high-resolutionに思い考える(タンバールなど)

現代に至ってハイレゾリューションな記録物が登場した訳ではなく、いつの時代であって技術革新によって時代ごとのハイレゾが誕生した。絵画に対してハイレゾリューションな写真の登場があり、感光材料の進歩、レンズの進歩などいくつもの転換点があった。ある段階から、大きく引き伸ばさないなら極小フォーマットのライカ判と大判の差が見た目上かなりのところまで縮まった。1935年に登場したライカのタンバールM f2.2/90mmは、(ほんとうのところどうだったかわからないが)ハイレゾ化が進んだライカ判への違和感や扱いへの戸惑いが求める人の背景にあったのではないかと私は感じている。この気持ちは写真を撮影し始めてからずっとソフトフォーカス表現が大嫌いな私の感想だが、収差が多いレンズの周辺部だけ使うために中央部をマスクするフィルターを用い、しかもマスクの裏面が反射素材になっていてハロを大量発生させるタンバールの痛々しいまでの退化のシミュレーションは異常なものだと思わざるを得ないのだ。レンズ保護フィルターの中央に丸く切り抜いたアルミテープを貼れば、誰だって同じようなものをつくれるし実際に私はつくって試したことがある。

1912年ヴェスト・ポケット・コダックが発売された。このカメラは極々あたりまえなものとしてつくられているが、レンズ周辺部を使えないように制限しているフードを取り外してソフトフォーカス専用カメラにするのが当時流行した。いわゆる絵画調写真の時代であり、「絵画調」と言うだけあって写真の退行現象である。私が現在撮影している写真もある意味絵画調なのだろうし、ハイコレハ写真といった写りが嫌いなのだが、何をもって絵画調とするかの意味と方向がベスタンフード外しとは違う。私はハイレゾリューションを求めているし、ベスタンフード外しは写りが曖昧で絵画との境界もまた曖昧だった時代の写真に戻ろうとしている。

1912年の元号は大正で、タンバールが登場した1935年は昭和10年だ。この間もレンズと感光材料の進化があり、痛々しいまでに退行しようとするタンバールの仕組みをもってしてもベスタンフード外しの撮影よりしっかりした像が写る。しかもヴェスト・ポケット・コダックはブローニーフィルムを使い、タンバールはライカのレンズであることからもわかるように135フィルムのライカ判だ。ちなみに木村伊兵衛氏が肖像写真は大判で撮影するという国内の常識を打ち破りライカで著名人を撮影してセンセーションを起こしたのが1933年で、このときヘクトール73mm F1.9を使用している。ヘクトール73mm F1.9は現代の基準からしても明るいレンズであり、ポートレイトを目的にしたハイスピードレンズとして開発された。しばしばタンバールと同じように語られるけれど、タンバールは文字通りソフトフォーカスで、ヘクトールは光がにじむことで柔らかな印象の写りになるレンズだ。木村氏の『ライカによる文芸家肖像写真』を見ればわかるように、もやもやしているのではなく描写が柔らかいのだ。この柔らかさがどこまで意図的なものか、ハイスピードレンズとして当時かなり先進的だった73mm F1.9を実現するため甘くなったのかよくわからないが、世界的にポートレイト用の銘レンズとされているのだから人々がキリキリっと引き締まった描写を求めていなかったことがわかる。

「肖像写真は大判で撮影するという国内の常識」と書いたけれど、海外でもここ一番の肖像写真は大きなフォーマットでカメラは三脚に据えてかっちりと撮影するものであった。とはいえ、ライカ判が写り過ぎる時代になっていたからヘクトールが持て囃されたのだろう。この感覚は、現代の高画素高解像のカメラの描写力に驚嘆する以上のものだったかもしれない。

