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木村伊兵衛は「ロケに出たらカツ丼を食え」と言った。なぜカツ丼か。どんな場所にもカツ丼くらい出す店があり、カツ丼なら美味い不味いの当たり外れが少なく、しばしば注文される品だから店が戸惑わず、さっと食えて、すべての食材に火が通っているので腹を壊すこともないので、あれこれ迷わずとっととカツ丼を注文して食えなのだ。ここにある知恵は、「ロケ中は面倒なものごとは排除しろ」である。はたしてカツ丼が最適かわからないが、かつて私も木村伊兵衛方式を採用していた。とはいえ年齢が、カツ丼をいつでも食えるものから重たい食事に変えたので、現在はカツ丼の精神をくんだものを食べている。
ただこれは単独でのロケの話であって、スタッフが多数いる撮影ではカツ丼方式がよいとは限らない(伊兵衛さんは同行するお弟子さんにも言っていたようだが)。スタッフと食事の関係は撮影に限らず打ち合わせであっても重要で、軽んじてよいものではない。お金と食の恨みは尾をひくものだ。また食事ひとつでチームの雰囲気がぐっと変わる。よいほうに変わるなら、どんな努力も惜しむべきではない。よい食事が出るから、面倒な打ち合わせでもよろこんで参加するという人が少なからず存在する。
私は若いときチーム行動の撮影にずいぶん関わっていた。自分が食事の調達や世話を焼く役回りだったときもあれば、用意してもらう側だったときもある。いずれの場合も、どんなに地位が上であってもさっさと食べ、好き嫌いを言わず、後片付けを厭わない姿勢が大切だった。さっさとなんでも食べる習慣は、いまだに抜けきらず早飯食いだ。食事を用意する側としては、リサーチできるなら参加者の好き嫌いを把握するし、リサーチしきれないなら食べ物の選択肢を豊富にして、さらにどこかに非日常的な華やぐナニカを加えられるようにしていた。これらをドタバタしている中、瞬時に決めなくてはならない。「どうしましょうか」なんて声を掛けたら最後、あっちこっちで勝手な意見が出るし、なかには考え中のまま固まる人もいる。だから、あらかじめ答えと選択肢を用意していなければならない。ロケ等の経費は、こうした食事の演出込みで立てるのである。
いまどきは一人であっちこっち行って撮影しているが、やはり食事は重要なのだった。カツ丼を食べなくなったのは前述の通りだが、動物性たんぱく質は大切だと痛感している。とうぜん火が通ったもの限定であり、魚より獣の肉のほうがよいように思う。でんぷん質のものは腹に溜まり、どうも撮影の邪魔になる。なので肉類もまた、あまり大量に摂らないのが肝要だ。なかにはベジタリアンの人もいるだろうが、撮影は狩りや戦に近い感覚のものなので動物性のものを摂取すると精神的にもよい影響があるのではないかと勝手な妄想をしている。しばしばサービスエリアなどで肉の串焼き状のものが売られていて、こうしたものを簡単に食べるだけで撮影に臨んでいる。なんにもないときは、コンビニでビーフジャーキーとドライフルーツを買ってお茶を大量に飲んでおしまいだ。こういった組み合わせだけではないけどね。
地元の食べ物を堪能するのは、気持ちが撮影からはっきり離れた後だ。「はい、もうおしまい」となって、しばらく後にくすぶっていた火が消えたら海鮮丼でも地鶏の焼き鳥丼でも食べられる状態になる。このとき人並みにでんぷん質を食べるのである。それまではお茶、ブラックのコーヒーだけで過ごす。
でギャラリーのほうに詳細に綴ったのだけど、東日本大地震で被災した福島県に撮影に出かける。福島原発の4km圏内でも撮影しようとしている。今月中に行かなければと思いつつ、日程調整と天候の具合だけでなくいろいろあって心が定まらず、ようやく駆け込みで宿を取ったのだ。東日本大地震関連の作品や記事は、いろいろ重いものがあるし、皆さんもできれば忘れたいだろうしで、げっそりしているかもしれないが私としては撮影しつつ考えなくてはならない大問題なのだ。こうしたとき本当に単独行でよかったと思うのだ。私が寝るためだけに宿を取って、あとは気が向くまで撮影ができるのだし。まあ、Wi-Fi完備のホテルにはした。(朝から量は食べられないけど)朝食バイキングがちゃんとしているところを選んだ。ただ近場に食事ができそうな店がほとんどなく、コンビニもクルマで移動しなければならず、100円ショップが徒歩圏にあることだけは救いかな。撮影場所はテーマからしていろいろ期待しないほうがよいのであって、たぶんウイダーinゼリーを啜ったりビーフジャーキーを噛んだりしながらになるだろう。カツ丼? ホテルへの帰り道にあったら幸せなほうだろう。いろいろ打ちのめされそうなので食事なんてまともに食べられない状態かもしれないけれど、肉体が勢いを失ったら撮影はできない。できたとしても、よい仕事にはならない。燃料を入れる、そんな食事にきっとなるだろう。
他人にまったく得にならない話だが、私の日記だからよいことにする。
Fumihiro Kato. © 2017 –
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