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私はプリントを販売する作家なので写真をディスプレイ上で完成形とせずプリントされた状態が最終形と考えている。したがってディスプレイで見えていたものがプリントでは見えなかったり、逆にディスプレイでは見えていなかったものがプリントで見えたりする不一致がもっとも恐ろしい。これは私に限らず、WEB媒体を完成形とする人にとっても作業用のディスプレイと媒体を閲覧するユーザーのディスプレイとの間に不一致が大きければ不本意な結果と言える。このために作業用のディスプレイはキャリブレーションして適正な状態を保たなければならない。さらに出力先がAdobe RGBであるならAdobe RGB対応のディスプレイでチェックしなければ出力時の見当をつけることができない。なので、私はタブルディスプレイ環境をつくっている。WEB用画像を納品するときはAdobe RGB対応のディスプレイは無意味になるからだ。
作業用ディスプレイと出力結果で問題になるのは、色と応答特性だ。色は文字通り色域の問題で前述したAdobe RGBを出力するのかsRGBなのか、そしてスマートフォンやタブレット(映画コンテンツ)が採用するDCI-P3かによってチェック体制もそれぞれでなけばならない。sRGBとDCI-P3は似たようなものだからsRGBでチェックすれば大丈夫とする人もいるが、私はsRGBとDCI-P3の差は歴然としていると感じるので、スマートフォンやタブレットでWEBコンテツを閲覧する人が多い昨今の状況を考えDCI-P3ディスプレイでの画像制作とチェックを行なっている。DCI-P3の色域を画像制作時に実感できない人は、sRGB環境で制作しチェックした画像をiPhoneやiPadで検討してもらいたい。映画は新作であればDCI-P3を色域としているので、スマートフォンやタブレットを多用している人は、いまどきはsRGBよりDCI-P3で管理されたコンテンツを目にしている時間が長いのだ。もしPC環境にDCI-P3対応ディスプレイがないなら、スマートフォンやタブレットを使ってチェックしたいものだ。DCI-P3については他に記事を書いているのでこの程度にして、応答特性について考えていこうと思う。
応答特性はガンマ値のことだ。ディスプレイ上に暗黒に等しい輝度0から光源そのものに等しい輝度255まで均一に推移するグラデーションを映し出したとする。人間の視覚は、均一に推移するグラデーションを見ても均一に推移しているように感じられない視覚特性をしている。そこでテレビやPCのディスプレイは中間調が急速に推移し変化する特性で描画している。このとき元となるグラデーションつまり入力される値と、これを再生するディスプレイの応答は異なることになる。この応答の特性を「応答特性」と呼ぶ。音楽を再生するときCDや音源データに記録されたものと、アンプを経てスピーカーから流れる再生音はなかなか一致させられない。アンプの特性、スピーカーの特性によって、ミュージシャンがスタジオのモニタースピーカーで聴いた音と違うものを私たちは聴いているのだ。これもまた「応答特性」の違いと言える。さらに手元のアンプやイコライザーで低音や高音を強調すれば、またまた応答特性が変わる。音楽の低音から高音までの音域と、暗黒から光源そのものまでの輝度を似たようなものと考えれば、元の均一なグラデーションとディスプレイが再生する「応答特性」を変えたグラデーションの意味が理解しやすいと思う。
かつてApple社のMacはディスプレイガンマが1.8だった。OSがMac OS X 10.6 Snow Leopardになってガンマ値は2.2へ変更になった。Windowsは最初から2.2だ。Macがガンマ値1.8を採用していた理由は、DTP志向だったMacが商業印刷機のガンマ値1.8と等しい値を選択したからである。ただしMacでは初期のOSからディスプレイのガンマ値を簡単に変更できた。とはいえネイティブな設定のまま使用していた人が大多数だったろう。Snow Leopardからガンマ値が2.2へ変更になったのは、Microsoftが提唱したsRGBがガンマ値2.2を基準にし、さらにAdobe RGBも2.2を基準にしたため、これらとの整合性を取る必要が出たためだ。ただし、Macはシステム標準でキャリブレーション環境を持っていてガンマ値を容易に変更できるのは過去から一貫している。
1.8と2.2の違いでさえOSが整合性を取る方向に舵を切ったことでわかるように、両者の差はとても大きい。macOSを使用している人は、システム環境設定からディスプレイを選択し両者の違いを経験しておくべきだ。
