武蔵小杉海岸の侵食と崩壊

武蔵小杉駅裏

武蔵小杉駅周辺は、東京都大田区から多摩川を渡った先にある工場と住宅と飲屋街と大学病院がある川崎の下町だった。南武線、横須賀線、湘南新宿ライン、東横線、目黒線が乗り入れる武蔵小杉駅は都内へ10数分程度で移動できる便利な乗り換え駅でも、タワーマンションが雨後の筍のように林立して完成するまでは地味で閑散とした駅に過ぎなかった。写真好きの人にとってはキヤノン小杉事業所のある街として、何かの折に思い出されるくらいだったかもしれない。地方出身者で東京都大田区と神奈川県横浜市を転々として現在に至った私にとっての武蔵小杉は、曖昧でよくわからない場所であったり、こんな立地にこじまんりしたスタジオつくりたいと漠然と思う場所であったり、よくわからない衝動から撮影していた場所であったりした。

2018年現在、武蔵小杉駅周辺は以前から何も変わらない下町でもあるし、地名や歴史と一切関わりのないやけにつるっとしたタワーマンションとガラス張りの高層ビルが立ち並ぶ区画に虫食い状に侵食された街でもある。そして、侵食は現在も進行中だ。私が他のテーマを撮影して武蔵小杉にレンズを向けなかった過去1年で、侵食は街の奥深くまで進んでいた。多摩川べりの工場跡地を再開発して建設が始まったタワーマンションは、住宅街の中にある日本医科大学病院の建て替え計画とともに三菱地所が50階建てマンションを建設する計画するにまで及んでいる。こうした住宅街では建物の高さは20mまでとされてきたが、川崎市は規制を180mまでに大幅に緩和したのだ。二階建の家が並ぶ中にぽつんと古ぼけたビルが混じる景観と住環境の中に、唐突に渋谷ヒカリエ並みの高層ビルがつくられる予定なのである。来年は、さらに武蔵小杉駅周辺の侵食が進み、奇怪なまだら模様が増えることだろう。

下町を幻想で脚色して賛美したいのではない。新しい街をつくろうとする経済と需要を批判しているのでもない。再開発が契機となり、タワーマンションに限らず欧米系の人々が数多く暮らすようになったらしくママチャリを颯爽と走らせる外国人女性を幾度も見かけ、なんとも言えない和やかで新鮮な空気を感じるようになったのは痛快に思う。ただ、この数年の間に武蔵小杉駅周辺で起こったことを奇怪だと感じる。

2016年から17年は、既に完成し住民が入居しているタワーマンションから瓶などが地上に落とされる事件があった。この段階で兆候はあったが、2018年になるとラッシュアワーの武蔵小杉駅が地獄の沙汰になっていると報道が相次いだ。大人数が暮らす巨大なマンションがにょきにょき林立しているのだからあたりまえなのだが、駅に入るまでが長蛇の列で、やっとのことで改札を通ったと思えば拡張したホームから人が溢れる始末である。そもそもタワーマンションではエレベーターが満員で、何台もやり過ごしてやっと地上に降りられるありさまだ。こうした異常な混乱状態が日常になった駅周辺に、さらに50階建てのマンションが建つのだ。タワーマンションで暮らす新住民から駅をさらに拡張するよう要望が出されているけれど、望んで移住してきたのは彼らであるし、ずっとこの街で暮らしてきた人々は「俺たちの方が、どうにかしてくれと言いたいのだ」とこぼしたい気分なのではないか。開発熱が沸騰しているため地価は上昇し続け、家賃もまた上がっているので、土地を持っていようが賃貸だろうが厳しいと感じる人が多いだろう。相続税が払えず土地を売るといった問題が目前に迫っているのだ。

