脅迫や強要で成り立つ世の中って嫌だよね

だらだら書くことにする。負け犬の遠吠えでも結構で、そう思いたければ思えばいい。解釈の自由を制限することなんてできないしね。読むのもこれまた制限しようがないけど、あんまり楽しい話ではないし、こういう内容をあーだこーだうるさく扱われたくないからリンクについてはやめてもらいたい。ほんとそういうの必要ないし。

脅迫って書くと、怖いおじさんがドスを効かせた声で暴力をちらつかせながら何事か要求する図が思い浮かぶかもしれないけど、案外そういうのは少ない。もっと満遍なく普遍的に存在している。私が宮仕えしていたのはバブル景気から失われた20年のただ中までで、その後は脅迫することが望まれたり、脅迫されるのがほんとうに嫌で、宙ぶらりんのフリーランスに転向した。最近は労基云々や取引の公正さへの世間の目が比較的厳しくなったけれど、まだまだ薄汚い商売がこれと名の知れた企業で営まれていたりする。私が宮仕えだった時代はもっともっと薄汚いことをホワイトカラーのサラリーマンが、これこそ我が能力で才覚だとばかりにやっていた。下請けは奴隷であり、彼らをタダ働きさせた人が有能と言われたのだ。こんな人の査定が上がって、ボーナスもどんと懐に入った。つまり現在企業でお偉いさんになっている人に、一定の割合でこうした仕事のやり方だった人が存在しているのだ。

私が写真とか広告に夢と希望を抱いのは、1980年代がスタートしたくらいの時期で、テレビや雑誌や新聞の広告がこれまでにない何かに満ちているように見えた。こうした世界に大学在学中から潜り込んで仕事をして、まず意表をつかれたのは配属チームが決まってボスとの面談で「好きな映画はなに」か聞かれ、私の映像経験に大きな意味をもつ「戦艦ポチョムキン」と名画座で観たばかりの「天井桟敷の人々」「七人の侍」を挙げたら、「そんな古いのダメだぞ」と頭ごなしに言われたことだった。まあ大概に古い映画ばかりだけど、ハリウッドの新作しか認めないっていう軽薄な発言にこれが業界? と呆れた。つまりこれ、新しい動向を知らないとダメってことと、動向を知るのはセンスの問題だけでなく確実に当たる美味しいところをパクれるから、なのだ。私があげた作品のエッセンスを生かすより、直近で当たったものの表面をパクる方が確実である。だったら「未来世紀ブラジル」とでも答えればよかったのか、多分これも難癖をつけられただろう。そういうことだ。

こういう会社では、というか広告代理店には「これタダでやってもらえないかな」という仕事が往々にしてあった。私がタダでやるのではない。名刺入れにストックされているスタッフたちや制作会社に、タダで仕事を発注してくれという営業様の命令なのだ。これ発注と言えないよね。
「タダで発注なんて、僕はできませんよ」
「ほら、仕事が欲しいってセールスかけてきたとことかさあ」
「タダ働きしてくれる会社があっても、むしろこっちが後々損することになりますよ」
「これっきりにして付き合わなけば、損するとかないだろ」
「えっ」
こんなの、仕事があるよと誘い出してから脅迫して、何かを得たら相手を殺して埋めるのとどこが違うのだろう。予算がないなら社内で処理するのではダメなのか、だ。ダメなのだ。社内で処理したものは、会社印で納品される。もし何かあったとき、会社や部署が責任を負わなくてはならない。タダであっても外部の人の作業なら、クライアントに叱られたら「ごめんなさい」をしつつ外部のスタッフを矢面に立たせることができる。すごい、だろ。これが大人なのだ。

