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いまのところ画角内に散らばる様々な輝度の差を、撮影時に個別に調整する方法は(広義の意味・定義による)ライティング以外にない。二分割されたNDフィルターはあるが、大まかに減光する以上でも以下でもない。だから、限られたダイナミックレンジの中で主要な部分のテクスチャーをいかに的確に残すか考えなくてはならなくなる。で、ここのところずっと露光値の弾き出し方について考えていた。たとえばアンセル・アダムスのゾーンシステムのように、画期的方法、普遍的な何かがあるのではと試行錯誤した。しかし、結局はアンセル・アダムスのゾーンシステムに立ち返らずを得なかった。
ゾーンシステムには誤解が多く、ひどく難解な技法のように言われてもいる。実は難解でもなんでもなく、測光した部分をどの明るさ(濃度)として再現するか目論見があるなら、その目論見が実現する露光量を与えろという当たり前のことを撮影だけでなく、最終出力であるプリントまでの工程で一貫できる方法論として提唱しているだけだ。(注:現代ではプリント以外にディスプレイで鑑賞する方法もあるが、アンセル・アダムスがゾーンシステムを開発した時代はプリントが写真の最終出力で、商業印刷に回す場合もプリントを複写して刷版をつくった)
ではなぜ、こんな当たり前のことをゾーンシステムと名前までつけているのかと言えば、アンセル・アダムスが提唱した時代は露出についての合理的な体系がまだ完成していなかったからだ。また、当時既に露出計は存在していたが、現在のように使い方が確立されていたとは言い難い状況にあった。反射光式露出計なら、受光部を対象に向け指針が指す値に回転盤等の目印を合わせれば適正露光量といったところの本質は現代と何も変わらない。しかし世界には様々な輝度が点在・分布していて、これらの総体である画角内の明暗がフィルム上でどのような濃度になり、さらに紙焼きした場合この濃度がどのように反映されるか整理されていなかったのだ。フィルムを現像してプリントを行う過程は、職人技としての定見はあったが普遍的なセオリーが確立されてもいなかった。ゆえに、現代人の私たちが常識のように知っている露出計を使う上でのノウハウもまたなかった。ゾーンシステムが提唱された1941年は、こういった時代だった。つまり私たちが知っている露光値の決定法や、カメラに内蔵されている露出計の制御はゾーンシステムを継承していて、知らず知らずのうちに私たちはアンセル・アダムスが体系付けたものを享受しているとも言える。
ならばカメラが自動的にやってくれるのだから、今更ゾーンシステムについてお勉強することはないという意見があっても誰も否定できない。これもまた考え方だ。
でも、いまだに通用するセオリーであるなら有効に使ったほうがよいし、いくらカメラ内蔵の露出計や単体露出計が高機能になっても撮影者の判断がなくては意図した通りの画像を得られないのだから知っていて損になることはない。人間が勝手に判断すると失敗するというのは程度の低い話だ。また、フィルムを使用していた時代はケミカルな反応を時間で管理するほかなく、厄介で細心の注意を払わなくてはならなかったが、写真がデジタル化された現在はRAWデータの編集で対応できるようになりゾーンシステムの運用が容易になっているので、むしろ基本を理解していないとRAW現像を的確に行えないくらいだ。
ゾーンシステムとは何か。この世界に存在する暗黒から光源そのものまでの明るさを便宜的に11段階に分け、それぞれの明るさで表現できるテクスチャーの多寡を定義することからゾーンシステムは始まる。
0 -5EV 黒く潰れる
1 -4EV 質感がほとんど見られない
2 -3EV 質感は感じられるが乏しい
3 -2EV 質感がかなり見られる
4 -1EV 標準的な影の部分
5 ±0EV 中間のグレー 平均反射率
6 +1EV 質感がかなりわかる明部
7 +2EV 質感は感じられるが乏しい
8 +3EV 質感がほとんど見られない
9 +4EV 白く飛ぶ
10 +5EV 光源そのもの
反射光式露出計を使うなら、どのような反射率を持つものも、どのような照度化にあっても、物体が平均反射率18%の濃度として記録される露光値を示す。白い壁も黒い壁も、グレーの壁に見える濃度になる。ゾーンシステムでは、ディテイールが必要な最も暗い領域を想定しIII=3に該当する箇所を画角内に探し測光することから始める。これは露出不足だとシャドウのディテイルが不十分な画像となるためだ。なぜ、露出不足を懸念するかと言えば、記録できずにつぶれたディティールを後から付け加えることが不可能だからだ。このとき反射光式露出計はIIIの明るさをVで記録する値を指し示している。これを-EV2にして、濃度としてのIIIに露光できるようにする。