日本医科大学病院の建て替えに端を発する再開発は、江戸期以来の込み入った細道しかない街の道路整備から着手されている。厳密には道路整備と再開発は別口の案件なのかもしれないが、カギ型に曲がった道はまっすぐに、幅が狭い道は敷地がセットバックされつつある。こうなるには土地を提供というかたちで売った人がいるはずで、各戸の人々ごと複雑なドラマがあっただろう。曲がりくねった細道は車の往来が多かったこともあり、余所者の私は便利になるのは大歓迎だし、こうした利便性を享受することになる街の人もいるが、土地を削られたり手放した人はまた別である。日本医科大学は高さ制限などから長年病院の建て替えが叶わず、川崎市は救急病院でもある大学病院が他の地域に流出するのを防ぎたかったろうし、三菱地所はこれらを丸っと解決する策でタワーマンションを更につくりたかった。では街は現代的につくり変えられ旧住民も利便性を享受できる夢物語になるかと言えば、容易に解消されない駅の混雑からビル風、急激な地価高騰の懸念など、住民置き去りのまま事が運ばれようとしている。

駅は駅ビルのある立派なものになり、新規につくられたバスロータリーに面してダイエーの大型店舗が建ち、衣食住の買い物は便利になったろう。駅ビルには行政の窓口や図書館まである。私も武蔵小杉に立ち寄るときは駅ビルやダイエーを覗いて、買い物をする。こうした店舗があれば、多摩川を渡って東京に出たり、川崎や横浜の繁華街に出なくても大抵の用事は片付く。これらはタワーマンションを見込んでつくられたもので、インフラから買い物や楽しみを提供する場まで荒療治の再開発あっての恩恵だ。いや、荒療治と言ってよいのかどうか。駅のキャパシティーを軽くオーバーするのは、あれだけ住民が増えればとうぜんだ。住宅地にいきなり50階建てマンションが建つことで、何代にも渡って暮らしてきた人々の住環境や将来が脅かされては「荒」がついても治療とは言えない。

変わらなければならないもの、変えたほうがよっぽどよいものがあるのはあたりまえだが、急激な変化を個人におっかぶさせるのはあまりに酷だ。またタワーマンションで暮らす人々も、ここまで不便を強いられるとは思ってもみなかったろうし、高層階から瓶を落とすような内に潜む病の芽が生じるとも想像しなかっただろう。現在の武蔵小杉駅周辺の状況は、海岸の侵食そのものである。侵食が激しい砂浜にはT字型の突堤をつくり、波によって浜から引き剥がされる砂の流出を抑える。しかし武蔵小杉には、土地っ子の旧来からの生活を侵食から守る手立てが一切ない。お金があって幸せそうな新住民も、実は朝から駅に行列するサラリーマン家庭に過ぎなかった。いったい誰にとっての幸せな再開発なのか、だ。これでは荒波に揉まれ崩壊寸での海岸線ではないのか。

 

武蔵小杉駅裏

Fumihiro Kato.  © 2018 –

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・スタジオ助手、写真家として活動の後、広告代理店に入社。 ・2000年代初頭の休止期間を除き写真家として活動。(本名名義のほかHiro.K名義他) ・広告代理店、広告制作会社勤務を経てフリー。 ・不二家CI、サントリークォータリー企画、取材 ・Life and Beuty SUNTORY MUSEUM OF ART 【サントリー美術館の軌跡と未来】、日野自動車東京モーターショー企業広告 武田薬品工業広告 ・アウトレットモール広告、各種イベント、TV放送宣材 ・MIT Museum 収蔵品撮影 他。 ・歌劇 Takarazuka revue ・月刊IJ創刊、編集企画、取材、雑誌連載、コラム、他。 ・長編小説「厨師流浪」(日本経済新聞社)で作家デビュー。「花開富貴」「電光の男」(文藝春秋)その他。 ・小説のほか、エッセイ等を執筆・発表。 ・獅子文六研究。 ・インタビュー & ポートレイト誌「月刊 IJ」を企画し英知出版より創刊。同誌の企画、編集、取材、執筆、エッセイに携わる。 ・「静謐なり人生展」 ・写真集「HUMIDITY」他
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