こういう商売を代理店はクライアントからしょっちゅう仕掛けられているので、営業はなんとも思っていないのだ。ほら広告がバッシングを浴びたり、イベントで事故が起こったとき企業は何と言うか。広告代理店が発案しました、という。広告代理店が現場を管理していました、という。これがわかりやすい例だし、見えないところでもっといろいろある。広告代理店は、こうした時まったく反論しない。次の仕事が欲しいからでもあるが、サンドバックになって代わりに叩かれるために存在するからだ。広告が出稿される先の媒体と広告主の間に、クッションとして挟まっている理由のひとつがこれだ。私は駆け出しのときから上場企業の仕事が多かったのだが、上品な企業もあればヤクザの要求となんら変わらない仕事の命じかたをする企業もあった。営業が夜な夜な制作部のビデオ編集機に陣取ってると思ったら、裏ビデオのダビングに精を出していて、これはクライアント様の広告部員様が命じた仕事だとか。もっと賢い営業になると、CMプロダクションに裏ビデオのオリジナルを手に入れせさていたけれど。まあこんなの序の口。裏ビデオを献上するなんてコンプライアンスにまつわる笑い話の部類で、些細な失点をネタに次の仕事をタダにしないと取引をやめると脅す一流企業が存在した。

「なぜこんなに請求してくるの。もう切っちゃえよ、そんな制作会社」
こういうセリフがすらっと吐けないと仕事ができる人とは認められないのがなんともはや。だから制作担当としては制作会社との板挟みになる。大先生擁する制作会社ばかりが優秀な制作会社ではない。景気がよかったあの時代でも、大半の制作会社は零細規模で、もちろんキャッシュフローはショットグラスサイズで、手形での支払いなんてことになったら綱渡りである。営業担当なんかより、制作会社ことに優秀な人々の方が大切だから喧嘩をすることになる。そして、なんとか上手い着地点がないか制作会社と協議する。上手い着地点、それは請求額を現金で締め日に払う、これだけなのだが営業が首を縦に振らない。

後に私はそれなりに知られた制作会社に移って、ここにとんでもない仕事が舞い込んできて、業界のドロドロを改めて鳥瞰して反吐を吐きそうになった。クライアントは不祥事によって創業家が退陣させられたF家である。F家の広告部を私物化していた社員と、この社員と懇ろになっていた制作会社の仕事が、あたりまえだけど機能しなくなったことで、正常な神経を待った大手代理店が間に入って私が在籍していた制作会社に仕事が振られたのだ。仕事を切られまいと懇ろ制作会社と私物化社員がうごめいて、登場人物すべてがこちらの広告制作やCI制作に関与することになった。船頭は多いし、船頭の多くが広告の私物化に舵を切っているのだから面倒極まりない仕事だった。社員も社員なら社長も社長で、ある案件で社長のインタビューを取ることになったのだが現場で急にレコーダーを使うなと命令された。録音しなかったら、発言を正確に記録できない。社長はその場の思いつきで喋って、ゲラが上がってから気に入らない点を「私は悪くない。こんなこと言ってない。ばかやろう」と私たちを責めるつもりだったに違いない。訂正したければ、ここはこう変えてくれと言えばよいだけ。外部に出た発言が問題を起こしたら、弁明すればよいだけ。もしかしたら、懇ろ制作会社と私物化社員の変な入れ知恵があったのかもしれない。そもそも社内はロボット以下のイエスマンか、仕事を私物化して懐に制作費を入れる輩しかいなかった。いまどきこんなのが知られたら、スキャンダルでは終わらない一大事だけどね(だから一大事になって会社は傾くは創業家が追い出されるはになったけど)。後から私と会社に責任を押し付けられるのが嫌だったので、私は驚異的な記憶力をフル動員するとともに、こんな時の為に用意済みの二台目のICレコーダーを隠したまま使用して、何から何まで言ったままを文字起こしして提出。ここから納品原稿をつくった。