ひとまずこれが基本だ。ディテイールが必要な最も暗い領域IIIはチャートのIIIの明るさとまったく等しい箇所を選ぶ必要はなく、目視して潰れては困る暗い箇所を選択する。そして、露出計の出た目からEV2引いた値を採用する。
フィルムを使う場合は、フィルムごと特性が異なるため撮影された輝度がフィルム上でどのような応答を示して、どのような濃度になるかデータを取らなくてはならない。デジタル写真であってもRAWデータにどのような濃度で記録されるかデータを取って置くべきかもしれないが、後述するRAW現像での処理が容易なためそこまでやる必要性は低い。つまり、アンセル・アダムスやゾーンシステムをフィルムで行なっていた人々よりひと手間もふた手間も簡単に同じ効果を得られるのだ。
フィルムの特性をデータ化する方法は知らなくてよいし、こうした特性のばらつきを均一化する手段もデジタル写真では関係ないが、RAW現像のため頭に入れておくべきことがある。ゾーンシステムに限らずフィルムを使用していた時代は現像時間を長く・短くして、増減させた露光値に対応していた。現像時間の増減は、不足した露光を補ったり、過剰な露光を抑制する効果があるのと同時にコントラストを増減する効果もある。この二つの効果のうち露光の不足や過剰を適切化する効果は、たとえばISO400のフィルムをISO1600として露光して増感現像する用途を思い出してもらいたい。このように増感現像したフィルムはコントラストが高くなる(暗から明の立ち上がりが急激なものになる)。ここまでコントラストを高くしたい訳ではないので、延ばす現像時間は微妙なものになる。逆に、減感現像したフィルムはコントラストが低下する(暗から明の立ち上がりが穏やかなものになる)。
フィルムを前提にしたゾーンシステムでは増減感によるコントラストの増減もデータ化されていて、限られたダイナミックレンジの中にできるだけディティールが記録できるように構築されている。現在はRAW現像で同じことが、簡単かつ柔軟に幅広い可変幅で実現できる。
ん、これだけのことだ。そう、これだけ。むしろ、現代のほうがゾーンシステムに対応しやすくなっているのだ。
RAW現像では、まず応答特性を加減する。撮影時から応答特性の変更を想定する。UIとしてはトーンカーブだ。
何度か指摘してきたが、トーンカーブのUIはグラフィックイコライザーと同じだ。どの輝度域から輝度域の変化を急激にするか、あるいは緩慢にするかを曲線で操作する。帯域の輝度変化の量を少なくするには曲線を水平に近づけ、変化の量を多くするにはU字形であれ逆U字形であれ急激な角度を与える。
トーンカーブのUIに上図にある最高輝度、最低輝度を切り詰めるインターフェイスがある場合と、別のUIとして提供されている場合がある。
このようなとき、
のように操作できる。また階調の中間点を移動させることもできる。
ここまでできるならゾーンシステムどころか露光量を厳密に決める必要はないのではないかと思うのは当然だろうし、無駄な作業や手順なんて省くべきと結論づけたくなるかもしれない。実際のところ、露光量がアバウトな撮影で結果が十分なものとして感じられるならややこしいことはやらなくてもよいと私は思う。これが技術革新のよいところだ。だが、そうは言ってもカメラ側のダイナミックレンジ=ラティチュードには限りがあり、ディスプレイやプリンター、印刷システムはカメラよりラティチュードが狭い。また、ライティングをする場合は一から照度を設計しなくてはならない。したがって、無視できない人が多いだろう。
ゾーンシステムとデジタル環境について、今回は序盤戦に過ぎない。露光量の決定、ライティングの塩梅などについて、あらためて記事化したいと考えている。
というのも、ゾーンシステムは万能ではなくゾーンシステムを使うと皆似た見た目の画像になるのが玉に瑕だ。いや瑕ではないが、ちょっと面白くない。どれもこれもアンセル・アダムス調の写真になってしまうのはどんなものか、なのだ。したがって、趣旨を生かしつつ改変する方法を考えて行こうと思う。
Fumihiro Kato. © 2018 –
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