AF-S 18-35mm G の話

作品をつくるうえでツァイスの15mmが、私にとって不可欠なものになっている。いつも絞りはF8、四六時中使っているので歪曲が目立ちやすいアングルが、ファインダーを覗かなくてもわかる手足や眼そのもののようなレンズだ。ありがとうツァイスの15mm。いっぽう、どのように写るかもちろん予測できるのだけれど、ちょっと不思議なのがニコンのAF-S 18-35mm Gだ。

AF-S 18-35mm Gはご存知の通りニコンの超広角ズーム兄弟の末弟である。とてもお安い価格で、とても軽く、とてもシャープだ。この三点がAF-S 18-35mm Gの特徴そのもので、気象条件が悪いとき、荷物を軽くしなければならないとき、自分の気分だけでなく周囲の反応をざわざわさせたくないときのため、私は所有しているし撮影に使っている。開放時の絞り値が焦点距離によって変動するタイプとはいえ、私は15mmのようにほぼF8に固定したまま使うので問題にはならない。18mmにしては歪曲が大きいが、ズームだからこれは仕方ない。

このようにかなり使い出があるAF-S 18-35mm Gではあるが、ツァイスの15mmとは明らかに性格が異なるレンズなので両者を同一テーマで混在させるのはつらい。どこが違うのか、この点こそがAF-S 18-35mm Gの不思議なところだ。焦点距離がかぶっているので同じ被写体を同じ意図で撮影することはないのだけれど、前述の要件の中でどちらを使うか選択するとき描写傾向の違いを考慮しなければならない。では理路整然と違いを誰かに説明できるかとなると、これが「不思議」なだけあって印象でしか言語化できない。

AF-S 18-35mm Gは低価格帯の超広角ズームにしては解像するレンズだ。兄弟ズームのすぐ上の兄である16-35mm(使い込んでいないので断言できないのだが)と条件によっては互角またはもっと切れるレンズかもしれない。この解像感は、ひと昔では到底考えられないもので、十数年前だったらカミソリと呼ばれたかもしれない。ところが、ツァイスの15mmのそれとはまったく違う印象の描写である。解像している、まったりしている、が同居した印象だ。エッジは丸くてもディティールはちゃんと記録できる。これはモノクロにしたとき(私は)特に感じる。まるでフィルムで撮影したときのようなトーンだ。現代の高画素デジタルカメラは大判フィルムを優に超えた密度で画像が記録するので、ライカ判フィルムで撮影した画像より大判で撮影した雰囲気に圧倒的に近いものになる。

武蔵小杉駅裏

これは先日掲載した写真で、AF-S 18-35mm Gで撮影した。以前の武蔵小杉なら裏通りのさらに裏なのだが、再開発によって風通しがよくなりすぎて人の行き来が間近になっていて、さらに解体されたり造られたりの日々の変化が劇的なのでズームが適切であるし、別の要件があって出かけたときに撮影したものなので、このレンズを使っている。これらがなければ15mmを持ち出すところだ。予想した通り、エッジが丸い。現像する際にエッジを立てる調整を選択できるのだが、このレンズを使ったときCapture Oneの「構成 / Structure 」やアンシャープマスクを過度に使う気になれないレンズでもある。解像度が低い訳ではないので、処理が過激に効きすぎる。この点を整理した上で考察すれば、AF-S 18-35mm Gの不思議さを合理的に説明できるかもしれない。私はまだ結論に至っていないが、歪曲補正含めてDXOで現像するのが向いているように思いつつあり、DXOで画像をつくるような撮影に向いているのかもしれない。

ツァイスの15mmとAF-S 18-35mm Gは比べて何事か言うようなタイプのレンズではない。焦点距離からして違うし、単焦点とズームでもあるし。またまた印象を書くなら、15mmを装着してファインダーを覗くと画角相応に世界が広がって行くのを感じる。対してAF-S 18-35mm Gは、ファインダー倍率が低くなったように思われ、そうだなあ昔のコーワSWか? コーワUW190か? ライカ用超広角外付けファインダーか? といった感じだ。焦点距離の違いは関係なく、このような印象を受けるのだ。レンズの明るさの違いを差し引いても、より広い画角の15mmのほうがフォーカスを決めるのが楽でもある。したがって、AF-S 18-35mm Gでは(そもそもAFがだいきらない私でも)オートフォーカスに頼るケースが多い。こうした体感や印象は個々人ごと違うだろうし、何を撮影対象にするかも違うのがあたりまえだ。だから私の感想なんて、他の人からしたらどうでもよいものだろうがとりあえず記事にした。ひとつ言えるのは、レンズはカタログ値だけでは何もわからないという事実だ。

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K
写真家・作家 / Photographer Author
・北海道北見市生まれ。
・大学卒業時までに詩集「無題あるいはサラバ」、同「Cadenza」発表(共に絶版、在庫なし。「Cafebza」別装丁私家版のみあり)。
・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
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