これが2007年のF家不祥事の前だ。2000年代ですら、こんなことがあったのだ。クライアント企業の誰かと代理店、あるいは制作会社との懇ろな関係、もしくはそれぞれがそれぞれでやりたい放題だった。映像系の制作会社では、ナニナニの仕事でベンツを買った、マンションを買ったなんて珍しくもなかった。もちろんよい仕事が評価されて給料が上がったからベンツやマンションが買えたのではない。代理店の人にも、クラアント企業の広告部の人にも、似た話はいっぱいあった。これら買ったもののスケールが小さくなり、表向きこんなことがなくなったように見える時代になったのは、国税が広告制作業の実態を詳しく調査してからである。国税が激怒する前はどんぶり勘定もいいところだったし、ロケを邪魔されないように暴力団関係者に金を握らせるのも常態化していた。国税の査察が相次いで入った後、おおっぴらにはベンツやマンションを手に入れた話は聞かなくなったが、それでも小銭をポケットに入れていた人が先ほどの例のようにまだまだいた。こうした人々から、現場で働く監督やキャメラ、照明、美術といった面々がどう見えていたかあまり想像したくない。映像制作会社に限らず、広告周りの業界はこんな話がゴロゴロしていて、ホイチョイプロが漫画に描いていたのは公にしても笑い飛ばせる話だけである。つまりホイチョイプロそのものが業界内で生き残ろうとしていた人々にすぎない。その名も轟く一流広告主の大忘年会で、広告代理店に向けて「いかに恥ずかしい裸踊りができるか」とテーマが出されるとか、こういったテーマは表向き代理店間で発案された体裁をとっていとか、こうしたことをやりきれない者はそもそも営業職不適格だったのだ。まったくもって実際の広告代理店は高学歴の人が競って応募する職種なんかではなかったのに、そういうことにしておきたかったのだ。なぜ、こんなことが昔から広告代理店に求められていたかは後述する。いずれにしろ、制作費を懐に入れるとか、広告を私物化するとか、こうしたことを前提に仕事をするとか、脅したり、強要したり、まともではないことが平然と進行していた。流石にコンプライアンスが厳しくなったし、私はこんな世界に未練がまったくないから書き残しておくのだが、広告の仕事はギャラもいい公開規模も大きいとあって夢を見る人が多いが、表現者がどっぷり浸かってよい世界ではないと思っている。たぶん未だに。

若干自浄が進んだ広告業界であるが、現在のネット広告が戦後の焼け跡時代なみで愕然とさせられる(戦後すぐなんて、生まれるずっと前だけど)。いらいらする位置に、いらいらする広告があって、「×」ボタンで消そうとしてもタップしにくくて、嘘デタラメ大げさな訴求で、しかも詐欺商売が横行している。クリエイティブ面では誰かのイラストをパクって使ったり、発注先のイラストレターにギャラが支払われていないとか。ダメでしょ、これは。私の時代の広告代理店もクズだったけれど、現在のネット広告の野良代理店は業界団体の縛りからも野良で、ゲスい仕事で儲けた者勝ちの世界だ。内情はとんと知らないけど、嘘と脅迫で成り立つ仕事そのものなのだろう。
「東芝さんがジフ広告ってどうやってつくるの? って言ってるのだけど」
「なら、GIF広告作りましょうか」
と洗濯乾燥機の広告をMacintosh Quadraか何かでつくって納品したのが懐かしくも微笑ましく思える。

これだけネット広告の数が増えれば、自ずと制作側への発注も多くなるし、アイデアの盗用やパクり問題も増える。しかも野良代理店には、法令遵守なんてさらさら考えていないものがある。野良は蔑称かも知れないが、あまりにひどい広告を目にするにつけ、ひどい広告代理店があるのだろうと考えざるを得ない。この話題を深める前に、広告代理店とは何かから説明したいと思う。

