あの世とこの世の境を写す AI Nikkor 28mm F2S

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AI Nikkor 28mm F2S

先日来、古いニッコールレンズについて使用感など記事にしている。今回はAI Nikkor 28mm F2Sがどのようなレンズであったか、デジタルカメラで使用した実例を多数紹介しつつ独特の写りとどのような付き合いがあったか記そうと思う。

はじめに

AI Nikkor 28mm F2Sは1981年12月発売なので40年もののレンズだ。30数年だろうと思っていたので、あらためて月日を計算して驚いている。

AI Sとつくレンズはシャッター速度優先、プログラムAEでカメラ側から適切に絞りをコントロールできるよう改められたレンズで、AI S化される前1977年に28mm F2があり、これをニコンのサービスでAI S化改造された個体も存在する。ただし1981年発売のレンズは旧レンズとは光学系が一新されているという話だ。

なお当記事で触れるAI Nikkor 28mm F2Sは改造レンズではない。

1981年とはどのような年だったのだろうか。

1985年、ミノルタのα-7000によってカメラ側で制御する完全にシステム化されたオートフォーカス一眼レフが登場したことで、同年はαショックの年として知られている。現在の一眼レフにしろミラーレス一眼にしろ、現代のカメラはオートフォーカスと後のデジタル化が大きな意味を持っていることからわかるように1985年が時代の大転換点だった。1985年から数年間に発売されたカメラは、あとはデジタル化さえまてばよいまでになっていたのだ。

αショックから遡ること10年、1975年にヤシカコンタックスの一号機CONTAX RTSが発売されツァイス流のレンズ設計思想に職業写真家だけでなく愛好家もかなり驚かされた。解像性能を第一に求めていた日本のメーカーに対して、ツァイスは階調性(コントラスト)重視かつ発色性とレンズ間での発色の統一を意識していた。これ以後、日本のメーカーも階調性について考えざるを得なくなり高演色、発色統一の時代に突入する。

先代のAi S化前の28mm F2はヤシコン・ツァイスがもたらした価値観以後に登場し、AI Nikkor 28mm F2Sはαショック前、マニュアルフォーカスレンズの内容が頂点に達する時代に生まれたと言える。

いまとなっては28mm F2というスペックはむしろ暗い印象を受けるが、当時の広角レンズとしては異例なほど明るかった。また最短撮影距離0.25mは、AI Nikkor 28mm f/2.8Sの0.2mにはおよばないがそれなりに寄れるレンズだった。

デジタルで使用する意味

人それぞれ求めるものが違うから、こうした過去のレンズについてXXXでなければならないなどと言えるものではない。あくまでも私が2010年代前後から数年間使用した感想でしかないが、隅々まで目が痛くなるほど写る現代のレンズにはない曖昧さを利用するのがAI Nikkor 28mm F2Sの使い所と思う。

先日紹介したAI Nikkor 105mm F1.8Sも当時最先端のハイスピードレンズで、現代の価値観やレンズ評価の基準からしたら甘い、安定しないレンズとされるだろうが、AI Nikkor 28mm F2Sはさらに曖昧さが上回る。これはミラーボックスがありバックフォーカスが長い一眼レフにとって、焦点距離が短い広角レンズが設計上の難問を抱えていたからであり、さまざまな技術革新があった80年代でもまだ道半ばだったわけだ。

建築
F8

これは天気がよい日にF8まで絞って撮影した建築物の写真だ。縮小された写真を見る限り特に甘く感じられないだろうが、どことなく現代の広角レンズとは違うのんびりした写りだ。次も同様に光がよくまわった路面だ。

枯れ草
F8

最短撮影距離まで寄ってF11に絞ると次のようになる。

F11

同様に近接しF5.6で平面的な被写体を撮影。

金属とテープ
F5.6

再びめりはりのある光のもと撮影している写真を掲載する。

路面
F8
路面2

これで十分ではないかと思う人もいるだろう。あるいは「よくわからない」と感じたかもしれない。他人が撮影して縮小されWEBに掲載されている写真なんて、だいたいがよくわからないものだ。

では、柔らかい光線状態のもと近接して撮影した絞り値ちがいの例を比較してみる。

木材と金属(蝶番)の近接写真。

木材と蝶番1
F2
木材と蝶番2
F8

広角とはいえ近接した際の被写界深度の浅さと、ピントがきている面、ボケそれぞれの写りが理解できるだろう。木部とともに金属パーツに質感の独特さがある。これを見て晴天時の写真を振り返ると、光線にメリハリがあり絞っていても甘さ、ゆるさといったもの画面を支配しているように見えてこないだろうか。

現代のレンズにはない曖昧さがメリットとして使えると解釈するか否か、人によって、目的によってはっきりわかれるはずだ。続いて独特の描写をするAI Nikkor 28mm F2Sの実写例をさらに示して行く。

あの世とこの世の境界の描写

私がAI Nikkor 105mm F1.8Sの上品な写りとともにAI Nikkor 28mm F2Sが思い出深いレンズになっているのは、「あの世とこの世の境界」を描写するかのような写りだからだ。

枯野の花
F2

コーティングが高度化した現代のレンズと比べて、40年、30年前のレンズは抜けが悪い。既に多層膜を駆使する時代になっているので、単層またはコーティングなしの時代と比べて圧倒的に抜けがよいのだがやはり違いは大きい。

