Morph the Cat の隙間とDonald Fagen

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ドナルド・フェイゲンのソロ作をこまめに買っている(といってもリリースまでの期間が長いのだが)私が、Morph the Cat だけは次作の Sunken Condos を手にいれたのちに買っている。Morph the Cat のリリースが2006年、Sunken Condos は2012年だから「こまめに買っている」つもりなんて言い草は思い込みや嘘でしかない。なぜ、こんな思い込みをしたり、新しいアルバムを待ちわびながら Morph the Cat を即座に買わなかったのか。Morph the Cat までのフェイゲンは、1982年に The Nightfly、1993年に Kamakiriad をリリースしている。どちらも発売はまだかまだかと待ちわびて購入したので「こまめに買っている」と言っても嘘にならない。しかし、Morph the Cat については発売前の宣伝すら見聞きした記憶がなく、このあたりの時期の私は相当にヘビーな状況にあったのだなと今更ながら考えさせられる。Morph the Cat は 2001年に発生したアメリカ同時多発テロとの関連が語られがちであるが、このテロについて編集者の方と深夜のタクシーの中で話している記憶が他の記憶と孤立してぽつんと私の心にある。アメリカ同時多発テロの衝撃的な映像は日本の報道番組でほぼリアルタイムで放映されたのだが、これもまた私は見ていないのだった。

Morph the Cat にかぎらずドナルド・フェイゲンのアルバムタイトルはひねっているというか不思議なものばかりだが、Morph the Cat の解釈については Kamakiriad が造語であるといったような本人による解説がないため、日本では超訳して「変形する猫」のように説明されがちだ。しかし、これは一面は正しくても完全な誤訳だ。ナニナニ・ザ・ナニナニとされるとき、これはあだ名でビリー・ザ・キッドを思い起こせば納得できるはずだ。だからMorph the Cat にはこれ以上の意味はない。ただ注意したいところは、猫のあだ名が Morph なのでなくMorph が猫っぽいのだ。どっちでも同じだろと言われそうだが、かなりの違いで刻々と姿を変える猫っぽい存在の歌なのである。こうして歌詞を読むと、幽霊的な何かが猫っぽく姿を刻々と変え、あるいはモーフ・ザ・キャットとあだ名される存在があっちこっちに行くと理解される。この霊魂がフェイゲンの幽霊と解釈ができるのは後述するが、もっと普遍的な「マンハッタンの霊」かもしれないし、死後に普遍的なマンハッタンの霊になるという暗示にも思える。西海岸に移住したドナルド フェイゲンが生まれ故郷のマンハッタンを、地名として「Morph the Cat」の歌い出しからはっきり書いているのも、もっと慎重に考えたほうがよいように思うのだ。ま、猫の姿を想像して聴いてもかわいいのだけどね。

アルバム Morph the Cat の評判は、ドナルド・フェイゲンのファンでさえ厳しい批評を口にするくらいで賛否両論と書けばまだ体裁がつくが、実際のところは「否」のほうが多かったし現在でもそうらしい。曲ごとの気分やフレーズが似通って一本調子であるとか歌詞が暗いとか。そうかなあ、と私は感じる。曲調が似通っているのはフェイゲン節でもあるし、歌詞が手放しに明るかったことなんてなかっただろうし。Morph the Cat と他のフェイゲンのソロとの違いは、端的に言ってアレンジとミキシングのバランスにある。 The Nightfly から傾向が見られ Kamakiriad や Sunken Condos では音の隙間がモザイクのように埋められているが、Morph the Cat はベースとドラムの骨格に他の楽器が枝を伸ばした様子に聞こえる。ざっくり言うならベースのレベルが異様に高い。スコアを見たら別の印象を抱くのかもしれないが、いつもフェイゲンはオブリガートや装飾音を音量小さく紛れ込ませているが、Morph the Cat はリズム隊とエレピと歌唱以外は手の込んだことをなるべく廃しようとしている。これは収録メンバーにも言え、人員がかなりすっきりしている。