広告代理店は媒体を売る会社だ。媒体とは、新聞・雑誌の枠、放送の枠、屋外広告の看板などだ。これらは有限のスペースだから値段がつく。無限に広告枠があったら、大金を払ってまで買いとは思わないだろ。土地と同じだ。もともとは枠を持っている媒体社、例えば新聞社や雑誌社が営業をかけたり、広告を出したい人が直接広告枠を買っていた。ところがこれでは効率が悪いので、土地で言えば不動産屋にあたる広告代理店が誕生する。中間業者が介在してクッションになることで、枠の在庫と需要双方の調整を容易にできる。広告がバッシングされたときの緩衝材として広告代理店が機能する件は前述の通りだが、これは媒体取引のクッションとして代理店が誕生した後に求められた機能だ。自分たちが生み出したものを売る訳ではない代理業、ブローカー業は往々にしてヤクザっぽいもので、世界中の広告代理店がどんなに美辞麗句で成り立ちを企業紹介に書いていても、まあそういうことだ。俺が仲立ちしてやる、と他人の資産を預かるのである。というか、昔々の広告は押し売りが横行していて「広告を出せ。出さないとデマ書いてやる」的なものが結構あったのだ。新聞や雑誌そのものが、そういう商売と隣り合わせだったのだ。だから、俺が仲立ちしてやるという同類が登場するし、媒体社側が清潔感出すために別の誰かに広告を仲介させたという面もある。現代のメディアも、広告主であれば攻撃しないと思われているし、実際にそうだからやんなっちゃうけどね。屋外広告は市街地に物理的に存在する物件を扱うので、ヤクザの縄張りとなんら変わらない。これは嫌味ではないし、あくまでも媒体と媒体を維持し続けることを喩えている。広告代理店がグラフィックやCMを制作するのは、土地だけ売るのではなく注文住宅まで込み込みで売るようなものだ。制作部門があれば、クライアント企業内にその道のスペシャリストを置く必要がなくなる。いま社内に制作部門があったり、制作子会社を持っているのは古い企業に多く、これで物事がスムースになるケースもあれば何かと負担になっているケースも多い。かつては広告代理店機能を持った子会社を擁する企業もあったし、現在もあるが、企業自らが媒体となるものを発行したり放送していないところは、かつての子会社を完全に切り離している。

売り物の広告枠は、誰が売っても品質に差がない。値引きして売ろうとしても、これは媒体社が許さない。価格設定を低くすれば、即媒体価値が下がって高値で売ることができなくなるからだ。媒体社側の値引きがあるとすれば、内部のごにょごにょか、枠AとBをセットにしたお買い得セットメニューくらいだ。だから安く売るには、広告代理店がマージンを減らすほかない。現代の広告代理店は、枠を売るにも、制作物を売るにも、クライアントが合理的に納得して買えるようにマーケティング機能を持っている。これはどこから買っても同じ媒体に、独自の付加価値をつけるためだ。これ以前に、気の利いた制作物をつくることそのものが、どこから買っても同じ媒体に、独自の付加価値をつけるためである。イラストや写真などをつくる人は、この部分をちゃんと把握しておいたほうがいい。消費者意識の調査などどうでもよかった時代は、思いつきと勘で媒体や制作物を売っていた。でも、思いつきと勘にぽんっと大金を払ってくれる会社はなくなったのである。なので、女の子が水着で清涼飲料水を飲むだけのCMであっても、膨大なデータを添付して大げさなプレゼンが行われるようになった。調査専門の会社のデータと分析と、広告代理店のマーケティングセクションあるいは総研のそれと、なにが違うのかと言えば広告代理店の調査や分析は媒体を売るためのもので、調査会社のデータと分析は文字通り消費者の意向と動向を明らかにしたもので、これはとても大きな違いだ。そんなことはないと言いたいだろうけど、調査専門の会社や社内に調査分析機能を持ったクライアントが出した結論が、代理店側の分析とズレが生じるの大抵こうした理由によるものだ。総研なんて、所詮そんなものでしょ。

