廃墟との付き合いかたと写真

Fumihiro Kato.  © 2018 –

あちらこちら移動しているので、あちらこちら人が見放した感のある建築と巡り合わせる。ロケハン以前の下調べをしていても、過去にこのようにして見た建築が一部界隈で有名な廃墟であるのを知ったりする。またこうした情報でX邸とかナニナニの病院とか隠語でやりとりされている廃墟より、忘れ去られた美をたたえた物件と出会うことがあり、多くの人は紹介されているから出かけて写真などを撮っていて、審美眼を持った発掘者は実に少ないのだと気づく。あたりまえではあるが。審美眼と書いたが、すべての発見報告者を褒めているのではない。紹介されているから出かけると書いたことに、悪意または他意はない。

こうして実地にも情報だけでも知り得た廃墟について、私はことさら声高に公表しないし、誰かが見つけた廃墟へ目的を持って出かけることもない。こうしたものは偶然出会って「あー」と感じるのが本筋というか誰にとっても害のない接し方と考えているからだ(ちなみに上の写真は廃墟の定義によっては非廃墟かもしれないが、いつも通過する某所の雰囲気が突如変わったので撮影した。居抜き物件的なナニカだ)。誰かが発見したものを、地図やカーナビを鵜の目鷹の目で探りながら出かけて、人様が撮影した情報をなぞるように写真に納めて発表するといった行動はちょっと遠ざけたいし、観光地ではないと言いつつ観光地に赴くのと何ら変わらないではないかと思う。経験的に廃墟の見どころはいくつもある訳でなく、フォトジェニックな角度は限られているし、誰かのようにこの場所へ行ったと報告する際はどうしたって誰かの写真で見慣れた角度やアイテムを撮影することになる。いずれにしろ現状は持ち主が絶えていたとしても、過去に持ち主がいて、この廃墟に深い関わりがあった人にとっても廃墟化した建築や荒廃した内部を見世物にされるのは辛いだろう。まったくこのような感情と無縁の廃墟があったとしても、いろいろ探っていろいろ物色しているうちに複雑な背景を持つ物件と出くわしているはずなのだ。100の廃墟のうち、50以上の廃墟に関係者にとって複雑ななにがしかを抱えた物件があるのならやらないに越したことはない。

ただ、何もするなと私が言える立場にないし、私も出くわしたものに風情があれば撮影する。だから褒められたものなんかではないのだ。インターネット黎明期から廃墟情報はあって、むしろ黎明期のスペシャルコンテンツでもあり、現在伝説となっている廃墟や有名な廃墟はこうした時代から紹介されていたものが多い。つまり誰かに伝えたくなるものなのだ。また、人々が見たい聞きたいものとも言える。廃墟から人間の営みの生々しさとか物の哀れが濃厚に立ち上っている。ある種のポルノとも言える。では興味深いゆえに映画バグダッド・カフェに出てきそうな砂漠の中の廃屋チックな建物を海外で撮影するのと、国内で同じようなものを撮影するのとどこが違うかといえば、どこにも違いはない。だから廃墟探訪の人の気持ちが痛いくらい分かりつつ、こうしたものはそっとやるものではないかと冒頭の話に戻るのである。廃墟に人が集まって近隣住民が苦い顔をするとか、放火されるとか、ヤンキーが落書きするとかと別の部分で、そっとやるべきだろうと思うのだ。そして、いまどきはネット上でそっとやるのは不可能に近い。

私は九十九里、鹿島灘方面に少なくとも1年にいっぺんどころか数回赴いて作品をつくっている。関東圏の人以外には伝わらないかもしれないが、この辺りの風光の荒い(人情が荒いという意味ではない)ところに経済の在り方が影響して、放置された廃業店舗が鉱石のようにそこかしこに美しく眠っている。民家にも捨て去られたように佇むものがある。車が停められない環境や道路事情なら「よいものを見た」と心の中で手を合わせるし、何となく複雑な事情を空気で察したときも通り過ぎると同時に記憶に刻むだけ。これら問題を感じなかったらしげしげと撮影する。これら問題がなかったらとは勝手な解釈に過ぎないし、どうしようもないことをしていて責任の取りようがないのは承知している。ただ間違っても明らかに禁じられた部分、あるいは屋内に足を踏み入れようとは思わない。刑法、民法がどうとかの範疇で思うのでなく、分別の加減が曖昧な近所の小学生が探検ごっこをするのと、大人が他人の歴史をほじくり返すのは別ものと考えるからだ。廃屋然としていない極々普通のお宅でも、いろいろ狂った内側があるもので、侵入してこうした狂気を暴くことがどういう意味を持っているか大人ならわかるはずだ。人間に見捨てられた建物であっても、生々しく息の臭いまで分かりそうなものを暴き立てるのは似たようなものだ。歴史的遺構と違うのは、生々しいくらいに誰かの恥部や大問題が残されていて、近隣の人にとっては誰の持ち物であったかわかるもので、これらが歴史に昇華され無毒化されていないところにある。繰り返すけれど廃屋とはいえ、過去に特定の個人が生活し、現在も登記上はその人の持ち物だったりする。

ここまで同じところをぐるぐる巡っているだけのところに、私の迷いまたは踏ん切れない甘えがある。ま、景観を撮っていると割り切れない気持ちを見透かされそうだからこうなるのだ。ようするに、火事場見物とか覗き見とかと同類のものを見透かされそうになってドギマギしている。

 

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Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K
写真家・作家 / Photographer Author
・北海道北見市生まれ。
・大学卒業時までに詩集「無題あるいはサラバ」、同「Cadenza」発表(共に絶版、在庫なし。「Cafebza」別装丁私家版のみあり)。
・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
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