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日常会話で使用される単語と、この同じ単語で表現される専門性の高いモノゴトは、意味の違いが生じる可能性がある。だから「コントラスト」は專門分野の人でも意味が曖昧なままだったりする。コントラストと言うとき、対比がはっきりした状態を指すのが普通だ。コントラストが高い写真、コントラストがはっきりしている写真は、モノクロなら白黒二階調を筆頭に中間調に位置する明度・輝度が少なかったり足りなかったりするもの、カラーでも明度・輝度や彩度が同様な状態のものを指しがちだ。もちろんこれが間違っている訳ではないけれど、もう少し単語の意味を吟味しておかないと、自分が撮影・現像する際に単語に引っ張られての思い違いから写真表現の可能性を狭める結果に陥るかもしれない。
レンズの評価にコントラストが良好、というものがある。ではこのように評されるレンズは、中間調に位置する明度・輝度を描写できない明暗両極がはっきり別れる描写なのだろうか。否だ。コントラストが良好なレンズは、最低の照度、最大の照度をこの通りに記録するだけでなく中間調の繋がりがよい。コントラストがよくないレンズは、眠い調子のレンズであったり中間調のつながりが悪い。これでわかるように写真用語の「コントラスト」は、日常会話で用いられる白黒明暗きっぱり分かれた状態を指す意味ではなく「階調性がよい状態の意味」で使用される。「過去の日本製レンズはコントラスト重視ではなく解像重視だったが、コンタックスブランドが一眼レフで復活すると同時にツァイスの基準であるコントラストが良好な性能に各社が方針転換した」のような単語の使い方だ。
極端な表現を例に挙げるが、ハイキー、ローキーはただ明るいだけ暗いだけにすればよい訳ではない。このようなハイキー、ローキーもある(これがハイキー、ローキーと主張する人もいる)が、すくなくとも主題となる部分は最低限の階調を維持させたいものだ。ハイキー、ローキーは、明暗いずれかの階調部分がつぶれ気味だが、中間調に位置する特定の範囲は階調がちゃんとある表現ということになる。もし中間調の特定範囲で階調が失われていたら、何を撮影し何を見せたいか鑑賞者は意図を汲み取れない。
音に喩えるなら、こうなる。低音ドンと高音シャリが強調されたいわゆるドンシャリでもいいけれど、もし歌声の成分が重要なら中間部の周波数に最低限の情報がないとならない。中間の周波数で情報が欠落していたら歌声はスカスカだ。これを意図しているのでないならバランスに欠いた音でしかないし、主題である歌声にまったく魅力がないだけとなる。これを意図していたなら、それはそれだ。
話を写真に戻す。明度・輝度の階調は連続的に変化するものだが、自然光撮影、人工光源撮影を問わず平均的に推移する連続的な階調で被写体が描写されるとは限らない。真夏のカンカン照りの中、陰は真っ黒、日向は真っ白のような例だけでなく、被写体の反射率との兼ね合いで平均からかけ離れた階調の推移になる。またセンサーやカメラの特性、フィルムの特性によっても階調の性格は変わる。ポジフィルムのギトギトした感じは、まさにこれだ。これらに対して日常的な用法で「コントラストが高い」と言われるのだが、正解であると同時に不正解でもある。このような場合は、写真にしたときの「応答特性の違い」であると頭の中で単語と言葉を変換したほうがよい。
ここに最小の明度・輝度0の値(真っ暗)から最大の明度・輝度の値255(真っ白)まで平均的に推移しているグラデーションがあるとする。次に、このグラデーションの帯を撮影する。結果として、0〜255の値が平均的に推移する階調そのままの写真になる可能性はほとんどない。最小の値や最大の値が省かれた眠い調子になったり、中間調の推移に癖がある写真になるだろう。中間調の推移が性急だったり、逆になだらかだったりだ。仮に、まったく同じ階調の推移が記録できたとする。元の被写体そのものと同じ結果と、何通りもの違う結果が記録されたことになり、このような結果の違いを「応答」の仕方が違うと言う。どのように「応答」するか、「応答」したか、「応答」させるかを、「応答特性の違い」と言う。応答特性はガンマ値の違いとして表現される。
ガンマ値を変えるのは「応答特性を変える」ためだ。私たちはRAW現像ソフトや画像調整ソフトで見慣れたトーンカーブのユーザーインターフェイスで「応答特性を変える」。トーンカーブの描き方(操作の仕方)をS字、逆S字、U字、逆U字とだけ雑に憶えていると有効な使い方がほとんどできない。トーンカーブは、どの位置(どの明度・輝度)で持ち上げたり、下げたりするか、曲線のカーブの角度を急にするか、平坦に近づけるか、典型的カーブを合わせ技にするかどうか、そのつど見極めなくてはならない。
曲線を急角度にするのは、この範囲の明度・輝度の階調の推移を性急にする意味がある。逆に角度を穏やかにするのは、この範囲の明度・輝度の階調の推移を平坦化する意味がある。性急にするということは、この範囲の両極の明度・輝度の分布比が大きくなり、階調の推移が急速になる。平坦化すれば、この範囲の両極の明度・輝度の分布比が小さくなり、階調の推移がおだやかになる。階調の推移をおだやかにしていけば、ほとんど階調が推移しない状態になる。実際にカーブを真っ平らにしてみればわかるが皆同じ明度・輝度になり、部分的に真っ平らにした場合はソラリゼーションのような状態になる。
