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まあハイレゾという概念が音楽の質も録音の質も担保しないものだが通りがよいだろうから使うけど、確認しておきたいのは現在のiOSとApple製プレイヤーが再生し出力できる上限のサンプリングレートは48kHz/16bitで、これはJEITA(電子情報技術産業協会)基準ではハイレゾなのだ。ところがオーディオ協会の定義ではハイレゾではないということになっている。大切なのは冒頭に書いたように音楽の質と録音(ミキシングを経てマスタリングまで)であるから、ハイレゾかハイレゾでないかの定義の違いが団体によって衝突している点は掘り下げないが、サンプリングレートだけ考えればCDを超えたソースを再生できるのは間違いない。41.1kHzと48kHzは大きな違いであるし、差がねえよというならいわゆるハイレゾの差も耳に届かないと思われる。
ハイレゾを疑っているためどうしても定義から入りたくなるが、本題は「Apple Musicでの配信(定額レンタルに近いアレ)やStoreで販売されている音源はどのようなものか」だ。これは手元のファイルを見てわかるように44.1kHz/16bitのAACだ。ではAppleはAAC化された音源をレコード会社から受け取り、これを取り揃えサイト上に並べているのか、である。答えは、否だ。Appleはレコード会社に対しCD品質を超えた、いわゆるハイレゾで納品することを求めている。面倒だからハイレゾと書いたけれど、Appleはハイレゾと言わずサンプリングレートを明示している。したがってCDをリッピングしてAACに変換するのとは異なる、かなり余裕をもったAACを品揃えしていることになる。ただし、どこもが、どのアーティストのものもが、どの時代の録音のものもがCD品質を上回るソースとして納品されるわけではない。これは考えればわかることだし、Apple MusicやStoreから落としたアルバムを聴き比べれば納得できる話だろう。なのだけれど、最近のソースを聴くかぎり納品される元データの品質はAppleの要求に沿っているらしく、AACの範疇ではかなり品質がよいように思う。
で、AACとは何かだ。
アナログ信号をデジタル変換する標本化の際の説明に、波型の文字通り波形をカクカクした積み木状の信号に変換する図がしばしば用いられるが、あれはちょっと過程を省きすぎている。あの積み木状にするには、単位時間あたり何等分するか、こうして等分された個々の点ごと音の周波数の値がどれだけであるか把握しなければならない。いわゆる離散時間信号のサンプル値の系列を時間領域から周波数領域へ変換する離散時間信号処理(MDCT)、でいいのかな。この過程を、AAC不可逆圧縮では1024 点 (long block)、128 点 (short block) の周波数領域のデータに変換する。MP3の場合は、時間領域のフィルターで32バンドに分割してからMDCTするのに対して、AACは入力サンプルのままMDCTを行う。で、この周波数領域の信号を、時間軸のものと見なした線形予測を行う。これは省けるそうだが、「ドン!」と大きな音のあと「ちー」と小さな音がしたとき人間は小さな「ちー」が聞こえないか聞こえにくくなる特性があり、この「ちー」が聞こえないレベルであるなら省いちゃおうという処理に活用できる。ここまで素材の下ごしらえと言えるだろう。
次にステレオコーディングを行い、量子化に進む。あのカクカクした積み木状にすれば、とうぜんのことアナログの原音の通りトレースできないので、どうしても誤差が生じる。優雅な曲線を正方形のタイルで描こうとしても出っ張りや引っ込みができるのと同じであり、デジタル画像を拡大すると曲線に見えた部分が実はカクカクしている状態が観察できるアレ。これを人間の聴覚を参考にして、なるべく元の値の変化に近くする過程だ。MP3では21点だったがAACでは49(44.1kHz)のスケールごと量子化される。こうしてハフマン符号化されて完成。これは専門の方からしたらいい加減極まりない理解だろうけど。
このようにAACはMP3より格段と原音に近いデータにできるのだが、基本が「聞こえない(とされた)音は省いちゃおう」でデータを軽量化している点は似ているとも言える。ただ言えることは、どのようなデータを元にAACにするかで結果はだいぶ違うという当たり前の事実だ。これがApple屋さんのデータは「AACの範疇ではかなり品質がよいように思う」という感想にもつながっているのだろう。またいくらソースがよくても、変換アルゴリズムが優秀でないなら音楽は自然なものにならない。いずれにしても、「ドン!ちー」の音圧比のうち聞こえにくいか聞こえないとされる音を省くので、これが1024 点 (long block)、128 点 (short block) の両周波数で省く音が検討されても、なくなるのは変わりない。こうした圧縮特性が打楽器や弦楽器のアタック以後の響きの部分の唐突さというか荒さにつながっている。だけど、ミックスからマスタリングの時点で波形がべたーっとした板状になるタイプの音楽では、そもそも「ドン!」も「ちー」もないソースだからAAC化してなにかを省いても、聞いた感じは元の音源とたいして違いはない。
繰り返すけど(そして関係者ではないけど)、Appleが行なっている変換作業は、民生品のパソコンで民生品のソフトで行うよりよっぽどちゃんとしていると私は思う。
そして「ドン!ちー」が少ないか、ほんと平坦化しているソースならAACで買っても変わりないかもしれないと思う。たとえば最近はやりの音圧重視の録音。で、ほんとこういうのが増えているし、いわゆるハイレゾとしても販売されていてどんなものかと思う。いっけん繊細風のアーティストや曲、アルバムでこういうのがけっこう存在する。コンプレッサーとリミッターをいっぱいいっぱい効かせて、持ち上げたり頭を抑えたりしている音源が、だ。悪い例として出してはファンの方に申し訳ないのだが、これはこういった美学に基づいていると解釈してもらいたいけど、アニソンのテーマ曲にみられるどばーっと音圧が一様化して塊になっているあれだ。またはメタル系で音圧の塊で押して行くタイプ。もちろん他のジャンルにも多数ある。
で、冷静に聴き比べて「ドン!ちー」の「ちー」成分に違和感がないなら、いやもっと検討すべき点はあるけれど変な感じがないなら、ハイレゾ産AAC音源も購入の選択肢になるだろう。たとえば、CDを手に入れようにも廃盤になっているとか。私は「ドン!ちー」の加減が少々気になっても、CDを実物として購入できないか珍盤名盤として高価になりすぎているときはAppleからAAC音源を買っている。
Fumihiro Kato. © 2017 –
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