わからないこと。世の中。写真。

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COVID-19/新型コロナ肺炎が国内で危機的状況になったのが本年(2020年)の3月だった。2月の時点で主に国外で猛威を振るい、これは報道されていたし、国外にいる知人からマスクが欲しいと求められるなど大きな変化が生じていたけれど、それなりにたいへんだなと思いつつも今から考えれば対岸の火事だった。

この2月に千葉で作品づくりの撮影をしたのち、半年以上もこの種のロケを自粛してきた。春めいてきた季節から盛夏へ。この間の出来事はみなさんが体験した通りだし、たぶん10年に足らず数十年後へも影響を与えるインパクトを社会と個人に与えただろう。

作品づくりの遠出は、それ以外の移動と違いがある。移動経路、移動先の別だけでなく、(なんだったらこれらが同じ場合もあるので)意識の違いが見るもの感じるものを変えているのだろう。昨日、定点的に撮影地としている千葉の海岸を巡って人々が移動したがっている活動したがっている熱量の高さを知った。

そもそも本年は海水浴場が開設されなかった。

開設といっても海はいつも存在しているのだから、観光用の整備をせず、監視員等の配備をせず、海の家の営業を認めず海水浴場として使用させなかったのを「開設」しないと言っている。なかには公営駐車場を閉鎖したままだったところもあるようだが、海岸へ立ち寄ることまでは禁止されていない。したがって散策したり、サーフィンを楽しむ人たちなどは海岸と海へアクセスして時間を過ごしていた。

だから春から盛夏の期間も作品をつくるため移動して撮影をしてもよかったのかもしれないが、移動の制限・自粛が「いったいどこまで必要なのか」が大問題であったし、これも生業なのだから移動したっていいだろと開き直ってよいのか踏ん切りがつかなかった。この踏ん切りのつかなさこそ「わからない」部分だった。だから4月に予定していた新潟ロケだって宿からなにから一切合切キャンセルしたのだった。

先日の千葉は、とうぜん同県内ナンバーの車が海岸駐車場に多かったけれどこれはいつもどおり。さらに、2月以前と変わらず東京湾対岸の神奈川、首都圏内陸の埼玉、さらには甲府方面のナンバーの車が駐車されているのだった。

途中の道筋やコンビニ等々など、まったく同じ傾向だった。そして人々そのものから受ける印象も同じだった。

いつからこうなのか、ずっとこうなのか、この場所とは半年間ごぶさただったので真相はわからない。だけど、すくなくとも現在このとき人々は移動したがっているし活動したがっていて、さきほど熱量と書いたように気持ちが沸騰しているみたいだった。

9月の4連休中はなおいっそう人が移動し、やりたかったことを満喫するはずだし、実際のところも道路やショッピングモールなど観光名所以外でも人出が多い。

世の中にはサーファーが海に集まっていることを(あたりまえだし日常なのだが)眉をひそめて「コロナ肺炎が」と言っている人たちがいた。彼らが移動する過程や海から出て食事をするなどを問題視する人もいた。もちろんサーファーに限らず、他の理由で移動する人たちもあれこれ言われた。

そして今はどうなのか。こうして問題視していた人や発言や暴力行為で他の地域からの移動者を攻撃していた人はいまだに苦言を呈したり嫌がらせをやっているのか、何かが変わったのかが「わからない」。最悪の時期に無分別な行動はとれば非難されてしかるべきだろうが、そうではない移動や活動まで攻撃の対象にされたのは何だったのか。これらの発言や行為と行為者がなりを潜めているのも気味が悪い。関東ではそもそもこうした目に見えるかたちの排除がすくなかったせいもあるが、国内の世間から諸外国の実情まで「わからない」。

そうこう言いつつも撮影をした。

写真の撮り方がわからなくなっていたというと「そんな馬鹿な」と言われそうなので、方法論が形骸化して空回りしてわからなくなっていたと具体的に書く必要があるだろう。題材を見つける、題材を表現するなど一切合切の判断の形式はちゃんと残っているけれど、自分のなかにあるお手本に合わせている感がありありで、わざとらしいというか真から感動していないのだった。

半年の間に他の撮影をしたにも関わらず、こうなのだった。

わからないのだから方法論を捨てるほかなかった。こうするほかなかったのが発端だったが結果は上々だし、新しい表現への道筋がはっきりした。

工業デザインの世界のデザイン言語に近いか、まったく同じものかもしれないが、私はここしばらく「Past Light」と題した作風を採用してきた。これが陳腐化していたとは思わない。2月の千葉ロケでも採用したし、この半年ちょっとの間もずっと再開後の撮影の前提として考えてきたが、前述の理由で使えず捨てることになった。

海を思いのまま撮影できなかった期間に、私に何が作用したのかわからない。私以外の人が写真を見て違いを把握できるのか、把握して何を感じるかわからない。いままで経験のない劇的な内的変化はわからないことだらけだ。

The woman looking at the sea / 海を見る(シュシュで髪をたばねる女性)

髪を束ねる女性

On the beach / 渚にて

渚にて

Elopement / 駆け落ち

駆け落ち

liquid sunshine (sun shower)

liquid sunshine (sun shower)

© Fumihiro Kato.
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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なる人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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