照度比を見て輝度比に置き換えて描画する

1.なぜ写真は難しいのか
写真にとって大切なのは光の総量ではなく照度比である、と言い続けてきた。また、画角内の照度比の散らばりかたを見なくてはならない、とも書いてきた。写真を撮影したり、画像として誰かに見せるのは「なにかを伝える」ためだ。風景を見たときの感動や静物の正しい形状など伝えたいものは様々だろう。撮影する人の心にある伝えたい気持ちを、心を込めて撮影しても画像には注入できない。画像の見た目だけが、目的や願望と一致していなくてはならないのだ。画像の見た目には色、物体の状態や形状、遠近感、ディティール等々の要素があるけれど、突き詰めて行けば明暗の対比の散らばり方にまで単純化される。例えば新聞や週刊誌のモノクロ写真は網分解が荒く紙質も粗悪だが、最低限の意味や意図が伝わる。構図が適切かどうかもわかる。撮影の目的や願望が適切に処理されているか、(複雑な要素に惑わされずに)画像中の照度比・輝度比の散らばり方に単純化された状態でチェックするのがよいだろう。

風景で例示してみる。

目の前に風景が広がっているとする。肉眼で見る風景には様々な情報が含まれている。風景を照度や輝度の明暗だけに置き換えるには、脳内でモノクロ画像に置き換えるか、試し撮りをしてモノクロ化するのがよいだろう。フィルム撮影の時代に、露光チェックをモノクロのインスタントフィルム(ポラロイドなど)で行う場合があったのは試し撮り1枚あたりのコストを抑えるためだけでなく、モノクロ画像で見たほうが照度や輝度の状態が観察しやすかったからだ。

例示した図の三枚目の画像は、明暗を大きな塊[明・中・暗]に単純化したものだ。極論するなら、フルカラーで見せかるかモノクロ化するか問わず(RAW現像時にいろいろ工夫を凝らしたとしても)画像を見せられた人の第一印象はこの程度の把握にとどまると想定するくらいでよいと思う。

冒頭で新聞や週刊誌のモノクロ写真の網分解の話をしたが、先ほどの、明暗を大きな塊[明・中・暗]に単純化した画像をとても荒い網分解調にしたものをここに示す。

無残な姿になったが、これが画像の「本質」だ。色、物体の状態や形状、遠近感、ディティールに頼り切ったり、願望などの思い込みをしていると解らなくなるが、本質はこの程度のものだ。もちろん被写体の意味性や希少性、色などが加わることで印象はまったく異なるものになるとしても、このくらい割り切って考えておくほうが写真を客観視できる。いくら超絶技巧の演奏をしても曲そのものがよくなる訳ではなく、100円ショップで売っているモノラルイヤホンで聴いてもわかるメロディーなど基本要素が煎じ詰めたところの曲の要素なのと同じだ。例示した写真の本質は、「明・中・暗の輝度の層が上から下に配列された風景」と言える。写真家の知名度の影響、思い入れ、期待といったものがまったくない人が背景説明がないまま写真を見せられたら、このように感じ取っていると思ったほうがよい。こうして考えると、何よりも被写体の希少性が圧倒的な訴求力に結びつくとも言える。きれいな人が写っているだけで他は大したことがなくても人は振り向いてくれるのだ。

これが写真の難しさの正体だ。往々にして撮影者は、自分が撮影するに至った理由が画像に変換できていると誤解している。高価な機材を持っている、高価な機材を使った、複雑な手法を凝らした、撮影時に感動があった、撮影するまでが大変だった、などなどの気持ちが画像を客観視できなくしているのだ。写真なんてものは、[明・中・暗]の散らばりにすぎない。光量と光量比と反射率によってつくられる、照度比・輝度比で表現するほかないのが写真だ。腕や発想力より被写体の希少性でちやほやされるのは本望ではないので、なんとかしようとするのだ。

2.どこまで照度・輝度の散らばりを変えられるか
画角内の照度のばらつきを把握して、面白いか面白くないか把握・検討するのが撮影の第一歩めだ。これには(自然光か人工光源か問わず)光源と構図の関係を最適化する必要があるし、何らかの手段で部分ごと照度の配分を変えられるか検討することになる。ここで忘れてはならないのは、光の総量はどうでもよく照度比で考えなくてはならないことだ。

絞り値やシャッター速度を変えてもフィルムやセンサーに届く光の総量が変わるだけで、画角内に散らばっている照度・輝度の比率を変えられない。絶対的照度比、輝度比を変えるにはラティングを操作する他ない。相対的に輝度比を変えるには応答特性を変える。モノクロ化では色フィルター効果を使い、特定色域ごと明暗を可変させることができる。照度比・輝度比は1EVあれば十分に差が知覚できるし、1EVの差をおろそかにできないが、画像全体の照度比・輝度比を[明・中・暗]と大きく分類して効果を明確にしようとすると変化が小さい。差をどの程度の値にすると効果的かについては後述する。

ライティング(レフ起こしなどもとうぜん含む)では照明の出力次第でかなり幅広く照度を変えられる。応答特性をRAW現像時やフィルムからの紙焼き時の印画紙の号数で変える場合も、記録した画像と比較してかなり幅広く輝度を変えられる。色フィルター効果をモノクロ画像に使用する場合に注意しなくてはならないのは、異なる色域が接している場合、いずれか一方あるいはそれぞれに加えた輝度の差が大きくなると、輪郭を縁取るように明もしくは暗の醜い領域が生じやすい。これは見た目上ではいずれかの部分と一体化して感じられていた領域が、実際には色の彩度と明度がグラデーション状になっていたことで、グラデーションの明るさが強調された結果だろうと思われる。青空を背景にしたススキの穂などが、本来の穂の形状ではなくおかしな光を纏ったように描画される。

