Mamiya C330が私に与えてくれた自由

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500Cなどのハッセルこそ中判カメラであり中判撮影用システムであると言われがちなのだが、「言われがちなのだが」と書くくらい私の憧れや欲望の琴線に触れるものがない。もちろん写真雑誌を買いはじめた中学生のときからハッセルブラッドの存在は知っていたし、月例コンテストで毎回よい写真を発表していたアマチュアの方がいて「ライカ判となんか違うなあ」とは思っていたが、ハッセルとはすれ違いのまま今日まできた。

私がはじめてこの手で触れたブローニーフィルムを使うカメラはMamiya RB67だった。もちろん自分のカメラではない。助手仕事をはじめて、フィルムの装填を許されたというか指示されたときのことだ。その直後にこのC330と55mm、105mm、180mmを買うのだが、高価だったRB67には指をくわえて眺める気持ちはあれどハッセルにはぴくりとも欲望がうごめくことがなかった。ちなみにRZ67が発売されるのはずっと先のことだ。

皆がみな使っていたわけではないが、80年代あたりのスタジオ用カメラの趨勢はRB67のほうに勢いがあったような気がする。ただしこれはMamiya ラブだったよく目がそう感じさせたのかもしれない。また、いまだにレンズの味わいとかボケの味わいとかに鈍感で、ちゃんと写る、余計なしちめんどくさい個性はいらないといった嗜好なのだからツァイスのレンズというものが心に響かなかったのだろうとは思う。

もちろんお金が貯まるのを待ってRB67を買う選択肢もとうぜんあったのだが、待っていられないくらい中判を欲していた。では何が買えるかとなり、安価にシステムが組めるC330、RB67のおじいさんとも言える蛇腹繰り出し式のC330にしたのだ。なぜそこまで中判でなければならなかったのか。それはファインダー像の大きさであり、引き伸ばし時の余裕だった。たしかにC330のレンズは当時としても基本設計が古く、解像度だコントラスト特性だと言い始めたら引き伸ばしの余裕もなにもないかもしれない。とはいえ、「これでいいんだ」と言えるだけのフォーマットでありサイズであった。また実際のところ、トリミングを施さない正方形のまんまのプリントをある人に見せたら「やっぱりハッセルはいいね」と言われたので、このレンズで十分なのだろう。

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C330購入の決断はたぶん正しかった。その後、RB、RZシリーズをなんとか手に入れたし、ライカMも使ったけれど、なんだかんだで未だにC330は売らずに(売れずにという側面はたしかにあった)防湿庫の住人だ。そして、私の中の写真が一周くるりと回ってC330にふたたびご登場いただく準備が整った。

ふつう二眼レフの撮影用レンズとファインダー用レンズは別物の光学系が採用される。目で見るだけだから、画角さえだいたい合っていればヨシなのだ。このようにけっこう乱暴につくっても機能するので戦後の混乱期に二眼レフメーカーが乱立したのだ。いっぽうC330(C220)は撮影用レンズと同じ光学系のレンズをファインダー用に使用する。すべての交換レンズがこの構造を踏襲していて、ボードの上に同じレンズがふたつ並んでいる。これは贅沢きわまりないことで、絞り開放状態でのピント位置からボケへの推移をマット面にシミュレーションしているというか、なにかと一眼レフと同じような具合なのだ。撮影用と同じレンズであるから光学設計に手抜きがないのは当然で、ランクを落としたレンズを使うよりファインダーの見え具合はもちろんよいだろう。しかも、105mmには被写界深度をシミュレーションする絞りまでついている。ただしこれは、Mamiya ラブ、C330 ラブの二番めの理由だ。

二眼レフのくせにレンズが交換できる。二眼レフのくせに蛇腹をどんどん伸ばせば接写ができる。パララックスが大きくなる接写には、パラメンダーと呼ばれるエレベータ装置がある。そんなこんなで二眼レフの一般的事情から考えるとボディが大きく重いのだが、それでも中判一眼レフと比べレンズ込みの重量、交換レンズを同道させたときの重量がより軽くコンパクトにまとまる。しかも、安い。シャッターを切ってもファインダー像が暗転しない。シャッター時のショックが皆無なうえに重量がブレを吸収してくれる。構造が単純で、まるでフィールドカメラを二眼レフにまとめなおしたようなつくりのため、およそ「壊れる」要素がないに近い。くどいようだけど、安価なのはうれしい。

大きなファインダー像。肉眼と肉体の生理に叶う、どんどん被写体に寄っていける構造。気持ちを代弁できる交換レンズの画角。カメラ第一ではなく、自分第一、被写体第一で行動するのにふさわしいボディの頑強さと価格。そして、紙焼き時の余裕につながる中判。これがC330が私に与えてくれた自由だ。これこそ、C330を愛する第一の理由である。

もちろん現代の基準、現代の作業の流れにC330が乗れるかとなれば、フィルムカメラである時点でもう無理だ。したがって私はデジタルカメラを使用しているし、デジタルカメラを否定するどころかメリットを最大限に使い倒したいと考えている。作品づくりについても同様で、デジタルだから可能な世界がある。なのだが、デジタルだから可能な世界があるということはフィルム中判しかもC330だから可能な世界もある。ここに思い至るため、私にとっての写真が一周ぐるりと回る必要があったのだ。

Fumihiro Kato.  © 2016 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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