その拡散装置をなぜ使うのか答えは明確か

人物を室内の状況含めて撮影しなくてはならないとき、明るさが足りなければストロボを使うだろう。このときどのようにストロボを使うかだが、ありのままに近い描写をするなら天井バウンスを選択するはずだ。このような撮影をする際に人物にストロボを直射する選択はないだろう。人工の光源を使う際は、このように様々な手法から適切なもの選ぶのが普通だ。ここまで異論はないはずだ。

ストロボ登場以前の人工の光源は、マグネシウムを燃焼させたり、電球だったりした。これらは扱いずらく、電球は効率が悪いし色温度が自然光と差があるなど問題を抱えていたので、のちに扱いやすいストロボに置き換えられていった。初期のストロボによる写真撮影では以前同様に光を直射して使うのが普通だったが、これでは光が硬く、一本調子の表現しかできないので光を反射させるなどの工夫が凝らされるようになった。かつて「死んだ太陽」とまで言われたストロボだが、いまどきこんなことを言う人はまずいない。ストロボ光の照射方法の進化を列挙すると以下のようになる。

フラッド電球を使っていた時代に「反射」させる手法がほとんどなかったのは、あまりに効率が落ち光量が稼げなかったためだ。フラッド電球は最大で500Wくらいだが、ブツ撮りで数秒ならよいほうで数十秒の露光を与えなくてはならない程だった。したがって光源の電球から直射からトレペ等のディフューザーでの拡散へ進化したが、ソフトボックスの登場は光源がストロボに変わるのを待たなければならなかった。なぜなら光源を装置に密閉するソフトボックスに発熱量が大きい電球を仕込んだら発火する危険があるからだ。ふた昔前、ストロボを使いアンブレラにトレペを貼って焦げ臭くなったり燃えた経験をした人がいたくらいだから、ソフトボックスにフラッド電球を仕込む危険性が想像できるだろう。(雛鳥を保温するのに電球を使うくらいだしね)

効率がよく光量を稼げるストロボの光を、反射光として使うアイデアを誰が思いついたか知る由もないが、まず天井や壁面を反射面として活用したのだろう。現在も使われ続けている天井バウンスだ。自然発生的にレフ等に反射させる手法が生まれ、ここからアンブレラを使う方法が生まれるのに時間はかからなかったはずだ。

写真撮影において人工光源の使い方の歴史は、直射、直射ディフューズ、反射、反射装置の工夫、そしてソフトボックスによる直射の系譜の復権をみて現在に至る。これらはそれぞれに特色があり、新しい時代を迎えることで以前の手法が滅びたわけではない。使える手立てが増えたと考えるべきだ。ソフトボックスが一大流行になった理由がイマイチわからない私は、なんどもアンブラレラを忘れないでねと言ってきたが、いまだに何がなくてもソフトボックスを買いたい人がいる。ということでタイトルが「その拡散装置をなぜ使うのか」なのだ。

ソフトボックスを使うのは直射光の系譜であり、直射では光が硬く陰影がつきすぎるため面光源化しディフューズさせたいからだ。しばしば柔らかな光が欲しいからソフトボックスが必要であると言う人がいるけれど、ソフトボックスは「直射の系譜」である意識をちゃんと持ったほうがよいだろう。そして「なぜアンブレラではダメなのか」である。光を反射させて使うアンブレラは、開口面積なりの面光源を使っているのに等しい。天井バウンスなら、ストロボの光が当たった天井の面を光源にしている。100cm四方以下のソフトボックスと、天井バウンスとどちらが大きな面光源なのか、さらに光の拡散度はどちらが高いか一目瞭然だ。とうぜんのことアンブレラも同じだ。「柔らかな光が欲しいからソフトボックス」ではないのだ。

大きなレフ板にストロボ光を反射させる手法はレフのサイズなりの面光源が得られる。アンブレラなら傘の開口面積なりの面光源が得られる。直射+ディフューザーの場合は、光の照射角と光源とディフューザーとの距離によって変わるが、それなりの大きさの面光源が得られる。ソフトボックスは直射+ディフューザーをコンパクトにまとめた装置で、無駄に大掛かりになりがちなところを小さくまとめているのだ。だから比較的大きな面積の面光源を使いたい場合や、ある程度の広さを照明したいとき巨大なソフトボックスを使うというのはちょっと矛盾した行為と言える(大型バンクを使う撮影もあるが)。ソフトボックスはすべてがワンパッケージになっているので便利だけど、巨大なソフトボックスを組み立てるのはなにかと面倒だ。面光源のかたちは円形に近い方がよいと言いつつオクタゴン型ソフトボックス を使うなら、なぜアンブレラを考慮に入れないのかという話にもなる。

反射光を使う手法のメリットはデメリットとも言え、かなり広範囲に光が及ぶのが嫌われる場合がある。直射の系統はディフューザーで拡散するとしても、光が及ぶ範囲を想定しやすい。また一旦反射させたうえで光を放射させるより、光の芯を残しやすい。ソフトボックスは照射範囲を限定し光の芯をある程度残したいときの装置だと言える。小さなスペースでやりくりする撮影ならソフトボックスの旨味は大きいが、人物などで背景その他への影響をさほど考慮しなくてよいならアンブレラのほうが適している。人物の立像、半身像を縦長のソフトボックスでやりくりするより、どう考えてもアンブレラで撮影するほうが目的にかなっているし、装置が安価で組みたてもはやい。光の柔らかさは白アンブレラ、銀アンブレラ、アンブレラにディフューザー込みでさまざまに変化するうえに、「アンブレラにディフューザー込み」なら一般的にソフトボックスより柔らかだ。

目的や意図や条件があったうえで撮影ははじまり、目的や意図や条件でライティングの方法は選択されなければならない。「その拡散装置をなぜ使うのか」は目的や意図や条件にかなうかどうかで決まる。小さくまとめたいからソフトボックスなのだが、ブツ撮りや静物で小さなスペースを有効に使ううえでソフトボックスの容積が邪魔ならディフューザーに向けて直射のほうがよい(実際のところ緻密な撮影は、ハレ切りや遮光など使いながらこうする)。だが出張して物品や料理を撮影するブツ撮りの場合は、セッティングを考慮しソフトボックスのほうがよい選択肢になるだろう。などと、なる。人物像で特に背景や周辺に特別な表現が必要ないなら、アンブレラのほうが光の面の大きさから言って理にかなっている。アンブレラよりカポック等で大面積に反射させるほうが結果的に楽なら、こちらを選択する。大光量のストロボを複数発光できるなら、比較的距離を置いてディフューザーに向けて直射という手もある。あとはどのような光が必要かだけである。光の面の大きさは? 光の芯を残したい(主張させたい)のか? 機材を運んだり設置する条件はどうなのか? で決まるのだ。そのときどきで機材屋が売りたいものに表現が左右されてはならないのだ。

効率が悪く発熱ばかり大きなフラッド電球に頼らざるをえない時代ならいざ知らず、利便性が高いストロボがあるのだから直射そのものから反射まで自由に選択すればよいだろう。面光源の大きさ、拡散度といったものを条件に当てはめれば自ずと答えが出るはずだ。

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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