不動産を買う場合を思い出してもらいたい。A不動産屋とB不動産屋が同じ物件を扱っているなら、買い手は条件がよい方を選んで土地を買うだろう。ところが広告にウブな会社は、営業を仕掛けてきた広告代理店か目についた代理店にいきなり広告を発注する。これは初めて降りた駅で不動産屋を探して、最初に見についた不動産屋に飛び込んで土地を買うようなものだ。なぜ電通と博報堂が二大巨頭とされるのかといえば、不動産でいうところの日当たり良好環境優良の一等地から、二等地、三等地まで抜群の品揃えをしているからだ。新聞の全段広告を同じ日に朝毎読と日経に出したいとか、テレビのプライムタイムに全局でキャンペーンCMを一週間流したいと請われて、こんな感じでいかがでしょうとサッと媒体計画と見積もりを出せるのだ。もちろん、足りない媒体は他の広告代理店から買うこともあるけれど。媒体社は自社の枠をたくさん売ってくれて、急に空きができたときもどこかからかお客さんを連れてきて枠を埋めてくれるこの2社に便宜を図ることになる。こうして、ますます電通や博報堂と媒体社との関係は強くなる。しばしば陰謀論で電通・博報堂が世界を支配しようとしていると騒ぐ人がいるけれど、この2社に限らず広告代理店は広告枠のブローカーであって、相手が赤だろうが青だろうが白でも黒でもお金を払ってくれる人の味方でしかない。2社がよそと違うのは、媒体の扱い規模が格段に大きい点で、枠を買いたい企業によい条件を提示できるところにある。広告代理店のマージン率はどこも同じなので、駅前不動産屋的広告代理店でも三井のリハウス的な大手の広告代理店でも広告を出稿するのに必要な経費に大差ない。だったら、条件がよい方を選ぶのが普通だし、欲しい枠をさっと用意できて場合によったら直売だから安いとかで、ますます電博にお客が集まるのだ。三井のリハウスは敷居が高いので、駅前不動産で仲介してもらおうなんて人はいないだろう。二番手以下の代理店は、特定の雑誌社と関係が深く特定の雑誌の広告枠に強いとか生き残っているだけの理由はあるが、やはり品揃えに限界がある。縄張りの広さ、イコール代理店の強さだ。だから特に資格が必要でもないのに、新規の広告代理店として参入する者がいなかったのだ。外資の広告代理店は別として。

ウブな段階から少し広告にスレてきたクライアントは、深く考えないまま二言目にプレゼン競合と言い出すようになる。これまた不動産で言えば、三井のリハウスと住友不動産と東急リバブルに競わせて、よりよい条件を出させようと思うのだろうし、1社にあぐらをかかれるとロクなことがないから危機感を持たせようとする意図もあるだろうとなる。これはこれで、よりよい媒体計画や表現を得るためで悪いことではないが、コンペに参加しても負けたらギャラなしと条件をつける例が多々ある。不動産なら、家屋の詳細な設計図を書いて、模型までつくらされたけど、仕事が欲しくてつくったのだから金は払わないと言われるようなものだ。負けたチームのアイデアだけいただいて勝ったチームに与える例もある。前者は、建築設計業界にもある悪習で、設計から模型づくりまで膨大な費用がかかるのを知っていながら、気に入らないから金を払わないという態度だ。昨今こうした悪習が問題視されるようになったが、未だに広告のコンペに負けるとカンプなどの制作費が支払われない例がある。体力がある広告代理店はコンペ料なしのプレゼン競合であっても、勝とうが負けようがアイデアを練った制作会社や個人にちゃんと制作費が支払われる(たいていは。そうだと信じたい)。これで何も支払われないとなると一流どころのアートディレクターなどは、もう参加しないよとなる。広告代理店に費用は発生しないと言われて参加を請われたら、足元を見られているし、能力を求められているのではなく使い捨て要員認定されていると思った方がよい。これもある種の脅迫だろうな。しかもアイデアのパクリや流用があったら、殺してしまいたいほど悔しいだろう。コンペに負けてアイデアだけパクられる例は、パクられた側の広告代理店がその後のクライアントとの付き合いを考え、制作者の側に立って抗議したり裁判したりはなかなか実現できないのが現実だ。これが商習慣にもなっていて、元はと言えば広告代理店が許してきたものだが、改善した実績を知っているけれど、広告代理店たるものコンペやり得を完全に一掃しなければならないのではないか。このような感じで、ずいぶんな商習慣が広告業界には残っている。

