多点透視から逃れられない写真と構図

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遠近法といえば「地平線に消えて行くかのような線路」を思い浮かべるかもしれない。線路は平行であるはずだが、まるで地平線で1点に収束されるかのように見え、これによって奥行きの距離を感じられる。画面中に消失点が1つあり、この1点に収束する状態を正確に描く図法を「1点透視図法」と呼ぶ。

だが写真を撮影していると1点透視だけでは説明がつかない遠近の描写があるのに気づく。広角から超広角レンズを装着して撮影した際に顕著だが、本来平行であるべき水平の線が画面の端へ行くほど、先の例の線路のようにすぼまって描写される。さらに、もしビルを見上げて撮影しているなら、ビルの上階に行くほど先細りする描写になるため、水平方向の遠近感に加え垂直方向の遠近描写まで加わることになる。

水平方向の遠近描写のみ感じる場合は「2点透視」、垂直方向の遠近感描写が加わるなら「3点透視」の状態である。

2点透視は、視線に仰角俯角がついていない場合だ。3点透視は、視線に俯角仰角がついている場合だ。と言えるのだが、視線に俯角仰角がついていなくても線路が1点に収束されるかのように見える奥行き方向の遠近差がなくなった訳ではなく、単にこうした目立つ要素がないため2点透視状に感じられるだけだ。

絵画や作図で遠近感を正確に表す「透視図法」では、1点透視、2点透視、3点透視と分類して、いずれかを選択して描くけれど、写真は常に3点透視で描写されている遠近の差を意識せざるを得ない。ほんのすこしアングルを変えただけで、それまで現れていなかった消失点が気になるのだ。

写真で3点透視がつきまとうのは、広角系のレンズだけではない。だから写真は面白いのだろうし、ややこしさを感じるとも言える。ややこしさは画面の整理に関わる点で、構図の取り方をどうするか考えなくてはならなくなる。

遠近の差はダイナミズムの表現につながるが、同時に激しい遠近の差が感じられる要素が多くなればなるほど騒々しく落ち着きのない構図になる。人の視野は水平方向にかなり広くライカ判28mmの水平画角くらいは認識できる。だが周辺部がよく見えていないことや、意識が視界の中央に寄っていることによって、広角レンズで撮影した画像のような2点透視状の遠近描写の強さや違和感を感じない。日常的に知覚しない状態が画像化されれば非日常的な感覚が生じる。だからダイナミズムを感じるし、騒々しく落ち着きのない表現になる。写真では画面内に存在するものが一目ですべてはっきり見えるため、遠近感、消失点といったものを強制的に見せられている気すらしてくる。

写真撮影に慣れていない人に顕著だが、1点透視状、2点透視状、3点透視状のいずれであっても、肉眼で感じにくかった遠近差の表現をことさら撮影しようとする。物珍しいからだ。3点透視の煩わしさや難しさについて既に書いたが、写真のフレームの重心位置に直線が放射状に収束する1点透視を強調すると、透視図法を解説する作例を見ているようでつらいものがある。たとえばまっすぐで長い廊下を撮影し、天井、床、壁と四方を囲むあらゆる要素が1点に収束する写真だ。安定した構図のはずなのに、とても煩さを感じる。禁じ手であるなどと言うつもりはないが、これはむしろ特殊な効果の部類だろう。写真撮影に習熟している人なら、これ以外に構図の取り方がない場合は一瞬ためらいを覚えるのではないか。

ここまでに示した図は、ビルディングのような立方体とこれを見る人物だけで説明するとても単純なものだった。実際の撮影ではほとんどあり得ないと言ってよいだろう。先ほどの廊下の例では1点に収束する要素しか挙げなかったが、この廊下に斜め向きの要素があると、この斜めの要素は新たな消失点を持つことになる。これは2点透視状、3点透視状にも言える。

透視図法を齧ったばかりの人が絵を描くとき陥りがちなのが、あらゆる要素が1点に収束する不自然な描写だ。自然界には不規則な方向を向いた物体が存在しているのが普通だが、こうした物体が存在していないかのような遠近描写によって絵が不自然になる。単調で硬直した印象のほか、透視図法の消失点をあらわす補助線があたかも画面に引かれているような気がしてくる絵だ。

