ選択法を提案している。詳しくは「スタンダードライナップ」について書いた記事がいくつかあるので読んでもらいたいが、28mm、50mm、105mm(マクロ推奨)としているのは今回示したワーキングディスタンスとも関連している。
最小限のレンズ構成は28mm、50mm、105mm(マクロ推奨)以外でも構わないが、基本骨格を整えるうえでこの3つの焦点距離は重要な意味を持つ。先ほど室内での取材を例としたが、室内の状況がわかるカット=28mm、人物の様々なカット=50mm、寄りが必要または商品カット=マクロ105mmでまわすことができる。この範囲の焦点距離なら、大胆な効果は得られなくても、パースが誇張されすぎたり圧縮されすぎることがない。24-70mmズームと105mmマクロの組み合わせなら柔軟性がもっと向上する。また部屋全体を撮影したいなら超広角を入れてもよいだろう。寄れないうえに長すぎる85mmを混ぜても扱いに困るだけだなのは前述の通りだ。もちろん意図があって他のレンズを選択するならなんら問題はない。
狭い室内以外の取材でも、取材対象との間合いから「スタンダードライナップ」の28mm、50mm、105mm(マクロ推奨)が便利だ。こちらも目的次第で他の焦点距離を選択すれば変化がつくのは変わりない。
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