ヤな客へのサービスが減るのは当然

私自身が嫌な客と認識されているかもしれないのであまり大きなことは言えないのだが、ヤな客はサービスの部分を切り捨てられても文句は言えないのだ。日本語としてのサービスは、正規の料金内に含まれない付加価値の提供くらいの意味だろう。だから、付加価値をつけるか否かは相手次第である。つけなかったからといって商道徳に反することも法的な問題もない。

儲けがあまり出ない取り引きなんて別に珍しいものではないが、いくら相手がこんな条件を承諾したからといって、発注側がこの状況にあぐらをかいてはならない。どこかで相手にリカバリーのチャンスを与える人が、いわゆる上客とされる。蛇足だが、リカバリーは回復、回収を意味する。で、上客なんて語は死後になりかけていて、いまどきはとにかく安く買い物をするのが賢い人とされている。こうなると上客なんてものは騙されている人くらいに価値が下落し、またそういった使われかたをしている。なんだかな、だ。

たとえば「これ、お金が取れませんから只でいいです」なんてことがある。この時点で既に特待扱いなのだが、「じゃあね、ありがとう」で済ますのは下品で、やがてサービスの機会と質は減じてゼロになる可能性がある。この場で料金を受け取ってもらえないなら、気は心で別のものを買うくらいはしたい。自転車屋さんに修理を頼んだら「これ、お金が取れませんから只でいいです」だったら、「この工具ひとつください」みたいな感じで。自転車屋さんで工具を買うより、Amazonで見繕うほうがお安いとしてもである。こういうことをさらっとできるか否かで、客としての品格が決まると言えるだろう。わざわざ「料金の代わりに」なんて言わず、さらっと「この工具いいいな、買いますね」的に。

取り引きの関係は、買う側と売る側のメリットが釣り合わなければ破綻する。いくら俺は発注側だと威張っても、儲けが出なければ受注する人がいなくなる。それでも受注するのは、どこかでメリットが発生する可能性に賭けているからだ。こういった賭けを、考えが甘いと言い切る自由もある。この自由を最大限に行使することもできる。しかし、短期的関係ならいざしらず中、長期的な関係を維持することはできない。Amazonの通販を利用する場合、プライム会員だろうとなんだろうと1回1回単発みたいなもので、短期的な関係さえ維持できればよいのだから底値商品だけ買い物してもなんにも問題なしの屁の河童だ。だからAmazonに限らずこの手の取り引き流行りの昨今、上客という概念が消滅するのだ。

個人の買い物だけでなく仕事上の取り引きにおいても、前述のあれこれが当てはまる。そして「情」の話をしているのではなく、だ。いくら口でうまいことを言ったところでサービスは引き出せないし、上客として特別扱いもされないのだ。相手に金銭的リカバリーのチャンスを与える人だけが、これらを享受できるのである。「そんなものどうでもいいや。発注先はいくらでもあるし」なんてやっていると、いずれどん詰まりの行き止まりで右往左往することになる。

いまどき銀行業務はコンピュータシステムがなければにっちもさっちもいかない。ところが、このシステムを管理しメンテナンスする人材が枯渇し、あまり騒がれていないが困った事態になっている。なぜ枯渇したか、だ。コストカットをしたうえ要求だけは厳しいままだったからだ。つまり、誰もやりたくない状態を銀行自らがつくったのである。もはや銀行は上客でなく一見の客となったのだ。広告だろうと出版だろうと、これを他人事とは言えない。要求レベルを下げられないなら、どこかで相手にリカバリーのチャンスを与えるか、要求に見合う報酬を支払わなければならなかったのである。

ほら、使い捨て上等でコロコロ発注先を買えるクライアントなんて珍しくないでしょう? あなたのそばに「コロコロ変えて安くしろ」と言っている上司がいるでしょう? こういうのが賢いと言わんばかりに。だけど、才能とか能力がある発注先の旨味は一回二回仕事しただけで引き出せるものでなく、相手から通り一遍でない「力」を引き出すには「関係の継続」が重要になるのだ。通り一遍でよいとしても、銀行の例があるようにいずれはアレである。才能や能力の真髄を引き出すものは、飲み会をした、賀状を出した、中元を送ったなんて「情」でなく、もし相手がサービスしているならサービス相当分や、もし直ちに相当分をリカバリーできないなら多少でも金銭的にフォローした実績なのだ。

Fumihiro Kato.  © 2017 –

Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited. All Rights Reserved.

ただただ写真 こちらも見る?

 

Profile

F.Hiro.K
加藤(文)文宏 / Fumihiro Bun Kato a.k.a Hiro.K
写真家・作家 / Photographer Author
・北海道北見市生まれ。
・大学卒業時までに詩集「無題あるいはサラバ」、同「Cadenza」発表(共に絶版、在庫なし。「Cafebza」別装丁私家版のみあり)。
・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。
・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他)
・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。
・不二家CI、サントリークォータリー企画・取材、Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告、武田薬品工業広告、他。アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材、MIT Museum 収蔵品撮影 他。
月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。
・長編小説「厨師流浪」で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」他、小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。
・獅子文六研究。
・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。
・各メディアにおけるスチル撮影。
・オリジナルプリントの製作、販売。
・JSAHP正会員
Translate »