そこで、ネット広告を専門に扱う広告代理店だ。ネット専門と既存の広告代理店との間に大きな違いはない。広告を出したい人や企業があって、媒体に広告枠を設けたい人や企業がある。広告枠のブローカーがいないなら、広告を出したい人はどのサイトが広告を掲載して対価を得たいかサイトを一つずつ当たらなければならない。既存媒体では媒体社の数が限られていたが、ネット広告を受け入れる可能性があるサイトは無尽蔵に存在している。だから広告代理店が独自に媒体を開拓するだけでなく、申し込みを受け付けて登録しておいて配信するシステムを構築すれば、広告を出したい企業にもサイトにもメリットがある。ネット専門と既存の代理店の違いは、2点ある。ネット広告には出来高性が採用されていて閲覧者数だけでなく、実際にクリックやタップしてリンク先に到達した数が掛け合わされて広告掲載者に媒体料が支払われる。閲覧数は関係なく、リンク先への到達数だけで媒体料が決まるものが個人や小規模向けでは多い。次の1点は、媒体価値だ。何かと話題になるネット広告だが、どれだけポータルサイトが繁盛していても、既存媒体と比較してかなり安価な値段で広告枠が売買されている。媒体価値が低く見積もられていて、広告効果が低いとされているので安価なのだ。衰退著しい既存媒体であってもネット広告より広告効果があるとされているのだ。しかも大手ポータルサイトを除けば、何かを検索して引っかかたときだけ閲覧されるのものが大多数で、そもそもマス媒体と言えるのか怪しい。特定の趣味や志向性に向けたサイトはターゲットを絞り込むのに好都合だが、ならばこの手の大手サイトだけ押さえればよいことになる。雑誌のカラー1P広告や表まわり(裏表紙と、その裏面)、新聞の全段・半段・5段以上の枠と比較して、サイトに用意されているスペースはとても小さく惹句とロゴを掲載する程度で精一杯だ。ここに輪をかけて、増やそうと思えばかなりの数まで広告枠をつくれるネット広告は、枠の希少性が低くなって単位広告枠あたりの価格を高くしようがない。こうした点によって、ネット広告専門の広告代理店は既存の広告代理店よりも儲からないのだ。また大手企業は、既存の広告代理店に製品やサービスの広告管理を任せているので、ネット広告への出稿はこうした代理店に発注する。大企業が大金をかけるキャンペーンは、ネット専門の広告代理店に回ってこないのである。

既存の大手代理店は、当初からネット広告に懐疑的だった。面倒の数と量は変わらないのに儲けが薄かったからだ。このため野良の広告代理店がポータルサイト以外やアンダーグラウンドなサイトで媒体数と取引実績を増やしていった。とはいえネット広告が興隆したのは、ご存知の通りここ10年いや数年のできごとだ。なんらかの事情で大手広告代理店を使えないか使う気がないクライアントから出稿を依頼されるようになって、現状のようになっている。既存媒体では宣伝できないナニか訳ありの需要がかなり存在していたのだ。だから初期のネット広告はエロ方面のもので占められていたし、どう見ても犯罪だろうというものもあった。いまもあるけどね。従来の広告代理店は、新規の広告主に対して与信を厳重に行なっていたし、誇大広告や詐欺と知った上での取引は業界団体もあるし監督官庁もあるしで手を染めなかった。また、広告にまつわる規制やガイドラインが存在した。此の期に及んでも、大多数の野良代理店は終戦後の広告代理店そのもののやったもの勝ち主義であるし、パクリもギャラを払わぬままのほっかむりの話も多い。ネット広告に限らず、下品な広告を施したトラックで大音量を轟かしながら走らアレとかも同族である。アレはバスを貸し出す業態だった会社が請け負ったもので、現在は大々的に広告代理業を打ち出しているけれど、東京都の屋外広告条例の抜け道を突いてアレでよいと思っているなら倫理観に期待はできないだろう。なぜこうなるのか。大手広告代理店が扱いかねる需要を受け入れているからだし、自分でつくったものを売る商売ではないブローカー気質というか、何かあったら責任をクライアントや媒体側に転嫁する気満々な成り立ちがそうさせるのではないか。例のごとく、クライアントのサンドバックというか藁人形になって舌をあっかんべーっと出すとか。ま、広告代理店の因果は巡るといったところ。目の前のギャラに飛びつく前に、相手を考えなければならないし、もし不法なことをされたら初手から弁護士に一任した方がよいとしか言えない。

