最善な露光値にはいくつかの考え方がある

適正露光となる露光値はひとつではない。つまり適正露光は絶対的なものではない。これは明るめ、暗め、被写体重視などの露光補正について多様であるのを指摘しているのではなく、撮影したデータをどのように(あるいはそのまま)画像化するかによって適正露光の考え方が変わるのを言っている。考え方を以下に列記する。

1. 撮って出しで完結させる
2. 汎用性が高いデータをつくる
3. 現像しやすいデータをつくる

1はポジフィルムを使って撮影するケースと同じだ。ポジフィルムはラチチュードが狭くガンマ値が高いフィルムで、ネガフィルムでは紙焼きする前提だがポジはフィルムを映写したり印刷原稿に使うためのものなので露光値は撮影結果と直結している。したがって特段に意図がないなら白とび、黒つぶれを防ぎ、主たる被写体が狙い通りの濃度になるよう露光値を決める。

2は文字通りであって、RAW現像で調整するとしても様々な変更を可能な限りのパターンで実現できるデータをつくる露光値だ。

3は(2)の方法でも可能だが、最終的につくりたい画像のための現像の手間をできるだけ省き、省くことで完成度が高いアウトプットにする露光値の決め方だ。この場合、最終的にどのように現像し画像化するか確定しているのが前提である。

1は報道など時間を争う撮影や加工を嫌うケースで有効だ。だがデジタルカメラはRAWデータを出力する点ではポジフィルムよりネガフィルムに近いものだ。スタジオ撮影ではライティングを計算できるが、自然界相手ではラチュードに収めるのが困難であったりするので、最終画像の質的向上を望むなら現像時の調整込みで2や3を採用するほうがよいだろう。では2と3について説明して行く。

デジタルカメラが記録できるデータはネガフィルムよりラチチュードが狭いと言われてきた。しかし私の実感ではRAW現像時の明部と暗部のふんばり(耐性)はネガフィルムよりよっぽど強い(耐性がある)と感じる。ネガフィルムよりラチュードが狭いと言われるのは撮って出しの画像またはRAW現像で展開しただけの表示画像についてであって、RAWデータそのものと現像時の可変性はネガフィルムをはるかに超えている。ただRAW現像についての知識と技能がないなら、元データに豊富な階調が記録されていてもネガフィルムより狭いラチチュードしか使うことができない。

2の考え方は、後々どのような現像をするにしても可能な限りの変更パターンを実現できるデータをつくるためのもので、大雑把に言えばカメラの分割測光・評価測光の出目でだいたい実現される。評価測光そのものが、白飛びと黒つぶれを嫌ってカメラのラチュード内に収める技術なのだから極端な光線状態でなければ扱いやすいデータが記録できる。とはいえ、極端な明暗差があればその通りにならない。このような場合は明部重視か暗部重視かを決めて露光値を補正する。アンセル・アダムスのゾーンシステムは現在でも十分有効な方法だから、暗部の若干でもディティールを残したいポイントをスポット測光して、出目から3EV分マイナスにした値を取るのもよいだろう。

単体露出計を使う場合に注意したいのは、カメラのISO感度と露出計のISO感度が一致していない点だ。これはフィルムがロットごと実効感度のバラつきがあった以上に違いが大きいように思う。そして機種ごとではなくメーカーごと違いが存在している(メーカーの思想や思惑によって差が生じている)。カメラ側は大抵1EV内くらいで低めだし(より大きく感度が低い場合もありうる)、白飛びを嫌い評価測光はやや暗めの値を示しても不思議ではない。事前に単体露出計との差を確認しておきたい。

この2の方法はフィルムを使って写真撮影していた時代から変わることのない露光値の決め方とも言える。フィルムの時代には「汎用性が高い」と言わず「焼きやすいネガをつくる」露光値と言っていたはずだ。ここで汎用性が高いとしたのは、フィルムの現像から焼き付けまでにできることよりRAW現像は多岐にわたって微に入り細に入り調整可能だからだ。

3は表現スタイルが定まっている場合の露光値の決めかただ。RAW現像時に画像全体を大幅に明るく、暗くすることはほとんどない。なぜなら、このような露光量の大きな変更は撮影時に判断できるからだ。しかし画像内の部分ごと微調整したり大胆に変えたい場合は、ライティングをしないかぎりRAW現像時に作業しなくてはならない。こうした部分調整はマスクを切って個別に操作する。マスクを切る箇所が多ければ面倒であるし、たとえマスクを切る技能が高くても何もしない場合より不自然な境界が発生しがちでもある。また仮に画像そのものを「デフォルト±0の状態」から5の量で何らかの変更をするより、「デフォルトで+2の状態」から3の量変更するほうが同じ結果を得られるとしても画質が優れたり、さらなる変化を与える際にも余裕がある。このような発想から3の露光値の決め方を採用するのだ。2の方法よりRAWデータの汎用性は低いが、現像結果の精度は格段に上がる。

撮影対象が風景だったとする。空と地平が存在していて、ここに何らかの物体がある。それぞれ箇所の表現を変更する表現意図があるとき、空、地平、物体それぞれにマスクを切るのはあまり賢くない。なぜなら手間であるし、マスクの境界表現が気になるし、個々に調整しはじめると最終的に一体感を醸し出しにくくもなる。