写真は絵と違い、意識したり特別な方法で遠近感を表現しなくても撮影すれば自ずと1点透視状、2点透視状、3点透視状の描写になる。だから前述の作図の失敗例は起こり得ない。そのかわり新たな消失点は要素のわずらわしさとして影響を与える場合が多い。複数の消失点を意識する画法や図法を「多点消失混在遠近法」と呼ぶ。よほど整理された環境を撮影するのでなけば、写真は「多点消失混在遠近法」的表現になる。

遠近感を誇張する広角レンズでなくても、遠近感が存在しないくらいまで圧縮する超望遠でないかぎり、写真では消失点の問題がつきまとう。透視図法に、零点透視図法と呼ぶものがある。消失点が存在しない絵画がこれにあたる。

この絵画は手前の人物と背景に広がる風景との間に明らかに大小の差があり、人物と背景に遠近の差を感じる。しかし消失点を導く補助線を引こうにも、手前から奥へ連なるものがない。背景の樹木の大きさに着目すると、人物に比較的近い木ほど大きめで遠ざかるほど小さくなっているので、段階的に遠近を表そうとする意識が画家にあったのはわかる。写真でいえば遠近感の圧縮が生じるレンズで似た雰囲気の画面構成になる。背景がカメラから等距離の水平と垂直方向に平行なものばかりなら俯角仰角をつけずに撮影すれば超広角でも同様の結果になる。あるいは俯角仰角をつけても、補助線が引けるような物体や状態がないとき、たとえば海が一面に広がるだけとか白ホリのスタジオとかなら零点透視図法状の見え方になる。

零点透視図法は、透視図法が確立されていない時代や絵を描く人が意識していない場合だけでなく、意図的に採用されることがある。透視図法に慣れっこになっている現代人には稚拙な印象を与えがちだが、不思議と静かな印象に惹かれる表現になる場合が多い。写真では背景を省略するポートレイトが零点透視図法に近い表現と言えるだろう。ポートレイトでボケの効果や背景紙、白ホリ等で奥行きが存在しないようにするのは、背景がごちゃつくわずらわしさを無くすためだけでなく、透視図法的な遠近感のわずらわしさを消すためでもあるのは理解しておきたいところだ。

奥行きを感じるのは消失点の存在だけではなく、遠くのものが霞んで見える「空気遠近」も重要だ。モナリザ像の背景がかすんでいるのも、水墨画で薄墨やかすれで描かれるのも空気遠近の表現である。消失点を強く意識させる表現がわずわらしさにつながるいっぽう、空気遠近は要素が省略されるためわずらわしさが生じない。前述のポートレイトでのボケの利用は、空気遠近の効果を擬似的に応用しているとも言える。よほど空気が乾燥していて太陽光が強い状態でないなら、ボケの効果を使わなくても大なり小なり写真には空気遠近が伴う。空気遠近でわずかに遠景がかすむのを嫌って、フィルター効果を使うなど工夫するケースがあるくらいだ。

撮影意図と表現方法はさまざまなので一概に言えないが、写真の多点透視から逃れられない特性をいかにコントロールするか、構図を取るうえでかなり重要になる。また極端に1点透視的、2点透視的すぎる構図も、意図したものでなでないなら画面内のエネルギーの硬直化につながって動感の流れが不自然になる。これまで何度か超広角でも静かな構図は可能だと書いてきた。超広角は遠近感の誇張が極端に大きいので、多点透視を感じさせる要素が多ければ多いほどダイナミックかもしれないがわずらわしい画面構成に陥りやすい。しかし、限りなく零点透視に近い表現にすれば遠近の差を極端に感じない構図が実現する。もちろん超広角に限らず、超望遠以外の画角にも同じことが言える。

物体の形状を正確に描写する目的に徹する場合は別だが、そうでないならパースの表現をエネルギーの運動、エネルギーが動く方向と考えるのがよいように思う。絵画や製図と違い、写真では嫌でも透視図法が描こうとする状態が撮影される。ファインダーを覗いただけでも見て取れる。いかにコントロールするか、コントロールのためアングルや撮影位置をいかに適切化するか重要になり、現実の空間では引きの問題や不要な要素が画角内に入る問題にもなる。こうして現実をやりくりするなかで、水平垂直平行を正しく取ろうと意識するだけでなく、ある一点に向かって収束しようとするエネルギーの運動や動きをどうしたいのか考えるべきだろう。

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なる人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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