もう一度書くが、仲介業はものをつくって売る商売ではない。体よく「アイデアを生み出す」「機会を生み出す」業態とか言うけれど、実態がなく他人の褌を借りる前提で責任を負うつもりがない。消費者と直結したビジネスのように装っているけれど、直結しているのはあくまでもクライアント企業だ。だから野良だろうと大手だろうと、表現物をつくるうえでの覚悟がどうしても曖昧になりやすい。既存広告代理店のクリエイティブでございと胸を張って、我こそはクリエイティブの大本山みたいな自負があっても、彼らはイラストレターや音楽家や写真家などとはかなり異なる神経をしていると思ったほうがよい。どこまでも自己の責任のもと創作活動をしている人とはまったく違う職種の人だ。私の来歴からして広告代理店勤務がステップアップの第一段で、まったくそんな気がないまま業界のドアをノックしたのを考えると、現在代理店でクリエイティブ職にある人や、これを目指している人が悪気があってやっているのではないのはわかる。私を自己正当化しようとしているのではないよ。中の人は、気づかないまま現在に至っているのだと思う。でも、他人の褌と仲介業の規模を背景にして表現欲を満たすのは、創作系の人と土台からして違っているので、営業職やマーケティング職ともなればもっと違っている。冒頭に書いた、タダで外部に仕事? をさせる話を思い出してもらいたい。裸踊りやらをさせられた営業マンを思い出してもらいたい。昔、広告代理業は賎業だった。賎業とされた理由は、既に書いた。この名残りがあるから、つい最近までクライアントは結構ロクでもない条件を代理店にふっかけていた。代理店がこれに甘んじたのも、制作スタッフにこれまたロクでもない条件をふっかけるのも、賎業時代を引きずっているからだ。賎業と見られるのを嫌って、インテリヤクザっぽくなったのが高度経済成長あたり。この滑稽さをバブル期に描いたのがホイチョイプロ。このインテリヤクザっぽさをかっこいいといまだに勘違いしている人が多いのだ。あるいは開き直っているというか。詐欺広告を良心の呵責もなく出稿するアレなど、まさにこれだ。

こんな話をしているのは、この手のクリエイターを名乗ってる人が未だに本稿のタイトル通りであったり創作畑の人を小馬鹿にしている話を小耳に挟んだからだ。なんだ大手の会社も、昔となんにも変わってないじゃん。昔から広告代理店の制作畑に入ったばかりのガキが(これは蔑称としてのガキね)、俺が仕事つくってやるよとかあんたたちのやり方はだめだとかいっぱしの口をきいて、威張るだけ威張って責任を負わないのは年中行事みたいなものだ。だがいい大人が根拠薄弱なまま仕事をちらつかせたり、脅迫的ビジネスをするのはどうしようもないクズであると自覚しなければならないだろう。大手どころ(実際は狭い知見の中での有名どころ)の、名刺にクリエイティブ的な肩書きがついている人に、コネとかアテとかに陳腐な幻想を抱いて頼ろうとする若い人がいるが、そんなご大層な人が仕事や就職ちらつかせて接近なんかしてくるはずがないのだ。正真正銘のご大層な人ならね。そしてコネとかアテで仕事をもらったり入社すると、紹介者の顔に泥が塗れなくなって進退いろいろ不自由になるし、常に気を遣う結果を招いて、他の派閥からはあいつの子飼いの手下扱いされるのが関の山だ。これって表現者がもっとも嫌うもののはずなのに。

ほんともう口ではヤクザは大嫌いと言いながら、未だにヤクザ同様の仕事ぶりの人が多いのだ。脅迫的だったり強要されたりの事案を告発するのも、エイヤッとばかり力んで踏ん張らないとならないのは、社会そのものが綺麗な脅迫で回っているからでもある。これは広告に限らない。脅迫で成り立つ世の中って嫌だよね

 

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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