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独学で写真をはじめ、アシスタントを経て独立した後、ふとしたきっかけで私は広告代理店にもぐりこんだ。もぐりこませてくれた役員の方は私の経歴を知ったうえで、「組織のなかでカメラマンは便利屋にならざるをえない。だから写真家ではなくクリエイティブ部門の一般社員として働いて、兼業を黙認するから写真の仕事は外でしなさい」と言った。
この時代、広告代理店や制作会社の「写真部」が廃止されようとしていた。いきなりカメラマンを解雇できないため、撮影部門を子会社化したのちに切り離したり、他の部署への配置転換が行われたのだ。飼い殺しを経て、自主退職への道だ。なまじ半端に撮影仕事があることによって、役員氏が言った通り便利屋として使われている人がいた。したがって、私は助言に感謝している。ただし、変名を使わざるを得なかった期間について振り返ると痛みが心に蘇る。
これから写真を仕事にしようとする人、クリエイティブ職に就こうとする人は、どんどん名前を世に出して闘うべきだ。技能やセンスは成長を続けるので、後になり過去の作品が拙いものに思え、拙い作品と自らの名前が一体のものとして世に残ることをつらく感じるかもしれないが、それでも名前を前面に打ち出して仕事をすべきだろう。成長過程こそ経歴なのだ。
人生が二度あるなら、どうする。そんなものはないから後悔が痛みとなって心に蘇るのだ。また逆の選択をしたとして、後悔が残らなかったとも言えない。まあただ自分の名前、看板は大切にしたほうがよいのは事実だろう。
Photo by Fumihiro Kato. © 2016-
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