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これまで数回にわたりAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dの試験撮影を行い記事を書いてきた。・パープルフリンジが発生しやすい状況下 ・実際の撮影に近いシチュエーション これらを通じ結論めいたものを出したが、間違いではないとしても正確性に欠けるのではないかと思える正反対とも言える新たな試し撮り結果が出た。そこでDタイプとはどのようなレンズか含め、新たな試し撮りで検証できたことがらを記事としてまとめた。
[人生にとって大切なことは面倒くさい / 宮崎駿]
ハイレゾリユーションカメラの先駆けとなったニコンD800とD800Eには、ニコンが推奨するレンズがあり、推奨があるのだからなるべく使わないでもらいたいものがあったことになる。両機の推奨レンズは、
AF-S NIKKOR 14-24mm F2.8 G ED
AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8 G ED
AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8 G ED VR II
AF-S NIKKOR 16-35mm F4 G ED VR
AF-S NIKKOR 24-120mm F4 G ED VR
AF-S NIKKOR 200-400mm F4 G ED VR II
AF-S NIKKOR 24mm F1.4 G ED
AF-S NIKKOR 35mm F1.4 G
AF-S NIKKOR 85mm F1.4 G
AF-S NIKKOR 200mm F2 G ED VR II
AF-S NIKKOR 300mm F2.8 G ED VR II
AF-S NIKKOR 400mm F2.8 G ED VR
AF-S NIKKOR 500mm F4 G ED VR
AF-S NIKKOR 600mm F4 G ED VR
AF-S Micro NIKKOR 60mm F2.8 G ED
AF-S VR Micro-Nikkor 105mm F2.8 G IF-ED
以上だ。
これは当時のもので、後に代替わりしたレンズもある。D800とD800Eの発表当時を知る者として、推奨レンズを告知するページに私はものものしさを感じた。そこまでしないとならないのか、である。さらにD800Eは収差や回析の影響をD800より受けるともされていた。そして、とうぜんのように推奨レンズにはAi-SとDタイプは含まれず、デジタル撮影を前提にしたGタイプレンズばかりだ。
ニコンのDタイプレンズとは1990年代に発売されたレンズ群で、距離エンコーダ内蔵を意味するD(Distance)を冠している。とうぜんフィルム撮影を前提にして設計されている。Gタイプとは新時代のレンズを意味するG(Genesis)を冠したレンズで、絞り込み制御のみ従来からの機械制御だが他は内蔵するCPUを使い通信によりボディーと連携するレンズだ。このことによりDタイプまで続いたAi-S方式が終わり、さらにレンズそのものがデジタル撮影を前提にして設計されている。
そして月日が流れてD850を使用するに至り、私は訳あってカタログ落ちして久しいAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dを中古で買った。1993年発売のレンズであり、画質について詳細な情報がほとんどなく、どこまで使えるのかどうか、どのようにコントロールしてよいかわからいなので試し撮りを重ねた。現在メインに据えているD850を使って試験したが、ことの詳細は既にいくつかの記事に画像を添えて掲載しているので読んでいただくとして、絞り開放ではパープルフリンジが出るだけでなく甘い画質でF8以降に絞ってなかなかの描写をするレンズであると理解できた。現代のレンズにみられる線と階調の繊細さはないが力感のある写真を撮影できるレンズだ。
この段階で「画素数が高いほどDタイプは弱点を露わにするのだろう」と結論づけた。そのうえで使い所と使いかたがわかれば万能とはいえないながら使えるレンズである、とした。
ではD800EまたはD810で使用したときどうなるのか、という疑問が生じたためテスト撮影をはじめた。仕事部屋で戯れにD800Eで撮影したカットが、絞り開放にもかかわらずD850で得た感触を裏切る良好なものだったので試しみようと思ったのだ。あまり時間と機会をつくれず駆け足で試し撮りをするほかなかったが、「画素数が高いほどDタイプは弱点を露わにする」とは限らない結果になりすこし混乱した。実際にどんな写りであったか、D850で同一条件で撮影したものを含め紹介してみたいと思う。
AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8DだけでDタイプレンズ、あるいはDタイプレンズと高画素機の組み合わせを語るのは危険なのは承知している。たまたまAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dだけが特有の傾向を帯びているだけかもしれない。したがって大々的にDタイプの傾向として実写を解釈するつもりはない。今回の比較から光線状態によって写りがだいぶ異なるのが読み取れ、影響は高画素機のほうが顕著であるように感じられた。もしかしたらレンズが開発された時代なりの技術、評価の基準と関係しているように思われるので、「Dタイプは」と断定できないまでも「Dタイプの時代は」「Dタイプの時代の技術は」と言えそうな気がする。これはD800とD800Eが発売されたときの推奨レンズと、D800と比較してD800Eは「D800Eは収差や回析の影響をD800より受ける」とされたところとも関係している。
まずAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8D+D810、AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8D+D850、AF-S VR Micro-Nikkor 105mm F2.8 G IF-ED+D850の組み合わせの比較から掲示する。カンバスにアクリル絵の具の絵画を、トップからのストロボ面光源で撮影した。AF-S VR Micro-Nikkor 105mm F2.8 G IF-ED+D850はあくまで参考用で、AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8DをD810とD850で撮影したものの比較がここでのテーマになっている。なお色被りのばらつきが出たのは大目に見ていただきたい。各画像をクリックすると長辺5000pixelの画像が表示される。
D800E=有効画素数3630万画素、D810=有効画素数3635万画素、D850=有効画素数4575万画素である。
全体像。この画像は拡大表示しない。
絞り開放の比較。
D810とD850を比較するとD850のほうが解像している。Dタイプと比較してAF-S VR Micro-Nikkor 105mm F2.8 G IF-EDは開放から既になかなかよい解像をしている。
F8の比較。
すべての組み合わせで、とうぜんながら絞り開放より解像感が増している。
F11の比較。
AF-S VR Micro-Nikkor 105mm F2.8 G IF-EDが甘く見える。現像時に気づき、チャート状印刷物を撮影した結果、F11で解像が落ちる現象がなかったことから撮影時の何らかのミスと思われる。
つまり画素数が高いカメラほど好結果が出ていて、これまでのAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dへの印象と違う結果になった。この実験をするまで、D850よりD800E、D810を使用したときおおよそ締まりのよい画像を得ていた。D850の場合、絞り開放から数段で得られる画像は良好ではなくF8から良好な画像が得られた。D800E、D810も同傾向であったが、絞り開放から数段もよほどD850の場合より優れていた。殊に仕事部屋で何気なく撮影したライトスタンドのブームのカットは、絞り開放だったがキレ味のよいものだった。フリンジによる色付きが見られる。
D810を用いて屋外で撮影したカットのうちAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dの特徴が表れていると思うカットを選別して掲載する。D850を使用して屋外で撮影したときと同じ場所、同じ被写体、同じ光線状態に揃えなければ比較できないが、時間と機会のやりくりがつかず別の場所で異なる光線状態で撮影した。いくつかのカットはD850で撮影したものと似た被写体を撮影している。
アスファルト道路のペイントと影。
半日陰になっている工場街の壁。F2.8とF8の比較。1枚目がF2.8、2枚目がF8。ほとんど違いを感じられない描写になった。
ススキの穂。
絞り開放で撮影している。D850でススキの穂を撮影したのは曇天の夕暮れで、解像している像の上にベールがかかったような甘さの画像だったのでCapture Oneで現像する際に[構成]をやや上げた結果、種子ひと粒ひと粒まで解像した画像が得られた。今回のススキは一部にパープルフリンジがわずかに出ているものの、実に十分に解像している。この程度のパープルフリンジは一部の現代のレンズでも発生する。
壁面に垂れている植物。絞り開放。
植物、壁面ともに良好な撮影結果。背景の壁は暖色系のベージュで、露光量が少なく明度が落ちているわけではない。拡大しなければディスプレイ用でも印刷用でも十分に使えるだろうし、このシチュエーションなら絞って撮影するのが通例だろう。
竹林。
D850で撮影した状況とロケーションを近づけるため竹を探して撮影した。絞り開放。ハイライトにパープルフリンジがわずかに出ているが、それなりに解像している。竹の節に注目すると、上下の節は解像しているが中央の節は甘く見え、甘く見えるのはフリンジが原因だとわかる。
古い家屋の柵。絞り開放。
絞り開放と緑色の再現をチェックするつもりで撮影した。完全な日陰で柔らかく光がまわっていた。緑色の材にかかる針金にピントを合わせたつもりだったが後ピンになっている。絞り開放なので甘さはあるが、各部のディティールは十分に出ている。発色は完璧。
これらを撮影して結果を見たとき、前述のようにD850より画素数が少ないD810のほうがAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dには適していて「画素数が高いほどDタイプは弱点を露わにするのだろう」と確信したのだが複写の結果はまるで違った。
弱点が露わになるように感じられたのは、
1.高画素であるほど手ブレの影響が出やすいので、D850ではわずかな手ブレや微振動が拡大されて画質を落とした。 2.光線状態によってAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dの結像は変化し、高画素機ほど変化を拡大して見せる。 この二つが原因になりそうだ。しかし絞り開放なら絞り込んだときよりとうぜんシャッター速度が上がり、手ブレの影響は少なくなるので[1]は違うだろう。とすると、[2]がもっとも可能性がありそうだ。
