大人の事情のハイレゾと如何に付き合うか

ここのところ例の件もあって入院生活があったり退院後も万全でないため、通常時より音楽を聴く時間が増えている。ま、この時間の多くがオーディオセットで音楽を楽しむよりイヤホンで鑑賞する比率が高いので、なおさら一層のことハイレゾ音源について考える機会が増えた。これまで何度か書いてきたように、私は「ハイレゾとは大人の事情により定義された価値観である」と思っている。規格ではなく、価値観。というのも関係団体の定義を読めばわかるように、規格というにはガバガバで最終判断は「聴いてそう思ったらハイレゾ」といった感じだからだ。音源についても、機器についても。音楽と音楽を鑑賞するための機材が売れない時代に、より付加価値をつけた音源や製品を販売したい業界の思惑がハイレゾなるものを生んだと解釈している次第。

私は演奏もしていたし、録音から編集までの現場に立ち会ってきたし、とうぜん鑑賞者である訳だが、そもそも録音された音楽の音は演奏者の立場からしても、ホールやライブハウスの客の立場からしても、そんな音はしていないのである。ロック等のバンドで演奏している奏者か、クラシックの編成の中の一人か問わず、録音されミックスダウンされ製品になった録音物の音(音色、広がり、奥行き等々)と違うものが聞こえている。完璧な音響効果が施されたホールか、地下の一室にすぎないライブハウスか問わず、同様にあんな音は聞こえない。どんな音源であろうと、架空の音がパッケージ化されている点をまずこうして指摘しておきたい。

架空の音である点を突き詰めて行ったバンドの代表格がスティーリー・ダンだ。どうせ架空の音であるなら、オーディオ装置から生のバンドの音を鳴らそうとするのは本末転倒になりかねないので、こうした努力の方向を録音の仕方、ミックスの仕方や、多数のミュージシャンの演奏からもっともよい部分だけツギハギするのも厭わない完璧主義へ向けたわけだ。だからスティーリー・ダンやドナルド・フェイゲンのコンサートの音はLPやCD等と一致しなくて当然なのである。

で、ハイレゾと呼べるものにはサンプリング周波数(あるいは再生周波数)の決まりなどあるのだけど、どんな質の低い録音であってもこうした定義が当てはまるならハイレゾなのだ。つまり、22.05kHz以上の音波が記録されていようがいまいがハイレゾ。また、では22.05kHz以上の超音波が人間に聴こえるのかとなれば、あたりまえだけど聴こえるはずがない。さらにスピーカーならまだしも、外耳道につっこむイヤホンや耳たぶを覆うヘッドホンでは、そもそもこうした広い帯域を再生できない。しかも、こうした超音波が再生できるか検査する方法も確立されていないため、単なる設計時の理論値や「聴こえている感じ」といった体感からハイレゾ再生機器のマークがつけられている。考えてみてもらいたいが、外耳道にプラグを突っ込んだら鼓膜で行き止まりである。斯様に細く短いパイプを通り、しかも行き止まりになっているのだからロクなものではない。なのに、ハイレゾ万能というのは都合がよすぎはしないか、なのだ。というか、誰もが経験しているだろうが外耳道にプラグを突っ込んで音楽を鳴らしたとき、高音成分がやけに多く聴こえざわざわする。これは振動板と短くて細い音の通り道のどんずまりとの間で、特定周波数が反響増幅されるためだ。この耳障りこのうえない特性を容認してまでハイレゾを語るのはどうかと思うのである。

先にスティーリー・ダンの例を挙げたけれど、彼らはラジオだろうとハイファイステレオだろうとちゃんと意図通りにまとまりよく聴こえるように録音している。CD作品はとうぜんのことハイレゾではないのだが、現在の質のよろしくないハイレゾよりよほどよく聴こえる。対比する相手が質のよろしくないハイレゾだから結果がみえみえで不公平だとしても、ブラインドテスト、二重盲検テストでハイレゾと非ハイレゾが聴き分けられるのかとなるとどうだろうか。たぶん無理だ。であるなら、超音波はカットする44.1kHzのサンプリングで、しかも録音された音楽は生と別物と考えてきっちりつくられた音源を非圧縮または可逆圧縮でまとめたもので十分ではないか、と。これは96kHz等のサンプリングあるいは再生時にオーバーサンプリングした音源と、44.1kHzでサンプリングされた音源を、病院のベッドで嫌という程聴き比べた私の結論である。

