小津安二郎・茶の間の画角から考える

画角何度のレンズであってもワーキングディスタンスを変えれば同じ範囲を撮影できる。同じ範囲を撮影する際に画角を変えて撮影したときの変化は、被写体の手前と奥の広さに現れる。広角レンズは広い範囲を撮影するため、望遠レンズは遠くに存在するものを大きく撮影するためという解釈は間違いではないが画角についての一面しか考えていないのだ。

小津安二郎監督は茶の間のシーンを撮影する際に中望遠に近い画角のレンズを常に使用していた。


中望遠つまり長めの焦点距離で、登場人物と茶の間の状況を説明する範囲を撮影するためには、かなり引きを取らなければならない。このため小津安二郎は茶の間のセットを組む際にカメラを引く目的で広いスペースを用意した。

小津安二郎の作品では、茶の間に限らず中望遠のレンズが多用されている。ワーキングディスタンスを変えれば広い画角のレンズと同じ範囲を撮影できるが、制約が増えるにも関わらず画角の選択は一貫している。先に例示したシーンは人物ふたりだけだが、ちゃぶ台を囲んで複数の俳優が演技するシーンであっても小津は中望遠で撮影している。ちゃぶ台を囲む複数の人物をスチル撮影する際、私たちは標準域から準広角を使用しがちだ。引きがないという物理的制限もあるし、複数の人物や状況を写し込むには中望遠に近い画角は向かないと思い込んでいるからでもある。

なぜ小津安二郎は狭めの画角のレンズで撮影し続けたのか。前掲のカットを再び紹介するが、これはライカ判フルサイズで70〜85mm程度に相当する焦点距離のレンズで撮影されている。映画は135フィルム(35mm判)をライカ判からみると縦使いに半分使用するのでスーパー35mmなら24mm×14mmが一コマになる。ここに50mm単焦点をつけて撮影している。なおスーパー35mmはほぼAPS-C判のサイズが一コマになると考えて間違いない。中望遠の焦点距離で撮影すると集約度は高まるが、前述のように引きを相当取らないと必要とする範囲を撮影できないのにである。


これは小津安二郎の美学・美意識に基づく画角の選択にほかならず、狭めの画角による静かなパースペクティブ描写でなくてはならなかったからだ。人物主体だから中望遠を使っている訳ではない。機会があれば小津の作品を観てもらいたいのだが、後期になればなる程ほとんどのシーンが50mmで撮影されていて、パースの適度な圧縮によって静かな構図が実現されている。ムービーはシャッター速度を変えて露光量を決定できないので絞りのみで露光値を適切化するほかなく、被写界深度の適切化に制約がつきまとうのに中望遠なのだ。

映画撮影とスチル撮影はさまざまな点で異なる。そのひとつとして、映画では大掛かりなセットやクレーン、イントレ等の機材を日常的に使うところがある。これらはスチル撮影でも可能だが、予算から人員の配置までなかなか難しい。なので小津安二郎が茶の間のセットを引き前提で大道具さんにつくらせたようにはなかなかいかない。だから異なる焦点距離のレンズを使い分けるのだが、「広角レンズは広い範囲を撮影するため、望遠レンズは遠くに存在するものを大きく撮影するためという解釈は間違いではないが、これでは画角についての一面しか考えていない」という点は小津安二郎を例にして常々検証したほうがよいだろう。

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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