私がしばしば「見た目のコントラストはガンマ値で調整」「ガンマ値をまず最初に設定する」と書くのは、つくりたい画像をイメージして、この理想と実際に記録されたデータの違いを、理想に近づける特性付けが重要だからだ。実際の世界をどのような応答特性で表現するか、これが写真を記録で終わらせないために必要な第一歩なのだ。わかりにくい説明だろうか。では、もう少し具体的に書こう。
撮影した写真をポジフィルムのようにギトギト気味の濃厚な調子にしたかったとする。ところがRAWデータを開いただけでは穏やかな調子で、ポジフィルムで得られるような調子からかけ離れている。まっさきにコントラストを調整するスライダーを動かしたくなるかもしれないし、これでポジフィルムと似たものになったと感じるかもしれない。だが、思惑通りの結果にならなかったり、見る人が見れば「それのどこがポジ風なの?」となる。ポジフィルム一般がどのような応答特性を持っているかだいたい把握しているなら、「トーンカーブをポジフィルムの特性のように変えて」やれば思惑外れになることはない。しかもコントラストのスライダーを調整するなら、ある種のポジフィルムをシミュレーションすることになるし、あるいは増減感処理をしてコントラストを微調整したときのような結果も得られる。これはポジフィルムで撮影したような結果を得たいときの例だが、私たちが「こんな感じ。こんな全体像」と完成写真を思い浮かべる在りさまは、だいたいにおいて「実際の被写体の状態をどのような応答特性で記録した結果にするか」なのだ。ざっくばらんに言うなら、「空がぐっと締まって、人物は穏やかな陰影で」といった具合。
ではコントラストの話とガンマ値の話をつなげよう。
コントラストは【階調の幅】 、ガンマ値「応答特性」は【階調の抑揚】。これは極端な言い表し方でと正確性に欠くけれど、「コントラストは明暗はっきりきっぱり」と曖昧に把握しているより余程正確なはずだ。模式図化すると以下になる。
昨日掲出した写真が次のものだが、この写真は背景が暗いためコントラストが高いと感じるかもしれないし、主題の花びらはコントラストが低いと感じるかもしれない。
現像の出発点は以下の通り。
この写真の目論見は、「もんわりしたスモーキーなダーク調」だった。トーンカーブ上で明度・輝度が低い側の山の頂点を決定した理由は、背景の黒が他のポイントを調整するときカーブの影響を受けて明度・輝度が上がりすぎないよう最初に仮のポイントとして置いた。次は主題を意図通りにするため、花および茎を構成している主たる明度・輝度に対応する部分を平坦化のうえ、分布量は圧倒的にすくないがハイライトが欠落しないようにカーブを描かせるのに最適なポイントを選んで、画像の変化を目視しながら曲率を変えた。これが現像の出発点で、この他にマスクを切って部分調整をしているが、初手でほぼ全容は完成している。冒頭で例として挙げたローキー調とも言える。こうした画像は一言でコントラストが高い、あるいは低いと言えない。
もし「明暗の対比がはっきりしているか、否か」だけでコントラストという単語を理解して、コントラスト調整のスライダーだけで「もんわりしたスモーキーなダーク調」を目指してもこのような画像は得られない。まったく不可能ではないだろうし、ライティングをかなり凝った上で露光量を適切化すれば可能とは思うが、それでも理想とする状態をつくるのは至難の技だろう。もちろんこの写真のライティングがおざなりであった訳ではない。私の撮影方針は、「ディティールをちゃんと残した上で大枠で望み通り記録できるライティングであり露光量の決定を行う」だ。だから元となった記録(データ)はここまで「もんわり」していないいたって普通の写真だ。撮影、現像、紙焼きがセットでひとつの表現だった時代の尻尾が残っているので、私は三位一体で結果を出すことを考えている。
おまけ.
だいたいにおいて私は、上記のように現像を組み立てている。まず全容の雰囲気、気分、調子、トーンといったものの性格付けをトーンカーブで決定する。続いて、コントラスト調整のスライダーを(求めるものや、撮影結果次第で値が変わるが)最弱近くまで落とす。こうすると余程トンチンカンな露光量でないかぎり、可能な限り「調子」を出した画像になる。可能な限り調子を出した上で、他の要素を変更したり部分調整をして、調子=ディティールの取捨選択をする。最初から硬い調子で出発すると、思うような取捨選択が不可能だからだ。取捨選択は大胆にも微妙な幅でも行い、必要ないと感じたら黒くつぶす、白く飛ばすこともある。要は何を写真で言いたいかであり、言いたいことは構図のほかディティールで決定されるからだ。
多くの場合、デジタルカメラが記録するRAWデータのままではまだ硬い気がするので、トーンカーブはいわゆる逆S字にする。ライティングがままならない風景などでは、逆S字にしただけではイメージと異なるため逆S字上に小さな凸または凹を適宜つくることもある。ただ細々した部分調整用のマスクを切りたくないとき(うーん気分であったり、ちまちま調整すると恣意性が見透かされそうなときなど)は、理想とする全容を性格づけるものがS字カーブ的な見え方なら、最初からS字カーブを与える。こういったケースでも大概はコントラスト調整は最弱近くまで落とす(上げるときもあるが)。トーンカーブでヌルく調整してコントラスト調整を上げる、キツく調整してコントラスト調整を下げる、といった逆というか矛盾しているようにみえるやり方があってもよいのだ。なぜなら、コントラストは【階調の幅】 、ガンマ値「応答特性」は【階調の抑揚】だからだ。
Fumihiro Kato. © 2017 –
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