では、22.05kHz以上の部分にあるデータは何なのかである。楽器が発する倍音だろうか。うーん、違うんじゃないかな。だって超音波の領域まで電気信号にできるマイクロフォンなんてほとんど存在しないし。調整卓にエレキギター等から伸びるプラグを突っ込んでも、22.05kHz以上の倍音はほとんど検出されないかまったく検出されないし。ぜったいない、と言い切るだけの材料は持ち合わせていないけど、雑音やサンプリング時に発生した偽音ではないのかしらん。一説には超音波が耳に入る過程で肉体に振動を与え、または共鳴を起こして、体感できるものになると言われる。この辺りは専門家の人のご意見を仰ぎたいところだ。ここでも私論を述べるなら、ハイレゾ音源のうち22.05kHz以上の音波を記録しているものは、雑音が影響して人間に何らかの知覚を与えているかもしれないくらいのものである。超音波が感知されなくても、よい音源には架空だろうと現実に近いものだろうとリアリティーがあり、音楽の感動がちゃんと存在するのだからという点はくどいかもしれないけどまた書いておきたい。

世の中にはスマートフォンやiPod touchにインストールできるハイレゾ音源再生アプリがある。私はiPod touch用に「HF player」「Ne player」「VOX」をインストールしている。それぞれ個性があるのだけど、気に入って常用しているのは「HF player」だ。これらのうちわかりやすい音で再生するのは「Ne player」だ。いわゆるハイレゾ音源の音の輪郭にエッジが立った感じの再生音で、楽器ごとの分離がいっけんよいように感じられる。「VOX」はあんがい普通で、さらりとした感触というか過剰なものがない。「HF player」はONKYOの製品だけあるのか、イヤホンで再生してもスピーカー的な感じがあり、「Ne player」のようなエッジはあまり感じられない。音が団子状態になるのとは別の現象としてスピーカーからの音は渾然一体感があるけれど、そういったテイストがある。なので、「HF player」を常用している。「VOX」はイコライザーの効きがマイルドなこともあり耳へのあたりが優しいのでアンインストールしていない。けっこう評判の「Ne player」はここまでに書いたように私には不評であり、ちょいと度が過ぎていないかと思うのだ。で、イコライザーを使用しないとけっこうひらったくて弱っちい印象を受ける。音量と関係なく音楽が薄くなり、楽器、声が前に出てこない。

さてiOS機器を使用しているなら漏れなくApple謹製Music.appがついてくる。このMusic.appの音質は世の中的にほんと評判がよろしくない。あー、でもそこまで言うかなというくらい。なのだけれど、イコライザーをオンだろうがオフだろうが(かなりの数の人が「設定」の中にあるイコライザーの存在を知らないのも問題だね)、ちゃんと音楽として聴こえる品質はあると私は言いたい。だけど「HF player」を使用しているのは、よりよく音楽を聴くためであり、最高品質ではないのは確かだ。ハイレゾを盲信している人や、これらの人が発する言葉を信用する人は、もういちどMusic.appで音楽を聴き直したほうがよいだろう。まさかApple Musicで配信販売されているAAC音源だけで判断しているとは思わないが。

iOS機器とMusic.appへの不満には、ハイレゾ音源が再生できないといったものがある。ALACは再生できるが高サンプリングレートの音源は転送、再生できないのが問題視されている。だがAppleはいわゆるハイレゾ音源をALACであっても配信販売しないだろうし、Music.appにも対応させないだろう。これらを求めている人が圧倒的少数である点、可搬性にメリットのあるiOS機器が使用される環境で(私は眉に唾して理解しているが)ハイレゾがうたう高品質な音を鑑賞可能ではない点、人間には超音波が聴き取れない点など合理的な考えあっての判断だと思われる。なにがなんでも数値を大きくとればよい、なんてことはないのだ。したがって(と私が断言できるものではないけど)iOS機器の音楽再生環境に不満を覚えるなら、ハイレゾ再生前提のプレイヤーを購入すべきだ。私がiPod touchを使用しているのは、Apple Musicで次々気になる未知の音源を手持ちの音源とシームレスに聴きたいからなのだ。こういうスタイルでも128GBは窮屈で、取っ替え引っ替えコレクションを出し入れしている。とはいえ専用品のサードパーティー製メモリの類はプレイヤーが制限されるし、ここにお金を追加投入するなら増設メモリーカードが使用できる他社製プレイヤーを買うべきと考える。ポタアンもまた同じく。

さあどうしようかと思っているのは、バンドが直売りしているFLAC音源、CDからリッピングする際サンプリング周波数を高めに取った音源といった所謂ハイレゾをどうするか、だ。過去からの資産を再変換するのは面倒だからやらないが、これからは44.1kHzまたは48kHzでリッピングしようかとも考えている。

Fumihiro Kato.  © 2017 –

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Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K
写真家・作家 / Photographer Author
・北海道北見市生まれ。
・大学卒業時までに詩集「無題あるいはサラバ」、同「Cadenza」発表(共に絶版、在庫なし。「Cafebza」別装丁私家版のみあり)。
・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
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