一例を示す。空をあまり調整しなくてもよい露光値が与えられているなら、マスクは地平と何らかの物体だけ切ればよいことになる。それでも撮影時の設定だけでは空が意図通りにならないので、まず画像全体を空に注目して調整する。これが現像の下地になる。空に注目して操作したのだから、地平と何らかの物体は思惑から大きくずれた状態になるだろう。だがRAWデータの潜在力は大きいので、地平と物体にマスクを切って個々に操作しても画像は破綻しない。むしろ、細かく何箇所もマスクを切るほうが境界の不自然さや全体の一体感で不利になる。マスクは1箇所でも少なくしたいのだ。

ここで前述の「0から5の量だけ何らかの変更をするより、2から3の量変更するほうが自然さも画質も余裕のある出力になる」話になる。先の例で「空」に注目して画像全体に与えた変更によって、これから地平と何らかの物体に与える変更量がべらぼうに大きくなるならこれもまた賢い選択ではない。3の方法で撮影できる人なら、風景を見た段階でRAW現像時にどのような変化をどれくらい与えたらよいかわかるだろう。なので、空を測光値そのままか、あるいはプラスまたはマイナスにどれくらい補正した値にしたら、現像時にマスクで区別された他の場所の変更量がどれくらいになるか想定できるはずだ。こうして「空」をどの濃度として記録すべきか判断する。こうして撮影すると、撮影結果は明暗のバランスが悪いかもしれない。このデータは完成品ではなく素材なので一見明暗のバランスが悪くても何ら問題ないのだ。

ここではあくまでも例として「空」を中心に後処理に有利な露光量を与えるケースを説明した。なお主題が空だから空に注目したのではなく、主題が地平側にあっても全体の手数と調整量に有利なら他の部分から露光値を割り出すほうがよいのだ。これは空と地平に限らず、どのような被写体でも同じである。

頭に入れておきたいのは、明るい状態を暗くするのは楽だし結果も良好だが、明るい状態をさらに明るくするのは難しいし結果もよくないという点だ。暗くしてディティールが潰れていっても不自然ではない。しかし明るくすることで白飛びしてディティールを完全に失うと、かなり極端な印象になり不自然さを覚える。いくらRAWデータとはいえ明るい側へのふんばりは弱い。応答特性の変更やトーン幅の調整をすれば救済できるが限度がある。現像ソフトのUIにハイライトと中間調とダークそれぞれ別個に操作できるスライダーがあったとしても、操作する内容と量が増えて複雑化すると画像を御し切れなくなる。画角内のどこを測光して、その部分をどの濃度に記録しても3の方法で現像できるが、作業しやすい「現像の下地」をつくるには自分が現像時にどれだけ明るさを変化させるかわかっていないとならない。

次に人物を背景こみで撮影する場合を考えてみたい。人は人の顔や肉体のパーツとそれらの関係を知り尽くしているので、像にすこしでも違和感が生じると極端な拒絶反応を喚び醒まさられる。肌表現ひとつとっても、色調からキメまでわずかな違いが違和感につながる。こうした違和感が表現意図ならかまわないが、画面を構成するそれぞれの要素を最適化する過程で人体表現が思わぬ方向にずれたら元も子もない。

背景ありの人物は撮影時にライティングはもちろん露光値も最適化するのだが、これだけで最適化できないときはRAW現像で変更する内容と量ともに最小化できる撮影をしたい。できれば顔にはマスクを切りたくないのだ。まして顔のパーツ個々にマスクを切るのはどうかと思う。人物撮影では人体への調整を最小限に留められる露光値を決めたうえで現像時に背景をマスクして変更を加える。

私は風景作品で海を白から浅いグレーにして空にはトーンを豊富にしたり、空は同様で砂を明るくする作風を実現している。こうなると海や砂丘内の何らかの物体までコシのない調子になるのではないかと想像され、それぞれ別個に複雑なマスクを切っていると思われがちだが大抵は海または砂丘をマスクするだけで済ませている。RAWデータを展開したとき基本の下地をつくる調整を与え、空と海または砂丘に二分してマスクを切る場合もあるができるかぎりマスク数を減らす方法を撮影時から考えている。操作できない現像ソフトもあるのだが、応答特性とトーン幅の際マッピング(とトーンの中間点の移動)だけで海または砂丘の表現と同時に他の要素を最適化するのも可能だ。ここに至るまで、私はRAW現像は(それぞれの時点で納得が行っていても結果的には)暗中模索状態だった。なお2、3それぞれの方法を生かすため、現在はDXO PLでレンズ補正その他をしてDNG形式で出力し、DNGをCapture ONEで最終現像している。3の方法や、この現像方法は作風が変われば当然見直すことになるだろう。

アウトプットしたい画像は人それぞれ違い、私の場合だけであってもこの場で現像手法を逐一説明するのはほとんど無理だ。現像手法を説明するためにデジタル画像で操作できる各項目の内容と結果がわかっていない人には基本から説明しなければならないし、RAW現像について説明したこれまでの記事の人気が低いのを考えるとWEBで不特定多数の人を対象に書いても無駄だろうと感じる。だが露光値の決定については多くの人が実践できるだろうし、それぞれの固有の作風に合わせて容易にアレンジできると思う。

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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