それを言語化できるか

体温が37度をゆうゆうと超えて、平熱が低い私はちょっとつらいですが写真の話を。

人生のはるか遠く10代の終わりに私は自動車免許を取得したのだが、教習所の指導員とは何のために存在するのだろうと当時の私は考えることしきりだった。坂道発進でも車庫入れでもよい、新たな課題が出される際に納得の行く説明がなされたことはなかった。もちろん初歩的な動作というか自動車が動くため必要な最低限の操作は説明されたはずだが(これだってかなり怪しいレベルだった)、失敗したとき何がまずかったか、成功したとき何が上手く作用したのか教えてもらえなかった。そのかわり罵声であるとか嫌味が飛んできた。

いま自動車の運転を日常的に行なっていて思うのは、指導員は自動車の運転を言語化できない故に説明できなかったのだ、ということだ。自動車の運転は、操作と操作の要領を言語化できなくとも可能だ。しかし運転にまつわるナニカに不得手感があるとき、どのようにしたらよいかを失敗と成功の経験から言語化して会得すると技能がかなり身につく。指導員たちも初心者だった時代があるはずだが、彼らがもっともダメだという「なんとなくできた」のまま経験を言語化せず他人を指導していたのだろう。言語化されたものは、何十分も喋り続けなければならないほどのものでなく、要点だけならさらっと伝えられるものだ。もし何十分も喋らなければならないくらい面倒なものと指導員が考えていたとしたら、言語化と単純化が不十分だったのだ。

体で憶えろは正論だ。だが、体で憶えるべきピアノの演奏技能だってよき指導者はポイントを要領よく言葉で伝える。音楽の楽典や美術のデッサン等の指導も同じだ。体で憶えるときも、言葉で基本形を伝えるのが指導というものだ。ま、はやい話がかつての自動車学校の指導員はあまり頭を使わず指導員という地位に踏ん反り返っていたという。

話題が芸事に及んだところで写真へ話を切り替えよう。日本のアシスタントシステムは、欧米の専業または専業に近いアシスタント制と違い親分になるための修行期間のごとしだ。親分もいろいろだが、「見ていればわかる」「見ていてわからない奴はどうせダメ」的な態度の人もいる。親分は教育機関ではないしね。「見ていてわからない奴はどうせダメ」は一理あって、見ていればわかるくらいなのが写真である可能性が高く、親分のもとにつくのは営業や経営の実態を経験するためでもある。だけどこれを言っちゃったら、ちゃんと写っているレベルなら写真なんてそんなものと自らがゲロったも同然だ。自動車の運転なんて二度三度と失敗して成功したら、とりあえず誰にもできるというのと同様に。動かすだけなら、ね。

ただし「何のために行うのか」深く理解して「目的を遂行する上で、単独でも判断できる状態」にするためには、言葉が不可欠だと私は思う。ほら日露戦争でバルチック艦隊を迎え撃つ連合艦隊は初手で東郷ターンが功を奏したが、バルチック艦隊が東郷の読みと異なる方向へ逃走をはかったアレだ。このとき、まだ方向転換していなかった連合艦隊の第二戦隊は命令に従わず直進した。これが可能だったのは作戦参謀の秋山真之が作戦の理解を形式だけでなく本質まで徹底教育していたためだ。だから「何のために」と「単独でも判断できる状態」が徹底されたと言える。見ていればわかるとたかをくくっていると、形式だけ真似て応用がまったく効かなくなる。

もういちど自動車教習に話を戻すなら、「車庫入れの際に後部席のウインドウのどこそこにポールが位置したらハンドルを大きく切って」と形式だけ憶えてハンコをもらっても、この操作の意味を考えないなら車庫入れに限らず後退しながら方向を変える他の条件を要領よくこなせない。「ここでハンドルを大きく切って」だけしか教えられず、教習生に考える機会を与える二言三言の助言ができない指導員は使えない指導者ということになる。経験の言語化とは、こういうものだ。

これは他人を指導するか否かを問わない。写真撮影や現像作業について自ら言語化できているか、念のためにチェックしておくべきだ。天才ほど直感的に正解を出せるため、言語化されていないケースが多い。なのだけれど、言語化されていないと新たな課題に直面したり新しい表現へ進むとき壁にぶつかる。写真撮影は見よう見まね耳年増であれば形式だけは身につくし、これでどうにかなっている。どうにかなっているのは形式の表層とか様式と、カメラやレンズが優秀なおかげでしかない。だからカメラやレンズほど自動化やフールプルーフ化が及んでいない自由度の高い現像ソフトを扱いきれない状態にもなる。ライティングや新たな目標設定についても。

撮影方法と自分なりの作品についてちゃんと説明できるか。合理的に説明できるなら、どんな突拍子もないものであってもちゃんと成立していると言える。どれほど批判的な相手がいたとしても、相手の態度を変えられるかどうかではなく、ちゃんと説明したことで撮影方法と作品は意味あるものとしての地位を保てるのだ。わからんやつに力説しても無駄なのだが、言語化できないのでは行為は「まぐれ」でしかないのだ。

Fumihiro Kato.  © 2017 –

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Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K
写真家・作家 / Photographer Author
・北海道北見市生まれ。
・大学卒業時までに詩集「無題あるいはサラバ」、同「Cadenza」発表(共に絶版、在庫なし。「Cafebza」別装丁私家版のみあり)。
・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
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