テーマと記憶と逃れられないもの

新潟市へ撮影に出かけ帰ってきた。

私は小学一年、二年を新潟市小針で過ごした。国家公務員だった父の仕事がら北海道北見市で生まれ、宮城市仙台市、東京都大田区、新潟と渡り歩いたのだ。いろいろあって父は仕事を辞し静岡に腰を落ちけることになり新潟暮らしに終止符が打たれ、やがて私は大学入学とともに東京その後は横浜と居住地を変えた。

そうして人生の半分以上が関東暮らしである。

あと数年で、新潟を離れてかれこれ五十年つまり半世紀になる。新潟で見たもの感じたものが半世紀前の出来事であるのをあらためて確認して私は恐ろしくなった。あれから100年の半分も生きてきたのだ。恐ろしくないはずがない。

小針には小さな駅があり、私が暮らしていた社宅は駅へ数分の場所だった。ニセアカシヤの並木があって、空き地やスイカ畑の周りに民家が並んでいた。30年前にバイクで新潟、能登半島の旅をした際に小針に立ち寄って、あまりに様変わりしていたのには度肝を抜かれたし、自分が暮らした痕跡を探すのもつらい気持ちになった。

それからの30年は日本が大きく変わった時代であったし、私自身も安寧と程遠い時間を過ごした。半世紀前からなら、なおさらだ。

ここ何年も私は海と砂浜あるいは砂丘をテーマにして写真を撮影している。海と砂浜が恋しい理由は、新潟時代の経験から生じているのはぼんやりと気づいていた。しかし、あらためて新潟しかも小針に出かけて撮影すると写真で追いかけていたのは新潟の海と砂丘だったとはっきり自覚された。

日本海側では太陽は陸地側を通って季節にもよるが西の海へ沈む。日中、水平線のうえを太陽が通過することはない。これによって空も海も砂丘も、太平洋側とまったく違う表情をしている。これまで太平洋側で撮影していたとき、こうなって欲しい、こういう風に表現したいと願っていたのは、まさに新潟暮らしをしていたときの記憶のなかにある海岸の風景だったのだ。

私が超広角を好むのも、もしかしたら子供の目で見たあまりに広い空間を表現したかったからかもしれない。

現在、新潟市の海岸線沿いを国道402号がぶち抜き、これにともない砂丘も防砂林も姿を変えたし、河川が運ぶ砂の量が減ったことで浜はとても痩せていた。402号線は朝有のラッシュ時にそれはもうたいへんな交通量だが、昔は砂丘のただなかだった場所のはずだ。そして巨大な砂の防潮堤もつくられている。

こうした小針海岸をどうやって撮影したらよいか皆目わからなかった。あまりに困り果てやっと見つけたのが五十嵐二の町の海と砂丘だった。七歳の子供には小針からたどり着けない場所だ。五十嵐の海と砂丘を見て、私はようやく半世紀前に戻ることができた。

とはいえ、それだって記憶のままの海でも砂丘でもない。こんなのはあたりまえで、記憶はもう記憶でしかなく、私が死ねば消えてなくなる脳内にあるだけのイメージに過ぎない。

昔がよかったとは言いたくない。私はよそ者になったが新潟で暮らす人にとってはインフラが整備される必要があり、現在の景観が大切な思い出になっているはずだ。私は私の作品の中に、記憶を固定させればよいのだ。

心から太陽を背にした水平線をもう一度見たかった。遥か遠く空と海が交わる水平線を見たかった。分厚い砂の丘で戯れたかった。そういうことだ。

© Fumihiro Kato.
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古い写真。

・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なる人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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