冒頭にDタイプレンズとは何か説明した通りカメラがデジタル化される以前のレンズだ。レンズはカメラのデジタル化によって高精細・高解像を要求されたほか、入射した光がセンサーで反射され後玉で再び反射される問題の解決も求められた。Dタイプ以前のAi-Sタイプのレンズをデジタルカメラで使用して、Ai-Sでさえフィルムを使用した場合に解像性能をフルに利用できていなかったのがわかった。フィルムの解像性能、フィルムから紙焼きや印刷される際のロスが原因であり、すくなくとも当時のニコンのレンズは余裕のある設計がなされていたのだ。Ai-Sタイプが登場したのは1980年代なので、Dタイプではさらに設計が高度化している。
絵画の複写比較でわかったように、光線状態を管理した状況でDの105mmマイクロは画素数が高いカメラほど解像がよかった。3630万画素級のD810より、4570万画素級のD850で結果がよかったのだから、デジタル高画素の能力をフルに発揮できないとしてもフィルム使った場合を上回る能力が発揮されたと言える。Ai-S 50mm F1.2の絞り開放をD850で使用すると像の周囲に油膜状の不可思議描写が現れ、能力がフルに発揮できないどころか明らかに大きく足を引っ張る結果になる。Dの105mmマイクロでは、このような明らかな能力不足かつ足を引っ張る変な描写はなかった。
ではどのような光線状態が不向きなのか。既に明らかなように輝度の大きな差が画角内にあるときAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dの撮影結果は現行のGタイプと比較したときよくない。しかしアスファルトに白くペイントされた写真は直射日光を受けているが上々の出来だ。白いペイントとアスファルトとの境界にフリンジが生じていない。これを上回る輝度の差が結果を悪くするのだろうし、逆光ではないうえに、アスファルトがダークな色調で反射率が低いのが描写が良好な要因だろう。たとえ薄暗がりであっても、竹の写真では光が当たっている竹の節の白い部分にフリンジが現れ解像感を落としている。光そのものは弱いが落差が激しければフリンジが発生するのだ。対照的なのが古い家屋の柵の写真だ。白い鉄パイプは他の物体と比較して反射率がきわめて高いが、完全な日陰で光が均一にまわっているため解像は十分でリアルな表現になった。緑色に塗られた木部の表現も切れ味がある。
画素数が高いカメラについて考えると、以下に示す冬の曇天夕暮れのススキをD850で撮影した写真では現像時にすこし手を加えないとふわりとしたベールを剥ぐことができなかった。以下にD850との組み合わせで撮影した写真を掲載する。
対してD810で撮影した日陰で光を受けているススキは絞り開放にもかかわらず緻密な描写していて切れ味が悪くない。むしろよく写っていると言える。このススキをD850との組み合わせで撮影して比較できなかったのが悔やまれるが、これまでの実写経験から結果はほぼ推察できる。画素数が増えるほどDタイプとの組み合わせでは光線状態への反応がシビアになるのだ。(詳しくは過去記事の実写試験を参照してもらいたい)
D850で撮影された冬の曇天の日暮れ(低照度)に撮影されたススキではCapture Oneの[構成]をほんのすこし適用した。[構成]とアンシャープマスクは異なるものだが、アンシャープマスクの半径を小さくして効果をかけても類似の結果になる。まったく解像していないものに[構成]をかけても団子状態が露わになるだけだが、ここまですっきりススキの種子が分離できるのは甘さの原因になっているベールの下できちんと解像されているからだ。たとえば解像感が高いレンズで撮影しても、ヘイズが濃ければソフトフォーカスのように見えるのと同じである。この場合も[構成]の効果によってヘイズの害を除くと解像している像が現れたのだ。
このことからもDタイプは解像度が低いレンズではないと言える。絵画の複写でわかるようにGタイプのマイクロのほうが解像感がすぐれているのは間違いないが、部分の拡大はともかく全体像では十分な写りであるし、全体像だけを見てDタイプ、Gタイプを見分けられる人はいないだろう。ただし前述のように「画素数が増えるほどDタイプとの組み合わせでは光線状態への反応がシビアになる」。レンズの諸収差を低減させる技術は設計、硝材ともに年々進化しているし、特に写真がデジタル化されて以降はかなり厳密に収差を取り除かなければならなくなっている。故にほとんどのDタイプよりGタイプレンズのほうがデジタルカメラにふさわしい。また設計と硝材だけでなくコーティングもデジタルへの最適化が進められた。レンズを構成するすべてのレンズだけでなく、2000年代に入りカタログに残っているAi-S、Dタイプの後玉にほどこされたセンサーとの間に生じる反射を低減するコーティングも重要な意味を持っている。ただし後玉だけですべてが解決されデジタルカメラとのマッチングがよくなる訳ではない。
今回の比較だけでは比較になっていない部分が大きいので大仰に結論を断定したくないが、AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dの性格をほぼ出し尽くしたと言ってよいと思う。AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8DだけでDタイプレンズが語れるわけではないが、なんとなく傾向が見えたのではないだろうか。Dタイプは超広角から超望遠まで、高価格帯から安価なものまでラインナップされていたし、高ければよく安ければ悪いというものでもないので個々レンズの性格はGタイプ同様にさまざまだ。しかし時代なりの技術で設計されていることを考えると、Dタイプはカメラが高画素になるほど光線状態にシビアに反応する傾向として間違いないものと思われる。D800とD800Eの解像能力の違いでさえ「D800Eは収差や回析の影響をD800より受ける」とニコンは警告していたのである。
Fumihiro Kato. © 2019 –
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