 

図示しなかったが、RAW現像ソフトが対応しているならマスクで部分指定をして個別に個別に輝度の在り方を変える方法がある。この方法は撮影後に微妙な調整から大胆な改変までできるメリットがあるが、マスクを塗りつぶす技術と使用するセンスが問われる。恣意的に部分指定の領域を決めるのだから、微妙な調整であっても光線を当てるレフで起こす等の「徐々に明るさが変化する過程」を作業者がつくり出さなくてはならないか、敢えて無視するならどのように全体像に影響するか程よいところを決めなくてはならない。

3.再現できる幅と効果を知る
ここまで照度・輝度を[明・中・暗]と大雑把に表してきたが、写真で表現できる明るさの幅がわからなくては何を基準に、どれだけ照度比・輝度比を与えたらよいかわからない。写真で表現できる明るさの幅=再現域と露光量の関係をグラフ化すると以下のようになる。

もっとも暗い部分(知覚できる最小の輝度付近)をシャドーポイント、もっとも明るい部分(知覚できる最大の輝度付近)をハイライトポイントとして、これらと基準露出点の関係はグラフ中のそれぞれの値の位置になる。基準露出点から-2 2/3、+1 1/3の幅がほぼ再現域と考えてよいだろう。明暗は5EVほどの範囲に収める、あるいはこれ以上の差を超えると描写されない。

次に照度の比について考える。照度の比は太陽光でも人工光源でも何ら変わるものではないので、ここではスタジオで人物の左右前方からライティングする状態を例にする。

入射光式露出計で明るさを測定する際は光球を平板に交換してもよいが、光球のまま光源に向け他から入射する光を手のひらなどで遮ればよい。このようにして左右の光源を測光する。このときの比率は以下の絞り差になる。

先に示した基準露出点から-2 2/3、+1 1/3の幅である5EVより1EV狭い範囲を示したのは、完全に潰れる / 完全に飛ぶ領域を除いたためだ。ポートレイトで左右陰影をつける際は一般的に1:3から1:6程度で1:6では女性の肖像としては陰影が強いとされがちであるが、これ以下であったりこれを超えても表現が達成できるならなんら問題はない。照度の比率と明るさの差の関係は、ポートレイトに限らずブツ撮りであっても風景撮影であっても変わらないし対比効果も同じだ。1EV差であっても明暗の差は知覚できるし立体感も表現できる。ただし明暗差と立体感の表現が引き立つのはポートレイ同様に1:3から1:6、ダイナミックにするなら1:6から1:16になる。

照度比・輝度比で実現される描画の差は、最終的に出力する画像媒体を想定して考えたい。ディスプレイ出力と紙媒体への出力では階調の再現が異なる。また、サイズが小さいとき画像そのものが暗く見えがちである。グラデーションの物理的な幅が縮まると変化が急激に見える。大サイズに出力し距離を置いて鑑賞すると際は、隣接する部分の照度比・輝度比が小さいと明または暗に丸められ微妙な違いを感じられなくなる。媒体ごと異なるライティングを施すのが現実的でないなら、RAW現像時や出力後に調整すればよいだろう。

日中シンクロでは環境光を成す太陽光とストロボ光の配分が重要なテーマになる。屋内は別として屋外で日中シンクロをするなら、ストロボを被写体によほど接近させない限り快晴時の太陽光の照度に伍することはできない(あるいは難しい)。また知覚できる最大の輝度にいくら照度を上乗せしても明るさが増して感じられない。知覚できる最大の輝度でなくても、明るい部分に照度を上乗せしても変化の差は小さく感じられる。しかし顔の隆起で生じる陰影を和らげるくらいには効果がある。暗く潰れる陰の部分を持ち上げることも可能だ。いずれにしてもフォーカルプレンシャッター機を使うならシンクロ速度の上限があり、環境光側の露出量の加減を調整する限界がある。こうした限界を少しでも改善するのがハイスピードシンクロで、長時間発光させたり断続的に何回も発光させストロボが支配できる比率を上げる。ストロボ光の比率を上げれば、環境光の比率が下がることでEV14〜15といった環境の明るさでも背景をかなり暗く描画可能だ。ここでも「光の総量ではなく照度比」だ。撮影時に前述のような照度比で記録してRAW現像時に明るさの総量を上げ下げして意図通りにする方法もある。ストロボは可能な限り大光量のものを使用すれば比率の上で自由度が高くなるので、1台で不足なら複数台使用したいところだ。

以下に距離と光の減衰の関係を示す。環境光の明るさとストロボの出力次第ではあるが、発光部から5mくらいまでが容易にストロボの効果をコントロールできる範囲であるだろうし限界は10m程度だろう。こうした条件では効果は薄いが無意味な行為ではない。

距離で減衰する照度を前提に、効果が見て取れる照度比1:3、4から1:6程度の差を得るためどうするか、なのだ。方法論、機材の検討と話は単純ではないが、効果的な照度域がわかることで工夫のしどころが絞り込まれるはずだ。

Fumihiro Kato.  © 2017 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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