上掲の花の写真は、もともと枯野に咲いていたものを撮影しているのもあるが悪く言えば濁りと曖昧さに満ちている。もちろん絞り開放の周辺減光の大きさ、光線の状態も影響しているが黄泉の世界を覗いてしまったような感じを受ける。

次の1カット目はAI Nikkor 28mm F2SをF2、2カット目はAI Nikkor 105mm F1.8SをF1.8で撮影している。オートフォーカス前夜マニュアルフォーカスレンズが成熟した時代の、メーカーを代表する大口径レンズを現代のデジタルカメラで使用した例だ。

資材置き場1
F2
Ai NIKKOR 105mm F1.8S 2
AI Nikkor 105mm F1.8S F1.8

では明るい冬の光のもと撮影された2カットを見てみよう。1カット目はAI Nikkor 28mm F2SをF8、2カット目はAI Nikkor 105mm F1.8SをF1.8で撮影している。

屋上
F8
屋上105mm
AI Nikkor 105mm F1.8S F1.8

いまどきのレンズ、いまどきの写真と雰囲気が違うのはあたりまえだが、やはりデジタルカメラで撮影している影響は無視できないものがある。センサーとディスプレイの要求に応えられていないのは、これらが求める性能を設計当時は考えなくてよかったからだ。

またフィルムで撮影して紙焼きや印刷物などで写真を鑑賞していた時代は、もっと締まりがある見え方をしていたはずだが、それでも基本的な写りはどう傾向なのでこれで十分な感じがしていたと言える。私たちの価値観はとても激変したのだ。

現代の感覚ではオールド、しかも「あの世とこの世の境界」みたいな写りと言っているAI Nikkor 28mm F2Sは40〜30年前は世界トップクラスのレンズだったのだ。

トップクラスの片鱗は繊細さとなって写りに現れることがある。

壁と植物
F2

独特の曖昧さの影響もあるが、白い壁に垂れた植物と影の繊細さは今どきない見かけないものだ。

この写真を見ると、階調描写が細やかに思われるかもしれないが直射日光を浴びた陰影は次のように描写されている。

壁とシダ
F8

ある時代の広角レンズ特有のすとーんと暗部が落ちる表現だ。力強いとも言えるし太い描写とも言えるが、このカットにも「あの世」っぽい独自の雰囲気が漂う。

あの世とこの世の境界っぽい写りは、抜けと解像・階調の特性が複合して生じているのであって黄泉の世界が見えるレンズというわけではない。こうした「あの世」っぽい雰囲気は、まったく違う描写だが現代のコシナ・ツァイスの絞り開放付近の色気、艶っぽさにも言えるものだ。ツァイスの価値観が70年代日本のレンズ設計をゆさぶり、現代ではさらに進化しているにも関わらず興味深いことである。

現代の28mmまたは28mm近辺の焦点距離の写りを

スマートフォンで記事を読んでいる人もいるだろうから画面サイズによっては違いがわからないかもしれないが、現代のレンズで撮影した散歩写真を参考までに羅列してみる。同じ被写体と条件ではないが、明暗取り混ぜた写真や絞り開放の描写などだ。クリアさがまったく違うと私は感じるし、近接して樹皮を撮影した写真では隅々まで克明で均一な写りがAI Nikkor 28mm F2とあきらかに違う。

木漏れ日
枯野
樹皮
空

積極的に絞りを操作して使う

AI Nikkor 105mm F1.8Sを手放した理由はパープルフリンジがつらくなったから、AI Nikkor 28mm F2Sを手放したのは解像が安定しないからだった。両レンズを使用していたとき、既に私はデジタル対応の現代的なレンズを使っていたので焦点距離を重複させる意味がないと判断したのだった。

AI Nikkor 28mm F2Sは散歩レンズにはかっこうの位置付けだったが、それ以上の使い方をするには不確定要素が大きすぎた。でも懐かしく思うのは、今になってみれば「あの世がちらりと見える」写りの、なにかが精神に影響を及ぼすような感じが独特だったからだ。

デジタルではAI Nikkor 28mm F2Sは積極的に絞り値を変えて写して本領を発揮するレンズで、被写界深度ももちろん描写に影響するけれど描写の変化を優先して考えるほうが面白いだろう。

特に意味のない写真だが、近接時と近接ではない近〜中距離の被写界深度と周辺減光の描写を比較できるカットを紹介する。

冬の木1
F2
冬の木2
F4
パーキング1
 F2
パーキング2
F8

次に人工的な物体での写りの変化を見てみる。歪曲の程度もわかるだろう。

buildingF2
F2
buildingF5.6
F5.6
buildingF11
F11

建築中のビルディングの写真から、絞り込んでも独特の描写が完全に消えないことと、金属等の人工物を撮影しても面白みがあるのがわかる。もちろんF2、F5.6、F11では被写界深度が違うのは当然だが、ピントが合う深さより絞り値ごとの甘さ・曖昧さ、締まり・克明さといった表現を優先したほうが使い途から言って適切なのではない

単純な奥行き方向への、絞り値の影響を次に示す。

竹a
F2
竹b
F4
竹c
F8

被写体の倍率が異なる点は比較に適さないが、次の2カットも参考になると思う。

桜1
F2
桜2
F8

あれこれを写真で振り返る

では、様々な散歩写真を並べて締めくくることにする。

F8換気扇
F4
ルーフ1
F8
ルーフ2
F8
ルーフ3
F8
ルーフ4
F8
樹木
F8
ススキ
F2
壁
F8

© Fumihiro Kato.
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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なる人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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