現代の高画素高解像のカメラは5000万画素級になると、それ以下でさえフィルムを使った写真以上に高精細で、かなり次元が違う描写をするようになる。すこし前にD850について触れたけれど、D810とまったく違う写りかたをする。さまざまな進化によって画素数だけの違いにとどまらないものがあるとしても、明らかに5000万画素級になったことでハイレゾリューション度が二つ三つ上のランクにあがっている。D800E、D810と使用してきて現在も使用しながら、かつての大判と同じ土俵、または横綱相撲を繰り広げるカメラであると思うが、D850は大判では体験したことのない世界を目の当たりにする(あくまでも私の個人的な感覚だが)。アンシャープマスク処理の必要性をまったく感じないし、肉眼では感じ取れないディティールが記録できる。もしかすると、過去の人がライカ判フォーマットの進化に感じたものはこういった驚きや、驚きから生じる戸惑いだったのかもしれない。

「シワどころか、肌のキメまで全部写っちゃうよ」。現代からしたら圧倒的低解像の写真でも、ぼんやり見える質感に人々は頭を抱えたのだろう。もう一度D850に話を戻せば、このカメラもうっかりしているといろいろ見えすぎるくらいに見える画像を記録する。これがハイレゾリューションというものだが、考えてみれば人間の視覚にとっては20世紀中頃のレンズやフィルムの性能でさえハイレゾだったのであり正常な進化の結果なのだ。もちろん人間の視覚はカメラが実現するものより柔軟かつ高度なものだが、柔軟かつ高度なのは脳による画像処理が高次元だからで、脳が適当に処理したり幻想を抱いて物体を見ているなら、タンバールやヘクトールを使った写真より曖昧な像しか認識できない。好きな人をチラ見するときの現実歪曲光線で捏造された像はハイレゾどころか、タンバールやヘクトール調のナニカなのである。で、どっちがよいかは人それぞれ。私の場合は、現実歪曲光線に洗脳されていても像そのものはキリっとしていて陰影を中心に歪曲されたいと願っているだけだ。

ハイレゾリューションは数値で表せるし見た目でもわかる。しかし、人間が恣意的に見ているものや、見たいものがハイレゾリューション画像と一致するとはまったく限らない。またこうした人間の感覚や欲望は、カメラが存在する以上時代ごとの写真技術の進歩によってどんどん変質する。冒頭に書いたタンバールやヴェスト・ポケット・コダックの時代の人がタイムマシンで現代に誘拐されてきたなら、デジタルカメラで撮影されたソフトフォーカス的な表現はグロテスクなまでに写り過ぎていると感じるはずだ。これを逆に言えば、現代人にとってタンバールやヘクトールが適度なソフト描写であるとは限らないともなる。前述のように人それぞれ「見たいものは違う」から、これらこそ最高な人がいても不思議でもなんでもないし、だから時代遅れの表現でもなんでもないのだが、世の趨勢は別のところにあるのだろう。こうした時代の視覚というか感覚によって、昨今はかなり硬い光を使ってかなり精細に人物を撮影するのが流行りというか普通になっている。いつまで続くかわからないとしても、すくなくとも現在はこうだ。

これからどうなるか。はっきりしているのは、写真は更なるハイレゾリューション化に向かって進み続ける点だ。ハイレゾリューション化は解像感だけでなく質感描写にも寄与するので、いま以上にヌメっとした立体感が実現されるだろう。そして行き着くところなどなく、いつまでもハイレゾ化は進み、等倍近くまで画像を拡大すると顕微鏡的な視覚まで得られるものになる。ここまでになると、レンズは現在のレンズではなくなるが、現在のレンズに大きなブレークスルーが登場したとき実現される。これが必要か否かを、現時点の誰であっても断定なんかできない。もう一度だけ書いておしまいにするけれど、タンバールやヘクトールの時代の人に言わせれば高画素デジタルカメラの画像なんて必要ないものだったはずだから。

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K
写真家・作家 / Photographer Author
・北海道北見市生まれ。
・大学卒業時までに詩集「無題あるいはサラバ」、同「Cadenza」発表(共に絶版、在庫なし。「Cafebza」別装丁私家版のみあり)。
・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
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