だが画像制作をする環境のネイティブガンマ=応答特性2.2に設定すれば万事解決かとなると、否だ。なぜならディスプレイの品質やエイジングあるいは経年劣化で再生できる階調性が異なったり変化するからだ。つまりカタログ上や設定上ではグラデーションが均一に再生表示できるようになっていても、実際には暗部や明部が詰まる場合がある。本来であるなら区別できる暗部の輝度0と輝度30が、明部の輝度255と225が区別できないディスプレがあってもまったく不思議ではないのだ。特にネイティブガンマ2.2のような暗部の応答性をより低くしている場合では、画像に表現されている暗部のディティールがディスプレイでは見えないといったケースとなって現れやすい。またディスプレイの輝度を環境光に合わせて自動調整するディスプレイもあるが、作業する環境の明るさが安定し一定であるなら自動調整をOFFにし最大輝度でキャリブレーションし使用するのが望ましい。
かつてMacがネイティブガンマ1.8を採用していて、この値が商業印刷のデフォルトであったのは人間の視覚特性に合わせて階調を正確に把握できる値がガンマ1.8であったからだ。ガンマ2.2と比べると前掲の図でもわかるように、ガンマ1.8では画像が明るく見える。明るく見えるのはガンマ2.2より中間調の応答性が高いためで、最大の暗さ、最大の明るさの値そのものは変わりない。こうした明るく見えている状態で画像を調整し最適の状態にすると、ガンマ2.2のディスプレイでは暗すぎる画像になる。このため機種間で整合性が取れず意図通りに画像を鑑賞できないため、MacはOS X 10.6 Snow Leopard以後ネイティブガンマを2.2として、必要に応じてシステム環境設定で他のガンマ値に変更できるようにしているのだ。
ここまでが総論だ。では画像制作に使う自らのPC環境をいかに整えたらよいだろうか。前述したように、アウトプットに使用する機器、エンドユーザーの機器に合わせた色域とガンマ値を再生できるディスプレイが必要になる。商業印刷でAdobe RGB入稿をしたり、プリンターがAdobe RGB対応であるならAdobe RGB対応ディスプレイが必要だ。既に使用している人は痛感しているだろうが、sRGBまたはDCI-P3対応ディスプレイでは見えない色と色が織りなすディティールがAdobe RGB対応ディスプレイでは見える。逆に出力先がsRGBまたはDCI-P3なら、Adobe RGB対応ディスプレイは不適である。またクリエィティブチームで作業する場合は、それぞれの人が同じ環境あるいは設定で作業しなくてはならない。ここまでは常識なので特に問題はないだろう。
ややこしいのはディスプレイのそもそもの再現性とネイティブガンマである。
私の失敗事例を紹介する。画像の制作作業の前にOSのアップデートがあった。アップデートを済ませたあと、RAWデータを現像し画像を生成させた。何も問題ないと思っていたら納品後に「やけに暗い画像だ」とクレームされた。手元にある原本の画像を見ても暗くはない。クレームの理由がわからないまま途方にくれた。ふと思いたちシステム環境設定のディスプレイ項目を参照して、ディスプレイプロファイルにディスプレイを購入した当初のものが使用されているのに気づき、ようやくキャリブレーションが反映されていないのが判明した。冷や汗だらだらであった。私はディスプレイの明るい画面を見て作業して、求めている(あるいは求められていたもの)より暗い画像でよしとしていたのだ。ディスプレイの再現性が狂っていたのである。
キャリブレーションをして、ディスプレイプロフィルが正しく当てられているか確認するのは基本中の基本だ。ただこうしてもディスプレイの品質や傾向があるので完全にデータそのままの状態を目視する状態にするのは難しい。したがって自らが使用しているディスプレイがどのような能力を持っているかを、カタログデータではなく実際の経験値として知る必要がある。しかし、ただ漫然とチャートを見たり画像を映し出して見てもなかなかわかるものではない。
そこで私は以下のような方法を取っている。
私の環境にはプリンターとしてPX-5Vがある。このプリンターは色再現、階調再現がとても良好だ。またColorSyncを介してプリンターを使用したとき色再現、階調再現がとても良好である。また使い慣れているため、再現傾向を把握しきっている。印刷用紙の条件を固定したうえで、諸々の条件もまた揃えて画像をプリントしてプリントされたものとディスプレイで再現されているものの差を確認する。このやり方はかなりいい加減な方法であるが、私個人の作業用にはディスプレイチェックの第一段階として有効だ。日常的にはディスプレイチェック画像を用意しているので、この画像をディスプレイで目視して異変を発見するようにしている。これだけでもだいぶ違いがある。