Morph the Cat でベースを弾いているのはフレディ・ワシントンで、フュージョン畑で長い人であると同時にスタジオミュージシャンとして名手でもある。ソウルフルで塊感のある音色が持ち味だが、スラップになるといきなりぺこぽこした奇妙な音色になる。ドナルド・フェイゲンはベースのスラップ奏法の使い方に慎重で、これはスティーリー ・ダンのAjaの頃からはっきりしていて、ドキュメンタリーの一場面でチャック・レイニーがスラップは弾くなと言われたと証言している。想像でしかないが、Morph the Cat の録音はフェイゲンとこういった特徴のフレディ・ワシントンの二人がバンドメンバーのように近い距離感でコツコツ制作したのではと、音楽を聴いて感じられる。フェイゲンのことだからスコアが用意されていたのは間違いないけど、きっとスリーピース、フォーピースのバンドをイメージしたものだったのではないかな。こんなところも、他のアルバムにみられるフェイゲンの頭のなかにある音楽を3Dプリンタで出力するかのような録音の感じ、アルバムを通して聴いた感じと違いがある。そもそもがスティーリー・ダンからずっと相棒のウォルター・ベッカーに共同作業を持ちかけスティーリー・ダンの作品にしようとしたが、ベッカーはフェイゲンの個人的作品のにおいを感じとってソロ作にすることを勧めた経緯がある。なので、Kamakiriad では共同プロデュースに名を連ねていたベッカーはノータッチだ。そういう意味でも Morph the Cat が異質なのは間違いない。

指摘している人がいるかもしれないが、私はフェイゲンの歌唱法というかフェンダー・ローズピアノを弾き語りする彼の様子はレイ・チャールズを意識していると思う。あのぎこちない感じの硬い動きで上半身をゆすりながら歌うところとか。これは根っからのものかもしれないし、両者の共通点はあまりにも少ないし、フェイゲンがレイ・チャールズを好きなだけでコピーなんてしていないとするほうが自然なのかもしれないが。Morph the Cat にはレイ・チャールズの幽霊との会話である「What I do」が収録されている。ちなみにソニー・ロリンズの曲に「This is what I do」(これが私の仕事)があり、ジャズに通じているフェイゲンはこの曲のタイトルをとうぜん引用しているのだ。It’s what I do It’s what I do It’s not some game I play It’s in my DNA It’s what I do となぜここまでフェイゲンはロックンロールが仕事であると言わなければならないのか。「What I do」の歌詞のほとんどが It’s what I do で占められているのだ。今一度、第一曲目でありアルバムタイトルにもなっている「Morph the Cat」に立ち返ると理解できるように思われる。

Bringing joy to old Manhattan All watch the skies for Morph the Cat と「Morph the Cat」の歌詞は締めくくられる。マンハッタン島の上空を、アパートの配管の中を猫っぽく霊魂が移動している。レジ係や若いゆすり屋やティーンエイジャーのモデルがいる。とうぜんヤンキースも。歌詞中に登場するなつかしいマンハッタンの思い出が、(アルバムの制作時期との関係で)単に時代の移り変わりで失われたものを指すのでなく、同時多発テロによって変わらずにはいられなかったマンハッタンの人々の気持ちを指すとする解釈が現れて当然だろう。これが本当かどうか、フェイゲンが語らないかぎりわからない。私は、日本人であり同時多発テロについて傍観者であることもあって、そうとは限らないとも思う。「Morph the Cat」はフェイゲンが自らが死んだのち、マンハッタンをくまなく移動する霊になる日を歌った歌なのではないか。暗い事象もエンターテインメントとして人々を気落ちさせる曲にしたくないという「Showbiz Kids」なフェイゲンが、Cheer up と元気出せよと歌いながら飛び続ける幽霊になる日を歌っているのではないか。The Nightfly が青年期のフェイゲンとアメリカについてのアルバムだったように、Morph the Cat は老境に達した彼の心境なのだと考えると腑に落ちるのだ。

こうしてみると Morph the Cat が彼にしてはこじんまりした具体的な世界観で綴られた理由がわかるのだ。ほら、アルバムジャケットからして、ね。

Fumihiro Kato.  © 2017 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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