次にネイティブガンマは2.2のままでよいのか? だ。調整または微調整する意味はあるか? だ。ディスプレス個体の癖は前述の方法で把握できるだろう。その上で、ディスプレイに再現される状態と他の媒体で再現される差分を人間が理解しながら作業をすることになる。WEB媒体に画像を掲載するなら、閲覧者が使用しているガンマ2.2で制作ならびにチェックするのが基本だ。閲覧者の環境は信用ならないとしても大きくはずれることはない。なのだが、自らのディスプレイの能力と経年変化は思いのほか大きな違いを生じさせるので、正確に傾向が把握できているなら設定項目の上でのガンマ値は2.2ぴったりではなく多少増減させてナチュラルな再現にしてもよい。ただsRGBとAdobe RGBはガンマ2.2を基準にして策定されているのだし、ガンマ1.8とは再現性が大きく違うので「多少」の幅は微妙なものでなくてはならない。もし正確に調整する自信がなければネイティブガンマは2.2のままにして、直感を信じて目視状態で微妙な調整をしたほうがよいだろう。いずれにしても、スマートフォンなどで再現される画像をつくったらこうした機器でチェックしたいものだ。画像サイズが相対的に小さくなり、黒つぶれ白飛びして見える領域が増える点も合わせて他人の環境でどのように見られているか知るのは大切だ。
ではガンマ1.8は滅びた設定なのだろうか。写真画像を扱ううえでsRGBまたはAdobe RGBから逃れようがなく、WEB媒体ではエンドユーザーのディスプレイがガンマ2.2であるので基本は2.2である。ガンマ1.8は中間調と暗部・明部とのつながりが明瞭で、中間調が明るく見えるのでディティールを重視する作業に向いている。Macが採用するColorSyncがディスプレイプロファイルと出力プロファイルを適切に橋渡しするなら、ガンマ値の異同を吸収してディスプレイで見たものを出力に反映させられる。こうした理屈と実務上の手だてがわかっていて、さらに出力される結果を経験的にわかっているなら、または出力される傾向を整理し把握したうえで、軟調(と表現するのは正しくないが写真を扱っている人にはわかりやすいだろう)なガンマ1.8を採用するメリットはある。
更に、ガンマ1.0はどうだろう。ガンマ1.0は画像データそのままの応答特性をディスプレイで再現する。問題は、人間の視覚特性上ガンマ1.0では暗黒から光源そのものの輝度へ均一に推移するグラデーションが均一に見えない点だ。具体的には、中間調を中心に明るく見え、この間の推移が漫然または間延びしているように感じられる。ようするに中間調を中心に変化がわかりにくい。このため特別な理由がない限り、現時点ではガンマ1.0を採用する意味は限りなく低い。
このサイトで幾度かディスプレイチェックチャートを配布してきたが、これは私が日常的に労なく時間をかけずディスプレイの状態を確認するため使用してきたものだ。現在は配布しているパターンから更に新しいものに変えて使用している。前回までのものはチャートそのもので、実際の写真画像とかけ離れているため(容易でわかりやすいものにしていたが、まだまだ)把握しづらい点に難があった。そこで自分なりにわかりやすい特徴的な画像を含めた以下のものに変更した。これは私にとってわかりやすいもので万人向きではないので配布しないが、画像の特定部分のディティールや輝度の状態をチェックできるので前述のような失敗を犯しにくいものとなっている。
画像を扱う人はディスプレイのバックグラウンド(デスクトップ)=壁紙を無彩色の黒またはグレーにしていると思うが、私は黒背景にホンダのサイトから拝借した「Nコロ君」を中央に配置している。中央に配置すればソフトウエアのウインドウに隠れ邪魔にならないし、Nコロ君そのものが白と黒成分が多くディスプレイの再現で問題になりやすい暗黒に近い明るさの潰れを毛並み(ディティール)で確認するのに向いている。Mac起動時にNコロ君画像がデスクトップに表示され、このとき顔の黒い部分の毛並みが良好に再現され、顔の白い部分もまた良好なら、ディスプレイはほぼ問題ない状態にあるのがわかる。もし顔の黒い部分の毛並みがつぶれていたらディスプレイは暗すぎるかガンマ値が過剰にづれていることになる。殺気立ちがちな仕事があっても、かわいいNコロ君が挨拶してくれているようで少しばかり気持ちが落ち着くのもいい。
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